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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
第六章 歯車男と大帝国

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見えない罠

「まったくお主は! 乙女の柔肌を何だと思っておるのじゃ!」


「スワセン……スワセン…………」


 そうした気持ちの盛り上がりが終わった後。しっかり服を着た……どうやら近くの籠の中に入れられていたらしい……ローズの前で、俺は正座をしている。こちら側にはガラスの破片はないが、それでも床はビショビショなので座り心地は最悪である。


「そうなのデス! マスターはもっと自重しないと駄目なのデス! マスターが抱きついていい全裸はゴレミだけなのデス!」


「いや、それただの石像……」


「何か言ったのじゃ?」「デス?」


「……スワセン……スワセン……反省しております。スワセン……」


 何故かゴレミもそっち側なのが猛烈に腑に落ちないが、ここでそれを追求しても余計に責められる未来しか見えないので、ここは黙って謝っておく。そうしてひとしきり謝り倒すと、顔を真っ赤にしていたローズが漸く落ち着きを取り戻し、代わりにその首を傾げる。


「まったく……にしても、そもそも何でお主はあんなに泣いておったのじゃ? まさか妾と再会できたのが泣くほど嬉しかったというわけでもないのじゃろ?」


「へ? そりゃ勿論、死んでると思ったローズが生きてたから……」


「うむ? 何故妾が死んでいると思ったのじゃ?」


「……? いや、だって、水のなかに沈んでたじゃん? てか、そうだよ。こんな聞き方はどうかとも思うんだが、そもそも何でローズはあれで生きてたんだ?」


 人は水に沈むと、溺れて死ぬ。そんな当たり前の常識を覆され、今度は俺の方が首を傾げて問い返した。するとローズは軽く考えてから、すぐにその口を開く。


「あー、そういうことなのじゃ? 妾が入れられていたのは『抽因の器(エクストラクター)』という魔導具で、何と言うかこう……人の才能というか特徴というか、そういうものを取り出す魔導具なのじゃ。


 で、その作業の際には容器の中に特殊な液体を満たし、そこに体を沈めるのじゃが、それは頭まで使っても溺れたりせぬのじゃ」


「へー? え、溺れねーって、どういう理屈なんだ?」


「それは妾もよくわからんのじゃ。じゃがとにかくあれに浸かってる分には溺れないし、食事とかも必要ないのじゃ。流石にいつまでもとはいかぬじゃろうが、確か一ヶ月くらいまでなら平気なはずなのじゃ」


「一ヶ月!? スゲーな」


「そうなのじゃ。凄いのじゃ!」


 どんな理屈でそうなるのかはこれっぽっちもわからねーが、とにかく何か凄い水だったらしい。だがそうして俺達が「凄い凄い」と連呼しながら視線を向けた先では、その凄い魔導具が見るも無惨な姿を晒している。


「……これ、弁償しろとか言われるデス?」


「ハッハッハ、気にしても仕方ないのじゃ。『創生の器(ライフメーカー)』と同じで、おそらくこれも直せぬじゃろうしな。弁償など最初からできるはずがないのじゃ」


「いや、本当に勘弁してもらえないですかね? そこはほら、ローズを助けるためだったってことで、フラム様に口添えしてもらえると……あー、それよりこんなとこでこんな暢気に話をしてて平気なのか? 音を聞いた騎士が来るんじゃねーの?」


「あ、露骨に話を逸らしたデス」


「うむ、逸らされたのじゃ。じゃが確かにここに留まるのはあまり良くなさそうなのじゃ。足下も悪いしの」


「でも、部屋の外に出るのはもっと危なそうなのデス。だからちょっとだけ移動するデス」


「そうじゃの。クルトの話と同じで、ちょっとだけ場所を変えるのじゃ」


「……………………」


 まるで姉妹のように楽しげに話す二人の後を、俺は無言のままついていく。そうしてカーテンの仕切りを四つほど越えたところで、俺達はまず自分達のことをローズに伝えていった。


「なるほど、そんなことが……」


「ローズの方はどうだったんだ?」


「妾は気づいたら見知らぬ石造りの部屋というか、牢獄のような場所にいたのじゃ。で、そこに緑色の鎧を着た騎士を引き連れたクリスエイド兄様がやってきて、抵抗虚しく『抽因の器(エクストラクター)』に入れられてしまったのじゃ。


