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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
第六章 歯車男と大帝国

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限界の判断

「うぅ…………」


 牢獄に監禁されてから、多分四日目。俺の心はそろそろ限界を迎えていた。


 だって、臭いのだ。換気も何もない場所に日々溜まりゆく汚物と一緒に四日も閉じ込められていたら、そりゃ心が死ぬだろう。正直もうちょっと臭いに慣れるかもと思ったのに、四日くらいだと全然そんなことねーしな。


「うぅぅ…………」


 ということで、今の俺はただただぐったりと簡素なベッドに横たわり、唸る声をあげるだけの生き物になっていたわけだが……そんな俺の耳に、漸くこの状況を打破できるであろう人物の声が届いた。


「ぐおっ!? な、何だこのとんでもない悪臭は!?」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ! クリスエイドさまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「ふぁっ!?」


 基本的には俺を掠った誘拐犯だが、今この瞬間だけは救いの神の登場。勢い込んで鉄格子に飛びつく俺に、クリスエイドがビクッと体を震わせる。だがすぐにその顔をこれ以上無い程歪めると、鼻をつまみながら嫌そうにその口を開いた。


「貴様、どういうつもりだ!? この臭いは何なのだ!?」


「どうって、そりゃ人間なんだから食ったら出ますよ! それよりこれ、この臭いをどうにかしてくださいよ!」


「消臭の魔導具はどうしたのだ!?」


「魔導具?」


「この……ほら、このくらいの球を渡されたでしょう!?」


「あー、これですか? え、これで臭いを消せるんですか!? そんなの知らないですよ! 無言でこれだけ渡されたって、どうしろって言うんですか!?」


 そう言って、俺は手のひらに乗せた球をクリスエイドに向かって突き出してみせる。これが消臭の魔導具だということは知っていたのだが、それはあくまでロッテさんの通信によるものなので、あくまでも知らないフリだ。


 あと、使い方は本当にわからなかった。なので本気でそう告げると、クリスエイドが身を仰け反らせて俺から距離をとろうとする。


「くっ、魔導具すらまともに使えぬとは、これだから庶民は……っ! あの壺のなかに落としなさい。そうすれば勝手に起動しますから!」


「壺にですか? いやでも、今下手に入れたら中身が溢れちゃうかも……」


「溢れる!? 庶民というのはあの壺が一日で溢れるほど出すのか!?」


「いや、四日分です」


「何故そんなに溜め込んでいるのだ!?」


「俺だって好きに溜めてるわけじゃないですよ! でも騎士の人に頼んでも、何の反応もしてくれないんですよ!」


「何?」


 俺の必死の訴えに、クリスエイドの表情が変わる。


「おい、あの壺の中身を汚物処理場まで運べ」


「……………………」


「どうした? 私の命令が聞けないのか!?」


「……………………」


 俺の牢獄にずっと張り付いている騎士にクリスエイドが命令するも、騎士は相変わらず微動だにしない。その様子にクリスエイドの表情が一層厳しくなり……だがすぐにハッとしたように目を見開いた。


「あっ!? まさか……牢の開閉を許可するから、あの壺を汚物処理場まで運び、別の壺を持ってこい」


「……………………」


 その指示に、騎士は無言のまま牢獄の扉の部分に触れる。するとカチッという音がしてから扉が開き、中に入ってきた騎士が汚物のたっぷり詰まった壺を外へと運び出していった。


「チッ、扉の開閉に関する条件を上位に設定し過ぎていたのか。まあ下手なことをして逃がすよりはマシですが……」


「うぉぉぉぉ! ありがとうございます! ありがとうございますクリスエイド様! 俺てっきり、臭さで殺されるのかとばっかり思って……」


「ええい、泣くな! 鬱陶しい! そんなわけないでしょう! この部屋に換気や下水がないのはあくまでも外部との接触を完全に絶つためであって、不潔な状態を押しつける目的ではないのです!


