狙われたのは……
「やあローザリア。それにクルト君達も、久しぶりだね」
「兄様!? 何故兄様がこのような場所におるのじゃ!?」
軽く手を上げて挨拶をしてくるフラム様に、ローズが真っ先にそう声をかける。するとフラム様は口元に立てた人差し指を当てて、静かに微笑んだ。
「おっと、ローザリア。この私に会えて嬉しいのはわかるけど、もう少し声を落としてくれるかい? 今は夜だからね」
「あっ!? も、申し訳ないのじゃ……って、そうではなく! どうしてフラムベルト兄様が――」
「ははは、それは今から説明するよ。事の起こりは、今から五日前。その日帝城で、突然反乱が起きたんだ。
首謀者は我が弟にして第三皇子のクリスエイド。彼はあっという間に城内を掌握すると、皇帝陛下を幽閉して、自分こそが次の皇帝だと宣言した。
で、当然私達だって黙って見ていたりしないから、クリスエイドを打倒すべく色々とやったんだけど……これがどうにも上手くいかなくてね。逆にこっちがやられそうだったから、こうして逃げてきたってわけさ」
「……………………」
小さく肩をすくめてみせるフラム様に、しかし俺は何も言うことができない。とても大変なことが起こっているのはわかるんだが、俺からは遠すぎて話題に実感が伴わないというのが正直なところだ。
だがローズは違う。ワナワナと唇を震わせ、何度も声を出そうとしてはやめ、しかしそれを数度繰り返してから大きく深呼吸すると、改めてフラム様に話しかける。
「……フラム兄様、聞きたいことが沢山ありすぎて困るくらいなのじゃが」
「どうぞ。私に答えられることなら、全部答えよう」
「ならその……とても根本的なところなのじゃが、何故クリスエイド兄様の反乱が成功したのじゃ? できそこないの末妹である妾には知らぬこと、わからぬことも多いのじゃが、それでも陛下や兄様の目をかいくぐって反乱の準備を整え、それを成功させるなど可能じゃとは思えぬのじゃが……」
「ああ、そうだね。私もそう思っていた」
ローズの問いに、フラム様が苦い表情になる。
「実際、私はずっとクリスエイドの事を気にかけていた。その性質故に第三皇子という立場なのにオーバードを名乗ることを許されないことを、彼はずっと気にしていたからね。
それに彼の周りに、彼と同じく今の帝国をよく思っていない連中が集まっていることも知っていた。オーバード帝国は皇帝陛下の独裁国家であり、陛下の権威が圧倒的に強い。故に陛下の思想と合わない貴族達からすると、帝国は実に息苦しいところだったのだろう。
だからこそ、私も陛下も彼らをずっと監視していた。多少不満を漏らす程度なら気にしないが、大きな動きをするようならいつでも釘を刺せるようにしていた。していたつもりだったんだ……」
そこで一旦言葉を切ると、フラム様が軽く目を閉じ、大きく深呼吸をする。再び開かれた目は俺達の方を向いていたが、しかしその視線はもっと遠くを見つめているようだ。
「ローザリアは知らないと思うが、帝城の地下には秘密の研究施設がある。そこではオーバード帝国の建国以来ずっと続いているとある実験が繰り返されているんだが……どうやらクリスエイドは、その研究の一部を持ち出し、私的に利用していたようなんだ。
それによって彼の率いる兵は一騎当千の強さとクリスエイドに対する絶対の忠誠心を持ち、精鋭たる近衛兵すらあっさりと蹴散らされてしまった。おかげで陛下は幽閉され、正式に帝位を委譲するように日々迫られている。
ちなみに、陛下が殺されない理由は親子の情というわけではなく、今すぐ陛下が崩御なさると、自動的に次の皇帝は皇太子である私になってしまうからだ。陛下の遺言をねつ造した程度では、その事実を変えられない。
なのでクリスエイドとしては、私を説得し、どうにかして自主的に皇太子の座を譲らせなければならない。第二皇子であるノルガットが継承権を放棄して国外で好きに活動しているから、一応殺すだけでも皇太子の座を奪い取れる可能性はあるが、陛下がそれを認めるかと言われたら違うからね。
ただまあ、私がそんな説得に応じるわけがないし、かといって応じるまで弟に拷問され続けるような趣味はないから……」
「それでここに逃げてきた、と? むむむ……」
「何だい? 今の説明じゃ足りないかな?」
「そうではないのじゃ。じゃがフラム兄様がやり込められたという事実が今ひとつ信じ切れぬというか……それに何故妾のところなのじゃ? それとも逃亡先としてトラス王国を選んだだけで、偶々妾達がここにいただけなのじゃ? それならば理解できるのじゃが」
