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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
第六章 歯車男と大帝国

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閑話:兄弟

今回は三人称です。

「ふぅ、美味い……とは、まだまだ言えないな」


 クリスエイドの策略により捕らえられてから、三日後。独房とは思えない豪華な室内にて、フラムベルトは湯気の立つ紅茶を飲みながら独りごちる。手ずから淹れた紅茶の味は素人の真似事の域を出るものではなく……だが自分の手でそれをやるという行為そのものを、フラムベルトは密かに楽しんでいた。


「随分とご機嫌な様子ですね、兄上」


 そんなフラムベルトに、牢獄の外から苦々しげな表情を浮かべたクリスエイドが声をかける。


「この部屋にご招待した当初は随分と焦っておられたというのに、もうその落ち着きようとは……やはり兄上には皇太子は荷が重いのでは?」


「ははは、そうかもね。確かにここでの生活は、気楽そのものだ」


「くっ……」


 自分の皮肉を笑顔で流され、クリスエイドが更に表情を険しくする。だが二人を隔てる鉄格子こそが今の立場を何よりも端的に現しており、クリスエイドはすぐに落ち着きを取り戻して会話を続けた。


「であれば、すぐに継承権を返上なされてはどうですか? 今なら私が責任をもって陛下にお伝えしますが」


「そうはいかないさ、クリスエイド。私が皇太子であることは私が決めたことではない。陛下の決定に異を唱えるなど、それこそ不敬だろう?」


 それは暗に「だからお前が何をやろうと、自分から皇太子の座を奪い取るのは不可能だ」と言っているに等しい。その嫌みにクリスエイドはガチリと奥歯を噛みしめると、化粧で隠してはいるもののうっすら隈の浮いた目で独房の中を見回していく。


「はぁ、その余裕の根拠は何なのですか? 兄上のことですから、何処からかあのネズミの情報を得ているのでしょうが……そこに兄上が落ち着くような情報がありましたか?」


「さてね。それを知っているのはむしろお前の方じゃないのか? 何せ私を生け捕りにしたうえ、もう三日だ。私を始末できない――」


「口を慎め、フラムベルト!」


 余裕の笑みを浮かべるフラムベルトに、クリスエイドが声を荒げる。


「私は次期皇帝だぞ! もはや兄上に『お前』などと気安く呼ばれる立場ではないのだ!」


「そう言われてもね……というか、自称次期皇帝と正当な皇太子なら、どちらかと言えば皇太子の方が上なんじゃないか? ま、公式の場でもなければ、私はそういうのはあまり気にしないが」


「ああ言えばこう言う……っ!」


 苛立ちと共に、クリスエイドの拳に力が籠もる。だがどれだけ憎らしく思っても、現時点ではフラムベルトを殺すことはできない。クリスエイドが求めるのは単に皇帝の座だけではなく、皇帝にしか開けられない扉を開くことのできる、正式な権利であるからだ。


 そしてそれは、意識的に継承されなければ手に入らない。帝位だけなら主要人物を皆殺しにすることでも手に入るが、それであの扉を開けられるかどうかがクリスエイドにはわからない。となれば取り返しのつかない殺害は、本当に最後の手段でしか選べないのは自明だ。


「ふぅぅ……腐っても我等は兄弟、これまでは敬意を持って接してきましたが、どうやら兄上はもっと過酷な環境をお望みのようだ」


「おっと、遂に拷問でもされるのかい? 痛いのや苦しいのは苦手だから、できれば遠慮したいところなんだが」


「そんな無駄なことはしませんよ。私の知っている兄上は、その程度のことで皇太子の座を投げ出したりしないでしょう? なので別の手段を考えております。


 兄上は我等がどのように生まれたかをご存じですか?」


「は? 何を突然。それは勿論知っているが……?」


 オーバードの皇族は、女性の胎からは産まれていない。より優れた存在であるために、父である皇帝の胤と優れた才能を持つ母の卵を掛け合わせ、魔導具のなかで人の形を成して産まれてくるのだ。


 そしてその事実は、皇族であれば誰もが知っている。故に首を傾げるフラムベルトに、クリスエイドが得意げな笑みを浮かべて言葉を続ける。


「優れた因子同士を掛け合わせ、優れた人間を造る……実に素晴らしい研究です。ですが私はそこからもう一歩踏み込みましてね。生まれる前だけではなく、生まれた後でも因子を注入できないかと考えたのですよ。


 そうして生みだしたのが、私の自慢の騎士達です」


「馬鹿な!? あれは生まれる前だからこそ許された技術であり、所詮は自然の営みの延長線上でしかない行為だ。だが生まれた後に……人になった後に別人の因子を流し込んだりしたら、体が耐えられるはずがない!


