涙の再会
「ほほぅ?」
扉をくぐった先の様子に、俺はニヤリと笑ってそう声を漏らす。眩しいほど明るかった照明が消え、室内がかなり暗い状態になっていたからだ。
人を探すには向いていない環境……だが俺達にとっては都合がいい。鍵の掛かった扉の先、照明も消えているとなれば、おそらくここはあの騎士達の捜索範囲に入っていないということだからだ。
「つってもローズが捕まってるなら、見張りの一人くらいはいるんだろうが……悪いゴレミ、目を慣らすから少し待ってくれ」
「了解デス。ならゴレミは軽く周囲を調べておくデス」
「おう、頼んだ」
この状況において、堂々と姿を見られても大丈夫というのは圧倒的なアドバンテージだ。故に俺はしっかりと扉を閉めてから、目を慣らすべく室内を見回していく。すると無限に続きそうな闇の果ては、思ったよりも遠くない事に気づいた。
「……壁が近い? あれ、ここそんなに広くねーのか?」
「マスター、戻ったデス」
「お帰りゴレミ。どうだ?」
「どうもここは、ついたてとかカーテンとかで細かく仕切られてるみたいデス。設備的には治療院みたいな感じなのデス」
「へー、そうなのか……よし、そろそろ見えるようになってきたし、俺も一緒に行くか」
「ならゴレミが手を引いてあげるデス!」
「はは、そりゃ頼もしいな」
ゴレミに手を掴まれ、俺は謎の部屋の中を慎重に歩き進んでいった。すると確かにベッドが並んでいたり、清潔そうな布が山と積まれていたりするのが目に入る。
「確かに治療院っぽいな……けどここ、城の地下にある研究の地下だぜ? こんなところで怪我人の治療なんてする必要あるのか?」
「フラムが、外の魔導具で赤ちゃんを作ってるって言ってたデス。ならここは生まれた赤ちゃんとか、そのお母さんを世話していたんじゃないデス?」
「あー、そっか。言われてみりゃそうだな」
あの魔導具がどうやって赤ん坊を作ってるのかは知らねーけど、できあがった……というか生まれてきた赤ん坊の面倒をみる場所は、そりゃ必要だろう。オーバードの秘密っていうなら、世話役のメイドが気軽に入れるような場所じゃねーだろうしな。
「なるほど。てことはローズは、自分の生まれた場所で捕まってるってことか。何て言うか……何だろうな? 皮肉ってのも違うのか? うーん……」
浮かんでくる感情が複雑すぎて、俺のショボい頭ではいい感じの言葉が出てこない。だが少なくとも、自分が生まれた場所で自分の兄弟に捕まるというのは、決して幸せな気持ちではないだろう。
「早いところ見つけて助けてやろうぜ」
「そうデスね。そしたらぎゅーっと抱きしめるのデス! 特別にマスターにもぎゅーっとさせてあげるのデス!」
「何で本人じゃなくてお前が許可を出すんだよ!? ったく……」
そんなことを話ながら、俺達は施設の中を進んでいく。するとほどなくして、カーテンの向こうにぼんやりと光る何かを見つけた。即座に気を引き締めて周囲を警戒するが、誰かがいる様子はない。
(念のためだ。ゴレミ、先行頼む)
(お任せなのデス!)
それでもあの騎士なら、微動だにせず立っている可能性がある。俺が小声で頼むとゴレミが親指を立てて了承し、その姿がカーテンの向こうに消えていく。そうしてしばし待つと、すぐにゴレミが戻ってきた。
「……いたのはローズだけで、他は誰もいないのデス」
「お、そうか! なら……ゴレミ?」
ローズがいたというのに、何故かゴレミが思い詰めたような顔をしている。それに嫌なものを感じて、俺はむしり取る勢いでカーテンに手をかけて……
「……………………ろ、ローズ?」
そこにあったのは外に並んでた「創生の器」によく似た魔導具。緑の液体に満たされたガラス容器のなかに、素っ裸のローズがぷかぷかと漂っている。
そう、漂っていたのだ。頭の天辺から足のつま先まで余すことなく、その全身がどっぷりと水に沈んでいたのだ。
「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
全身から力が抜けて、その場にへたり込んでしまう。何でだ? 何でこうなった? 俺は……間に合わなかったのか?