問うローズに、フラム様が小さく笑って答える。
「ふふふ、それは両方だね。確かに逃亡先として、トラス王国は悪くない。オーバードからは離れていて国交もないし、転移門以外では人を送り込むのも難しい。もしローザリア達がアルトラ聖国にいるままであったなら、感動の再会はなかっただろうね。
だがローザリア達に会うこともまた、目的の一つではある。というのもクリスエイドはローザリア……そしてクルト君のことも探しているからだ」
「え、俺?」
突然名前を出されて、俺が驚いて声を出す。するとフラム様はニッコリと笑顔を作って俺の方を見てくる。
「ああ、そうだよ。ローザリアの方は、言うまでもないだろう。眠っていた力に目覚め始め、このままいけばやがてオーバードの名を与えられるかも知れない存在は、クリスエイドにとって無視できない存在だ。殺すにしろ取り込むにしろ、動きは速いほうがいい。
そしてクルト君だが……君、聖都でも活躍しただろう? さっきも言った帝城地下の研究施設。その最奥には時の皇帝しか開くことのできない扉があるんだけど、『試練の扉』を開けることのできた君の鍵なら、その扉も開けられるんじゃないかって考えているんだ」
「えぇ!? いや、それは…………」
言われて、俺は自分の腰に視線を落とす。左側に佩いている鋼の剣と対を成すように、右側には剣っぽい形をした鉄の棒……「歯車の鍵」を下げている。いつ必要になるかわからねーから、基本的に常に身につけているのだ。
「これを狙ってるって……いやでも、この鍵って別に唯一品ってわけじゃないですよ? 普通に頼めば作ってもらえるのでは?」
そう、オリジナルの「歯車の鍵」はともかく、今持ってるこれはハーマンさんに作ってもらったものだ。別に制作者を隠してるとかじゃないので、皇族なんて人達が調べてわからないとは思えない。
だがそんな俺の疑問に、フラム様は苦笑しながら首を横に振る。
「確かに作らせることはできる……というか、実は私も依頼したことがあるんだが、どうもその鍵は、<歯車>のスキルがないとまともに動かないらしいんだ」
「えっ、そうなんですか? でも、ハーマンさんはちゃんと動作テストしたって言ってたような……」
「違うデスよ、マスター。ハーマンは動くかどうかを調べただけで、ちゃんと鍵として使えるかどうかのテストは、マギニウムが手に入らなくてできなかったって言ってたデス」
首を傾げる俺に、ゴレミが横から補足してくれる。するとそれを聞いたフラム様が大きく頷いた。
「つまりはそういうことさ。実際一本作ってもらったんだが、魔力を送り込むと反応はするものの、形状変化が上手く発動しなかった。職人の彼はいつかその原因を究明し、誰でも使える万能鍵として完成させたいと言っていたが、それが明日になるのか一〇年後になるのかは誰もわからない。
そしてクリスエイドには、それが待てない。皇帝に即位できぬままいつまでも帝城を占拠し続けるのは無理があるし……何よりクリスエイドの目的も、皇帝となってあの扉の中身を手に入れることのようだからね」
「おぉっふぅ……え、それつまり、俺が完全に狙われてるってことですよね? じゃあもし俺達がここに来なかったら、どうなってたんですかね?」
キエラから聞いた伝言では、来ても来なくてもいいということだった。だが今の話を聞いてしまえば、何も知らずにいるのは非常に危険な気がする。
そんな俺の問いに、フラム様が薄い笑みを浮かべて言う。
「その場合は、悪いがクルト君を囮にさせてもらうつもりだったよ。君達には嫌われてしまうだろうが、私はオーバード帝国の皇太子だ。自国民ではない探索者よりも、血の繋がった妹よりも……そして時には自分自身よりも、帝国の行く末の方を優先する。そうできるからこそ私は皇太子なのだ。
だが、君達は来た。私の名を告げず、来ても来なくてもどちらでもいいという呼び出しを受け、こんな怪しげな場所までやってきてくれた。
それは気まぐれな偶然かも知れないし、大きな運命かも知れない。どちらにせよ君達がこの未来を選んだなら……私も君達に賭けよう。クルト君、ゴレミ君、そしてローザリア。クリスエイドの野望を打ち砕き、帝国を取り戻すために……どうか力を貸してくれ」
そう言って、フラム様はまっすぐ俺達に向かって立つと、深々と頭を下げた。





