月下の旅立ち
「ちょっ、フラム様!? それは流石に……っ」
頭を下げるフラム様に、俺はどうすることも出来ずアタフタと手を動かす。大国の皇太子に頭を下げさせるのもヤバいし、かといって無理矢理体を起こしたりするのもヤバい。
するとそんな俺の空気を感じたのか、頭を上げたフラム様が真面目な顔で言葉を続ける。
「いや、いいんだよ。これは私なりのケジメだ。そもそもクルト君達を巻き込んでしまったのは私のせいだしね」
「は? それはどういう……?」
「君達がオーバードを出てから少しした後に、クリスエイドにローザリアが覚醒の予兆を見せていると話したのは、私なんだ。
今思えばあれこそ、クリスエイドの暴走に拍車をかけたのかも知れない。何せ出来損ないと見下していた相手が、自分がどうやっても得られないオーバードの名をもらうかも知れないと言われたのだからね。
それにその事前情報がなければ、クリスエイドがクルト君を調べることも、『歯車の鍵』のことを知ることもなかったはずなんだ。『試練の扉』は出現することこそ稀だけれど、出れば必ず誰かが攻略するものだからね。そもそもローザリアが注目されていなければ、クリスエイドは調べすらしなかったと思う」
「あー、それは……」
苦しげに顔を歪ませ、全てのきっかけが自分であると告げてくるフラム様に、俺は言葉を詰まらせる。すると俺の隣で、ローズが穏やかな表情で首を横に振った。
「兄様、それは違うのじゃ。そんな責任の追及の仕方をしてしまったら、最終的には妾がクルト達と出会わなければよかったということになってしまうのじゃ。もしそうであれば妾は今も、たった一人で<無限図書館>に潜り続けていて……クリスエイド兄様が妾のことを気にすることなどなかったじゃろうからな。
じゃが、妾はそんなの嫌なのじゃ。たとえこの先にどんな結末が待っていたとしても、妾はクルト達との出会いを微塵も後悔などしないのじゃ。
もしも過去に戻ってやり直せるとしても、妾は必ずクルト達と出会うのじゃ。まず出会ったうえで、どうすればよりよい未来に辿り着けるかを考えるのじゃ。
じゃからクルト、それにゴレミよ……妾の家族の問題に、どうか二人も一緒に巻き込まれて、解決するのの力を貸して欲しいのじゃ」
そう言って、今度はローズが俺達に頭を下げた。皇族に頭を下げさせたという意味では同じだが、今度は躊躇うことなど何もない。
「当たり前だろ! 俺達に任せとけ! なあゴレミ?」
「モチのロンなのデス! ゴレミセキュリティは終身契約なので、途中解約は受け付けていないのデス! お代は笑顔一生分なのデス!」
「そりゃまた随分と阿漕な契約だな」
「ふふふ、返済するにはしっかり長生きせねばなのじゃ」
「踏み倒しは許さないのデス!」
「「「ははははは」」」
暗くて埃っぽい倉庫のなかに、俺達の笑い声が響く。そんな俺達の様子を見て、フラム様がとても優しい……だが少しだけ悔しそうな顔をして声をかけてきた。
「そうか……なあローザリア、私は正直、今回の件はもっとこじれると思っていたんだ。最上でも『巻き込んですまない』と泣くローザリアに、クルト君達が手を差し伸べる……そのくらいだと思っていた。
だが違った。もうお前達は『自分のために巻き込まれてくれ』と言えるくらいの絆を結んでいた。私達ではできなかったことを、お前は自分の選んだ相手と成し遂げたんだ。
強くなったな、ローザリア。その強さと強さを支えるものを、生涯大事にしなさい。それはきっと、帝位なんかよりずっと価値のあるものだからね」
「兄様……はいなのじゃ!」
「うん、いい返事だ……なあクルト君。やはりローザリアとの間に子供を――」
「あーっ!? キコエナイキコエナイ、何もキコエナーイ! そ、それよりフラム様、俺達に助けて欲しいってことでしたけど、具体的には何をしたらいいんですかね?」
不敬罪? 何それ美味しいの? という勢いでフラム様の言葉を遮りつつ、俺は慌てて話題を変える。なお俺の両サイドからは「マスター、それは流石に犯罪なのデス」「クルトよ、一体何の話なのじゃ?」などと言いつつゴレミとローズが脇腹をつついてくるが、俺は何も聞こえていないので気にしない。