「マスター。ローズが…………」
「……ちっくしょうが!」
泣きそうな声を出すゴレミの姿に、俺は無力感と苛立ちを込めて自分の拳を近くの壁に叩きつける。骨まで響くその衝撃を何とも思わないくらい、俺の心が痛みに打ち震えている。
「……ゴレミ、これ中のローズを傷つけないように壊せるか?」
「できると思うデスけど、多分おっきな音が鳴ると思うデス。そうなると流石に騎士が来ちゃうかも知れないデス」
「ハッ、そしたら俺達でぶっ飛ばしてやろうぜ。ここで終わっちまうかも知れねーけど……でも、ここは引けねーだろ」
俺はいつだって、長いものに巻かれる覚悟がある。俺達が生き延びる為なら、多少の理不尽なんて何のそのだ。
「マスター……」
だが仲間を奪われてまで媚びへつらうつもりはない。まっすぐに俺を見てくるゴレミに、俺は笑って告げる。
「ひとりぼっちは寂しいだろ? だから俺は、誰も取り残さない。お前一人なら生き残る道もあるんだろうが……悪いなゴレミ、ここで一緒に死んでくれ」
「……勿論なのデス! ゴレミはいつだって、マスターと……それにローズとも一緒なのデス!」
俺の願いに、ゴレミもまた笑顔で応える。さあこれで覚悟は決まった。ならあとは実行するだけだ。
「んじゃ、まずはローズを出してやってくれ。いつまでも冷たい水の中じゃ可哀想だしな」
「了解デス! えーっと、そしたらここを壊せばいけるデス……?」
ローズの入ったガラス容器をよく調べてから、ゴレミが慎重に拳を振るう。するとバリンという音と共に一部が割れ、中の水が勢いよく零れていく。足を濡らすその生ぬるさが、まるで涙のようだ。
「あとはこっちを……ゴレミパーンチ!」
そうして中身が抜けたところで、ゴレミがもう一度拳を振るって、ガラス容器を大きく砕いた。さっきよりでかい音が鳴り響き、割れたところから中に入ったゴレミがローズを抱きかかえて出てくる。
「マスター、ローズの救出、完了したデス」
「ああ、お疲れさん……ローズ…………」
助け出されたローズの体を、俺はギュッと抱きしめる。綺麗な肌には傷一つなく、顔はまるで眠っているように安らかだが、その体はすっかり冷え切って……冷え切って…………?
「…………ん? 何か温かいな?」
ローズの体に、温もりがある。そう言えばさっき零れた水も温かかったし、ひょっとして体が冷えないようになってたんだろうか? 何の為に? まさか……っ!?
俺は一縷の望みをかけて、ローズの胸に耳を押し当てる。すると細やかな膨らみの向こう側から、間違いない心臓の音が聞こえてくる。
「げほっ! げほっ! ぐ、うぅぅ…………」
しかも、俺の頭上でローズが突然咳き込んだ。恐る恐る顔をあげると、二度と開かないと思っていたローズの目がゆっくりと開いていく。
「な、なんじゃ? 一体何が…………クルト? それにゴレミ?」
「ローズ!? ローズが喋ったデス!」
「ローズ、お前生きて……っ!?」
「えぇ? 二人共どうしたのじゃ? というか何故クルトは妾に抱きついて……ひょわっ!?」
「ローズ!」
喜びの余り、俺はローズを全力で抱きしめる。その命を確かめるように胸の辺りに顔をグリグリ押しつけていると、知らず溢れた涙がローズの体を濡らしていく。
「どうしたのじゃ一体!? って、裸!? ちょっ、離れるのじゃ! 恥ずかしいのじゃ!」
「ローズ! ローズ!」
「うわぁぁん! よかったデスー!」
「妾はちっともよくないのじゃ! 服を! せめて服を着させて欲しいのじゃー!」
絶叫しながらジタバタ暴れるローズの体を、俺はしばし泣きじゃくりながら抱きしめ続けた。