 はぁ…………まあいい。お前に仕事を与えますから、着いてきなさい」


 大げさに感謝する俺に、クリスエイドが不本意そうな顔でそう言う。しかし俺はこの機会を逃さず、更に大きな声、大きな動作で畳みかける。


「クリスエイド様、お願いがございます! 外に! 俺を外に出してください!」


「は? 何を言い出すかと思えば……駄目に決まってるでしょう」


「ではせめて空気を! 外の美味しい空気を吸わせてください! 臭いのはもう嫌なんです! これ以上は耐えられないのです! せめて空気を! 美味しい空気を! そうしたら何でもしますから、ここではない外の空気を吸わせてくださいぃぃぃぃぃぃ!!!」


 涙と鼻水をだらだら垂らしながら、俺は必死にクリスエイドに頼み込む。すると改めてクンクンと鼻を動かし、即座にウッと顔をしかめたクリスエイドが、深く大きなため息を吐いた。


「はぁぁぁぁ…………わかりました、いいでしょう。では……おい、この者を外に連れて行って、空気を吸わせてやれ。もし逃げるようなら拘束を、それが無理なら殺しても構わん。それが終わったらこの者を連れて備品管理室に来るように」


「……………………」


 その命令に緑の騎士がカチャッとフルフェイスの兜を揺らして頷くと、俺の手を掴んで歩き出す。なので俺が重ねて「ありがとうございます! ありがとうございます!」と言い募ると、クリスエイドは嫌そうにシッシッと手を振って俺を見送る。


 だがそんなことなど一切気にせず、俺は弾む足取りで久しぶりの牢獄の外を歩き進み……だというのに扉を一つくぐったところで、俺を引っ張っていた騎士の足がぱったりと止まってしまった。


「え、ここですか?」


「……………………」


 俺の問いに、騎士は変わらず何も答えない。確かにここは牢獄の立ち並ぶ場所から一つ扉を隔てているのだから、外と言えば外だろう。だが……


「騎士さん、それはちょっと違いません? クリスエイド様のお言葉は『外の空気を吸わせてやれ』ですよ? ここはまだまだ室内じゃないですか。『外の空気』ということなら、普通は建物の外……地面の上(・・・・)なのでは?」


 この場にいるのは俺と緑騎士の二人だけ。だからこそそう嘯く俺に、緑騎士がしばし動きを止め……だが次の瞬間、俺の手を引いて歩き出したのは戻るのではなく進む道。


(よっしゃ、やった!)


 思い通りに事が運んだ事実に、俺は内心でガッツポーズを決める。


 確かにあの牢獄が地獄のように臭かったのは間違いないが、だからこそ俺はそれを利用することを考えた。明らかに育ちがいいであろうクリスエイドなら、絶対にあの臭いに耐えられないと思ったのだ。


 実際、クリスエイドは露骨にあの臭いを嫌がった。自分が耐えられないからこそ俺の悲痛な訴えを疑うことなく事実として受け入れ、こうして外に出すことを許したのだ。


 それに加えて、この騎士の特徴というか特性というかも、大分見えてきた。それは感情がないというより、自己判断ができないというところだ。


 俺はこの騎士に何度も消臭の魔導具の使い方を聞いたが、教えてはくれなかった。糞便の詰まった壺をどうにかしてくれと訴えたが、何もしてくれなかった。


 だがその反応は、普通の人間ならあり得ない。そりゃそうだろう。だってこれをそのままにしたら自分だって臭いのだし、どんな理不尽な上司であろうと「壺に溜まった排泄物を処理する」ことを怒ったりはしない。一応定時で交代していたので、その時に片方が見張った状態で牢を開け、悪臭の元を運び出せばいいだけの話だ。


 だというのに、こいつらはしなかった。それはおそらくさっきクリスエイド自身が言った通り、「扉を開ける」という行為に相当厳しい制限がかかっていて、「交代時で見張りが二人いる時」とか「壺を運び出す短時間の間だけ」というような臨機応変な判断ができないからだろう。


 そしてそれが、今に繋がる。まともな思考ができれば……それこそ一〇歳くらいの子供であっても、あんな詭弁を真に受けるはずがない。その場合は俺だって「ですよねー」と苦笑いして元の場所に帰り、次の機会を窺うつもりだった。


 だがこいつは「外」という単語だけは理解していても、その「外」が具体的に何処を指すのかを自己判断できなかった。故に俺は――


「……………………」


「おぉぉぉぉ……」


 ぐねぐねと曲がる通路を進み、幾つもの頑丈そうな金属扉をくぐり……遂に俺は、その体に再び日の光を浴びることに成功した。

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