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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
第六章 歯車男と大帝国

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綱渡りのやりとり

「あっ!? がっ!? ぐふっ……」


 まったく警戒していなかった背後からの攻撃に、俺の体は無防備に床に叩きつけられる。加えて引きつるような激痛は、おそらく大きな火傷を負ったからだろう。


「ローズ!? いきなり何するデス!?」


「……………………」


 そんな俺とローズの姿に、ゴレミが悲鳴のような声をあげる。だが謎水に入っていた時より無表情なローズは、その声に何も答えない。ただぼんやりと前を見ていて……そんな俺達に対し、不意にすぐ近くから声がかけられる。


「ふむ、こういう形になりましたか」


「クリス、エイド…………っ!?」


 無理矢理に顔をあげてみれば、明るい景色のなかからまるで蜃気楼のようにクリスエイドの姿が現れる。その背後には緑の騎士が数十は控えており、完全に俺達を取り囲んでいる。


「そんな!? さっきまで誰もいなかったのデス! 何でこんなに!?」


「愚かな……明るいということは、光が満ちているということです。そして光というのは、遮ることも歪めることもできるのです。勿論大規模にやろうとすれば事前の仕込みは必要ですが……ここは私の(・・)城ですからね」


 叫ぶゴレミに、クリスエイドがニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべる。ああ、くそっ、殴りたい……だが俺の意思に反して、俺の体は思うように動かない。


「ローズに、何を……っ」


 それでも渾身の力を込めて、俺はその台詞を振り絞る。力一杯睨み付ける俺に、しかしクリスエイドは涼しい顔だ。


「ふふふ、この騎士達と同じですよ。まあ彼らのおかげで実証データは集まってましたし、この先の使い道を考えるとあまり無茶なことはできなかったので、ごく単純な命令しか与えられませんでしたが。たとえばそう、『自分を助けに来た者が部屋の扉をくぐったら、その背に向かって攻撃しろ』とかね」


「て、めぇ……っ!」


「本来は兄上のネズミを捕まえるための仕込みだったのですが……まあいいでしょう。今はお前の方が価値がありますからね。ですが……」


 クリスエイドの視線が、俺からゴレミに移る。その瞳に宿るのは冷たい好奇心だ。


「私の目の前でどうやってこのゴーレムを起動したのですか? そういえば遠隔で操作しているという話もあったような……ただの安物かと思っていましたが、これは調べる価値がありそうですね」


「ゴレミ、逃げろ!」


「マスター!? でも――」


「いいから逃げろ! 命令だ(・・・)! 例のルートを使って、城の外まで逃げろ!」


「……っ!? 了解デス!」


「おっと、逃がしませんよ。五人、追いかけて捕まえろ。腕と足を破壊してから、私の研究室に運べ」


 俺の指示を受けて一目散に逃げ出すゴレミに、クリスエイドもまた騎士達に指示を出す。するとその場にいた騎士がゴレミを追いかけて走り出す。


「ふふ、これであっちはいいでしょう。さて……ふんっ!」


「がっ!?」


 騎士達を見送ったクリスエイドが、俺の側に近づいてきて、床に倒れ込んだ俺の頭を蹴り上げる。その衝撃で世界が揺らぎ、一瞬意識が真っ白に染まる。


「よくもこの私を虚仮にしてくれましたね。ほら、どうしました? さっきの目くらましはもうできないのですか?」


「ぐっ……ふっ…………」


「おっと、あまり頭を蹴りすぎるのはよくありませんね。なら腹にしておきましょうか。ほら、これを気付けにしなさい!」


「げふぉっ!?」


 今度は思い切り腹を蹴られ、俺は潰れたカエルのような声を漏らす。そのまま重ねて数度蹴られると、喉奥からこみ上げてきた腹の中身がぶちまかれ、そのすえた臭いにクリスエイドが嫌そうな顔をした。