 で、気づいたのがさっきなのじゃ。じゃからあれから四日も経っていると言われても、正直実感がないのじゃ」


「ふーん。つまりあれって、中に入れられると意識がなくなるのか?」


「その辺は調整が利くはずじゃが、あんまり細かいことはわからぬのじゃ。フラム兄様なら知っていると思うのじゃが、教えてくれるかはわからぬのじゃ」


「そっか、秘密研究所の奥にあるなら、これも国家機密だろうしなぁ」


 マジで弁償は勘弁して欲しい……そんな現実から目をそらすように、俺はゴレミの方に顔を向ける。


「さて、それじゃこれからだけど……どうする? てか、ゴレミはどうするつもりだったんだ?」


「当初の予定では、ローズを助けたらそのまま研究所を出て、安全な場所に退避する予定だったのデスが……」


「ん? それでいいだろ。何か問題があるのか?」


 そう聞く俺に、ゴレミが何とも微妙な視線を向けてくる。


「こちらの想定では、ローズだけなら助けても本気で捜索はしてこないと想定していたのデス。


 でも今はマスターがいるデス。さっきの話からすると、マスターの重要度は相当に高いと思うデス。そうなると徹底的に城内を探すと思うデスから、想定していた隠れ場所がどれだけ保つかがわからないのデス」


「おおぅ……」


 ゴレミの指摘に、俺は思わず声を漏らす。確かに俺は一度あの扉を開いてみせたし、おまけにそんなつもりはなかったとはいえ、クリスエイドをやり込めて逃げ出すことすら成功している。


 となれば心情的にも計画的にも、クリスエイドが俺を取り戻すために本腰をいれるのは必至。何なら目処の立たない現皇帝の説得とかより、俺の確保を優先する可能性すらある。


「そりゃ確かに逃げられそうもねーな……でも、じゃあどうすんだ? いっそ城の外に脱出とかは?」


「フラムの話だとできないことはないそうデスが、その手の隠し通路は一度使ったら警戒されて二度と使えなくなるので、そう簡単には使えないみたいデス」


「そうじゃな。逃げられたとして、クリスエイド兄様はずっとここにいるのじゃ。時間をかけて城の警備を固められたら、今度は逆に城に入れなくなってしまうのじゃ」


「それに下手に城外に出てしまうと、今度は普通に指名手配とかされちゃうデス。多分そっちの方が危ないと思うデス」


「あー……」


 そうか、そうだよな。何せ今俺達が敵対してるのは、オーバード帝国の皇族様なんだ。なら正規の手続きで俺達を指名手配くらい簡単にできるってわけか。


 で、そうなると襲ってくるのは善良な警備兵とか探索者とかになるだろうから、返り討ちにするわけにもいかねーし、探索者ギルドに通達がいけばダンジョンに入ることもできない。


 つまり、城の外に出る方が、俺達はむしろ逃げづらい。本気で悪党に身をやつすつもりがあるなら別だろうが、そんなことするつもりはねーしな。


「あー、くそっ! 何でこんな訳のわかんねーことに巻き込まれてんだよ!」


「身内がすまぬのじゃ……」


「いやいや、ローズは悪くねーって! 悪いのはクリスエイドだろ! あいつのせいで変態みたいな扱いを受けてるし……なあゴレミ、絶対安全ってわけじゃないにしても、ここよりはずっとマシだろ? ひとまずみんなでその場所に行こうぜ」


「裸の女の子の胸やお腹に顔をグリグリするのは、みたいではなく変態そのものなのデス。性欲を持て余すのデス」


「そうじゃな。クルトじゃから嫌とは言わぬが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしいのじゃ!」


「…………その場所に行こうぜ?」


「了解なのデス」


「移動するのじゃ」


 二度繰り返した俺の提案に、ゴレミとローズが何事もないかのようにそう答えてくれる。なので俺達は暗い室内をゆっくり移動し、今回もゴレミが持っているガーベラの板鍵で扉を開く。


「ぬおっ、眩しいのじゃ!?」


「うわ、まだ明るいのか……悪いゴレミ、今回も偵察頼めるか?」


「モチのロンなのデス!」


 まだ明るいというのなら、姿を去らしても大丈夫なゴレミに偵察を任せるのが一番いい。平然と部屋を出たゴレミが周囲を見回し、程なくしてこちらに向かって手招きをする。


「大丈夫みたいだな。よしローズ、行こうぜ」


「うむ! …………ファイヤーボール」


「ぐあっ!?」


「マスター!?」


 扉を出た俺の背を、猛烈な熱気と衝撃が襲う。吹き飛ばされた俺が見たのは、自身もまた爆発に巻き込まれつつも、無表情で俺に向けて右手を伸ばすローズの姿であった。

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