「俺やローズに絡んでる話でもあるんで、協力するのは吝かじゃないんですけど、ただ俺達に何ができるのかって言われると……」
「まあ、そうじゃな。自分で言うのも何じゃが、近衛兵すら圧倒する相手を妾達でどうにかするなど、逆立ちしても無理なのじゃ。となるとクリスエイド兄様を出し抜いて、先に扉の中身を奪ってしまうとかなのじゃ?」
「頑張って扉を開いたら中身が空っぽというのは、なかなかいいアイディアなのデス。『よちよち歩きのベイビーには、ここはちょっと遠すぎたかな?』とか煽る感じの手紙も置いておくとよりグッドなのデス!」
「うわぁ……確かに俺ならブチ切れるな、それ」
「ははは……確かに中身を別の場所に移すというのは名案だけど、実際にはそうはいかないんだよ。あれは移動させられるような代物じゃないからね」
「ふむ? 兄様は扉の中身を知っておるのじゃ?」
フラム様の物言いに、ローズが首を傾げて問う。
「ああ、知っている。地下研究所の存在を知っている者なら皆知っていることだ。だがだからこそ、クリスエイドの狙いが読めないとも言える。あれを手に入れて何をしたいのかが、私にはさっぱりわからないんだ。
ただまあ、単純に壊されたりするだけでもとても困るからね。最終的にはクルト君の力を借りてクリスエイドより先に扉を開き、中身を保護したいとは思っているが……」
「ということは、俺の出番はまだ先ってことですか?」
「そうだね。今すぐ帝都に戻って城に潜入し、運良く扉まで辿り着けたとしても、こちらの切り札が揃っていないから何もできない。それどころかせっかくクリスエイドを阻んでいる扉を、わざわざ開けにいくようなものだ。
だからこそ、クルト君達には私と一緒にミニッツ連邦共和国へ向かってもらいたい」
「ミニッツ連邦? って、何処だっけ?」
「北の方にある、とっても寒い国デス。あとそこのノースフィールドって町には、大ダンジョン<永久の雪原>があるデス」
「大ダンジョン! ということは、今回も転移門を使うのじゃ?」
ローズの言葉に、フラム様が大きく頷く。
「ああ、そうだ。当初の予定ではお前やクルト君達にはここに残ってもらい、私だけで行くつもりだったんだが……」
そこで言葉を切ると、フラム様が顔に手を当てため息を漏らす。
「……まさか私がやってきたその日にダンジョンに異常が発生するとはね。大ダンジョンの異常ともなれば大事件だ。明日からは世界各国から調査団が派遣されるだろうし、異常が起きたダンジョンの最初の脱出者ということで、クルト君達にも注目が集まる。
こうなっては身を隠すなんて不可能だし、何より事態が事態なだけに、クルト君達に接触してくる大量の人間を選別するのは事実上不可能だ。このままここに残れば、クリスエイドの手の者に掠われるのは時間の問題だろうね」
「うげっ!?」
「とはいえ、別に乱暴されるとは限らないよ? むしろ無駄な抵抗をしなければ、少なくとも例の扉を開くまでは丁寧に扱われるだろう。だからこそ私は君達に確実に接触することより、自分の痕跡を可能な限り残さない方を選んだんだ。
だがそれにより私は身を隠したまま先手を取れているし、君達の選択によりこうして話をすることもできた。この時間があれば、必要な準備を整えられる。
ということだから、早速移動するよ。調査団が来る前、今夜の内に移動しないといけないからね」
「何とも忙しないのじゃ」
「急な出張には特別手当が欲しいのデス。具体的には寒冷地仕様のスキンケアセットとかが欲しいのデス!」
「えっと……それは石材用のコーティング剤とかでいいのかな? 向こうに着いたらでよければ、準備できないこともないけど」
「すみませんフラム様! ゴレミの言うことは真に受けないでください! あとゴレミ、お前も相手は選べよマジで!」
ゴレミの謎発言に慣れていない……こんなもんに慣れるのもどうかと思うが……フラム様に焦ってそう声をかけつつ、俺達は倉庫を出て歩き出す。こうして月明かりの下、俺達の次の目的地が慌ただしく決定した。