「チッ、汚い! おい、お前は汚物を片付けろ。お前はこいつの口元を拭ってから、衣服以外の持ち物を全てここに並べろ」


「「「……………………」」」


「ぐっ、うぅぅ…………」


 無言の騎士達の手により、俺は雑に口元を拭われてから全身をまさぐられる。だがこれといったものが出なかったことに、クリスエイドが首を傾げる。


「ふむ? それらしき魔導具はともかく、板鍵(カードキー)もない? ならどうやってあの部屋に……ああ、ゴーレムに持たせていたのか。確かにそうでなければ、この研究所を出て逃げることすらできませんからね。


 ま、余計なものを持っていないというのならいいでしょう。それなら今度こそ、扉を開けてもらいますよ?」


 緑の騎士に抱え上げられた俺の顎を、クリスエイドがくっと掴んで持ち上げる。できれば唾の一つも吐きかけてやりたいところだが……それより重要なことが一つだけある。


「ローズは……ローズは元に戻るのか…………?」


「おや、この期に及んで出来損ないの末妹のことが気になりますか? 自分を焼き殺そうとした女だというのに、何とも慈悲深いことですね」


「ローズを……戻せ。でなきゃ俺は…………ぐはっ!?」


 俺の頬を、クリスエイドが右の手の甲で張り倒す。


「態度をわきまえろ。今のお前は、もう私に取引を持ち出せるような立場じゃないぞ?」


「なら……扉は、どうするつもり……だ…………?」


「勿論開けてもらいますよ。妹と同じようにしてあげれば、お前も喜んで協力してくれるでしょう?」


「なっ……!?」


「ええ、ええ、そうなのですよ。最初からそうしなかったのは、処置(・・)をしたことで万が一お前のスキルが正常に発動しなくなることを懸念したのと、何より一応はお前が自主的に協力する姿勢を見せていたから……つまりは私なりの慈悲です。


 でもお前はそれを自ら踏みにじった。ならば私の方もお前を人間として扱う必要などありません。お前を鍵を開けるだけの生きた魔導具としてしまうことに、もう何の躊躇いもないのですよ」


「っ…………」


「ですが私は、兄上とは違いましてね。多少の裏切りや自分本位の考え方にも理解があるのですよ。人というのはどうしたって、自分の欲望を最優先してしまうものですからね。


 ということで、どうしますか? お前がちゃんと自分の意思でもう一度扉を開けてくれるなら、処置はしないでおきましょう。ああ、妹が欲しいというのならあげてもいいですよ。私が必要なのはローザリアの因子だけで、別に心や体はどうでもいいですからね。


 さ、どうします? 今すぐに決断しなさい。おい、離せ」


 クリスエイドの言葉に、緑の騎士が俺から手を離す。すると散々に嬲られた俺の体がドサッと音を立てて床に落ちる。


 痛い。苦しい。目がチカチカして、息が吸えない。許されるなら、今すぐにでも気絶してしまいたい。


 だが駄目だ。今ここで繋がなければ……答えなければ、次はない。俺は全身全霊を振り絞って体を起こし……そのうえで床に這いつくばる。


 いわゆる土下座だ。ちょっと前にもやったな。はは、ローズやゴレミに怒られる事に比べれば、こんなの何てことはない。


「俺が、開けます…………だから、ローズを助けてください…………」


「いいでしょう。ならばもう一度だけ、お前に機会を与えます。では行きますよ……何をしている?」


「いや、その…………自力では、立てなくて…………へへへ」


「はぁ……仕方ないですね。おい、そいつを抱えて運べ」


 様々な痛みを堪えて薄ら笑いを浮かべる俺に、クリスエイドがため息を吐いて緑の騎士に指示を出す。すると騎士はまるで荷物のように俺の体を肩に担ぎ上げ、そのまま歩き始める。


 振動が痛い。だが丁度いい。こうして揺すられて痛みを感じていればこそ、俺は意識を保ち続けられる。


「……………………」


(ローズ……絶対に助けてやるからな……)


 無言無表情のまま側を歩くローズの顔に、俺は頭から火花を飛び散らせながら、そう決意を漲らせていった。

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