違和感
暗く静かな夜の町を、俺達はまるで逃げるように……まあ実際逃げてるんだが……移動していく。そうして探索者ギルドに辿り着くと、そこはそれまでの静かな様子とは一転、かなりの喧騒に包まれていた。
「むぅ? もう夜も遅いというのに、随分と賑やかなのじゃ?」
「だな。何でだ? まさか俺が知らねーだけで、実は夜のギルドってこんな風に人が動き回ってるもんだったりはしねーよな?」
「流石にそれはないと思うデスけど……あ、キエラがいるデス。おーい、キエラー!」
謎の賑わいに訝しむ俺達だったが、ゴレミがキエラの姿を見かけて声をかける。するとキエラも俺達に気づいて、すぐにこっちにやってきてくれた。
「あれ、お兄さん達? こんな時間にどうしたの?」
「いやー、ちょっと野暮用でな。それよりキエラこそどうしたんだ?」
基本受付にいる姿しか見ないので、キエラがこうして通路を歩いているのはなかなかレアな光景だ。俺の問いかけにそんなキエラが、ピクンと体を跳ねさせて声をあげた。
「あのね、ちょっと前にダンジョンから新たに出てきた人達がいるんだよ! っていうか、それを皮切りにどんどん人が出てくるようになったの! だから今、その対応とか聞き取りとかに大忙しなんだよ!」
「へー、そうなのか」
その言葉に、俺はジルさんの別れ際の言葉を思い出す。もうすぐ魔法の効果が切れるって言ってたけど、どうやらそれが少し前だったらしい。
「他の探索者の人達は大丈夫だったデス?」
「今のところは平気だよ。多少の怪我人とかはいるけど……あ、ほら、あの人みたいなの」
「うん? うわっ」
キエラの指差す先には顔をボコボコに腫らせた探索者がおり……あの格好、何処かで見たような……?
「おぉ? あれは確か、妾達に絡んできた探索者なのじゃ?」
「あっ、そうか! あいつどうしたんだ?」
「詳しい聞き取りはまだだけど、どうも道に長くいすぎたせいで、ハリービーに追いかけられたみたい。他にも何人か同じような人がいたから、きっと一緒に行動してたんじゃないかな?」
「そうだったのか。そいつぁ何とも災難だったな」
キエラの言葉に、俺は妙に納得してしまう。散々偉そうなことを言っていた割にあのざまというのが何とも皮肉な感じだが、それでも無事にダンジョンから出られたのだから、よかったってことでいいんだろう。俺としてもちょっと揉めた程度で死んで欲しいとか思ったわけじゃねーから、無事な方が気が楽になるしな。
「……お兄さん、何か反応薄くない? ひょっとして他の人が出てこられるようになるの、知ってたとか?」
「さて、何のことかな?」
じーっと見つめてくるキアラに、俺はそう言ってとぼける。ちなみに俺がジルさん……というかエルフの存在を隠したのは、ローズのことがあったからだ。勿論そこだけ隠してエルフに助けられたとだけ言ってもよかったんだが、中途半端な嘘はすぐに綻びが生じる。ならジルさんというエルフの存在そのものを「なかったこと」にするのが一番いいと判断したわけである。
まあそのせいでギルドには多少迷惑がかかっているわけだが……俺は別に聖人君子ってわけじゃない。仲間のためならその程度の悪事は飲み込むさ。まあそれに付き合わせちまったカイ達には悪いと思うが……っと、そうだ。
「なあキエラ、俺達これからこの町を離れることになったから、もしカイ達が訪ねてきたら『ちょっと用事で他の町に行くことになった』って伝えといてくれねーか?」
「え? いいけど、自分で言わなくていいの?」
「ははは、いいんだ。その辺もまあ、色々あってさ」
「ふーん? ま、いいけど。じゃあ伝えとくね。それじゃアタシは仕事に戻るから、お兄さん達も別の町で頑張ってね! ばいばーい!」
「おう、またな」
「お仕事頑張ってくれなのじゃ」
「さらば青春の日々なのデス!」
手を振るキエラに、俺達はそう別れを返す。そうしてキエラが去っていったのを確認すると、少し離れたところにいたフラム様が徐に声をかけてきた。