 ……いや、そうか。だからこそのそれ(・・)なのか」


 今もなお自分の牢の前に立つ緑の騎士を見て、フラムベルトが初めて怒りを露わにした声を出す。


「犠牲にしたのは何だ? 声が出せない程度ではないはず。感情、知性、人格……鎧の下はどうなっている!? 人間を使い捨ての肉人形(フレッシュゴーレム)に変えるのが、お前の研究の成果だとでも言うつもりか!?」


「ははは、拙いのはご容赦を。何せまだ実験途中ですからね。ただその過程でいくつか試したいことがありまして。例えばそう、兄上が優れた才能を隠し持っていたと嘯く末妹(ローザリア)の因子を捕らえたネズミに注入したら、どうなるでしょうね?」


「っ…………」


「優れた身体能力に加え、圧倒的な魔力を得るのでしょうか? それとも得た力に耐えきれず、体が破裂してしまったり? ああ、本人ではなく、適当に孕ませたうえで腹の中の胎児に因子を注入していく実験もいいですね! 魔導の胎と人間の胎で違いが生じるのかどうかも、しっかりと検証しなければ!」


「クリスエイド……お前はそこまで、そこまで墜ちてしまったのか……?」


「何を今更! 私を認めず蹴落としたのは、陛下と兄上でしょう! 遙か高みに産み落とされながら一直線に落下していく私を、貴方達は気にもとめなかった!」


「それは違う! 私も陛下も、お前のことをちゃんと気にかけていた!」


「ならば何故! 何故墜ちていく私を見捨てたのです!? 兄上が私の手を掴んで引っ張り上げてくれたなら、私は……私はもっと、私に相応しい高みに在り続けることができたでしょうに……っ」


「クリスエイド…………」


 血を吐くように思いの丈をぶつけてくるクリスエイドに、フラムベルトもまた辛そうに顔を歪める。


「私は……ずっとお前に手を伸ばしていたつもりだった。ただお前がそれに気づいてくれなかっただけで……」


「ほう! それは確かに気づきませんでした。ははは、助けたい相手に背を向けて手を伸ばす行為に、自己満足以外のどんな意味があると? 気づけない私の間抜けさを嗤うためですか? それとも自分は助けようとしたという言い訳が欲しかった? 私のような出来損ない(・・・・・)には、兄上の高尚な意図はわかりかねますね!」


「クリスエイド! 何故そんなひねくれた受け取り方ばかりするんだ。お前ならもっとまっとうな――」


「うるさいうるさいうるさい! お前ならまっとうな? 何故お前達の進む方向だけが正しく、私が進む方向は間違っていると決めつける! 他者(わたし)を認めないお前達のその考え方こそが、この世で最も邪悪なる傲慢だろうが!


 私は決してお前達には染まらない。私は何処までも私の信じる道を進んでみせる。私を信じて着いてくる者達に、私の覇道を示してやるのだ!」


 そう言い切ると、クリスエイドはクルリと独房に背を向けた。もうそこには兄を説得しようなどという惰弱な感情は存在しない。


「お前達を踏み越えて、私は前に進む。お前は黙ってこの国が変わっていく様を眺めていればいい……さらばです、兄上」


「……………………」


 その覚悟と決意に、フラムベルトは声をかけられない。伸ばしかけた手を引っ込め、去っていく弟の背をただ見送り……そして血が滲むほどに唇を噛みしめる。


「私はどうすれば…………どうしてやればよかったんだろうな。お前はまだそこにいるのに、私の声はもう届かないのか? わからない、わからないよ……」


 生まれたときからずっと「正しい」道を歩いてきたフラムベルトには、クリスエイドのことがわからない。皇帝になりたいのなら自分と同じ道を歩けばいいだけなのに、どうして違う道を歩きながら「皇帝になりたい」と願うのかが理解できない。


 だってそんなことをすれば、辿り着く先は「皇帝」ではなくなってしまうはずなのだ。歴代の皇帝が築き、守り続けてきたオーバード帝国が、今とは違う形になってしまうのだ。


 それを引き継ぐことこそ正しいと断言するフラムベルトと、自分なりの新しい皇帝を思い描くクリスエイド。そのどちらが傲慢であるかは、後の歴史でしか語ることなどできない。


「ああ、本当にまだまだだ。酷い……酷い味だ」


 冷めてしまった紅茶に口をつければ、渋みとえぐみだけがフラムベルトの口内に広がっていく。それはまるで今の自分達のようで……泣くことを許されない皇太子の瞳から、ただ一雫だけ、兄としての心が零れた。

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