「用事はすんだかい?」
「すみません、流石に何も言わずにいなくなるのはどうかと思って……大丈夫ですかね?」
「あの程度の伝言なら平気だろう。さ、それより少し急いでくれ」
「了解です」
フラム様に促され、俺達はギルドの奥まった方へと移動していく。すると転移門付近でも結構な人数が作業をしているのが見えてくる。
「うわ、ここもいるな。これもダンジョンの異常が解除された影響なのか?」
「ああ、そうだぜ! 必要なくなった物資を各地の支部に送り返す準備をしてるんだ! で、アンタ達は何だ?」
俺の独り言のような呟きに、近くで作業をしていた男がそう声をかけてきた。するとフラム様がスッと前に出て、懐から紙切れを取り出す。
「失礼。我々はノースフィールド行きの転移門を使わせてもらうことになっているんだが……」
「そうかい。ならその辺の隅っこで邪魔にならないようにしてな。作業が済めばそれだけ早く向こうに行けるだろうしな」
「わかった。ありがとう……ということらしいから、我々は隅の方に移動しようか」
男の言葉にフラム様が軽く例を言って動き出したので、俺達も後に続いて歩いていく。そうなればもう俺達にできることは何もないので、ジッと準備が終わるのを待つだけだ。
「今の話からすると、これって臨時便みたいな感じですよね?」
「そのようだね。当初の予定では三日後の定期便まで待つつもりだったから、早くいけるのは僥倖だよ」
「そうなのじゃ? なら本来ならシルヴィ殿にちゃんとお別れをできたはずなのじゃ……むぅ」
「仕方ないデス、ローズ。それにシルヴィ達は本当に無関係デスから、こういう感じでお別れする方がきっとよかったと思うのデス」
「だな。流石にこれ以上こっちの問題に巻き込むのは駄目だろ。特に今回は相手が相手だし」
どうやら俺やローズは直接狙われているらしいが、カイ達は本気で無関係だ。だが相手がそんなのを気にしてくれるとは限らないので、挨拶もできずにさよならってのは逆によかったかも知れない。
「よーし、準備終わったぞ! 全員配置につけー!」
と、そんな雑談をしながら待っていると、程なくして野太い男の声が響いてきた。それに合わせて作業員達が転移門の中と外に分かれていく。
「そろそろか……ここの景色も見納めだな」
「そうデスね。壁に蔦が張り付いてるのにビックリしたのが、遠い昔のことのようデス。何もかも皆懐かしいのデス」
「なに、また次の場所ではそこなりの新たな景色が見られるのじゃ。妾はいつだって、寂しい気持ちより楽しい気持ちを大事にしたいのじゃ!」
「ぬおっ!? 何だローズ、急にいい感じの台詞を言いやがって……ん?」
転移門もこれで五回目ということで、流石にもう緊張することもない。なので周囲を見回しながらのんびりとそんな会話をしていると、俺はふとその景色に違和感を覚えた。
「うーん……何だ?」
「マスター、どうしたデス?」
「いや、何かこう、違和感っていうか……うーん?」
何かが……そう、何かが違う。今まで四回見た景色とこの五回目に、何か違いを感じる。
いやまあ、そりゃ運んでる人とか作業してる人とかは全部別人なんだから、そんなの違うに決まってる。決まってるんだが……はて?
「転移開始一〇秒前!」
「さっきからどうしたのじゃクルトよ」
「どうって言われると困るんだが……あっ、あれだ!」
首を捻り目をこらし、遂に俺は違和感の正体に気づいた。転移門を構成する鳥かごみたいな形の石柱、その中心に設置されている巨大な魔石に、何か黒い棒みたいなのが刺さってるのだ。
「え、あれヤバくねーか? おいローズ、あそこに棒が――」
「三……二……一……転移!」
バチバチバチバチッ!!!
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
今までとは明らかに違う、体を引き裂くような衝撃。音も光も、苦痛すらも瞬時に失った俺の意識は、あっという間に暗闇に落ちていくのだった。





