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底辺歯車探索者 ~人生を決める大事な場面でよろけたら、希少な(強いとは言ってない)スキルを押しつけられました~  作者: 日之浦 拓
第五章 歯車男と森の王

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本当の詠唱

今回も三人称です。

「な、何者なのじゃ!?」


 突如として現れた乱入者に、ローズは警戒しながら声をかける。魔物を攻撃したのだから探索者……それもかなり深層の探索者なのだろうと予想はできるが、それならば探索者の常識である「他パーティの戦闘に介入するときは、先に一声かける」をしてこなかった理由が思いつかない。


「助太刀には感謝するのじゃ。でも何故一声かけてくれなかったのじゃ?」


 故にローズは、素直にそう問いかける。すると銀髪の美丈夫は滑るように空中を移動してローズの側に降り立つと、表情を変えることなくその口を開く。


「お前はこの私に『何者か』と問うのか? 私が何であるかわからないと?」


「うぬ!? そりゃあ初対面じゃし……初対面じゃよな?」


 逆に問い返されて、ローズの方に戸惑いが生まれる。草で染め上げたような深緑色の服の上に濃い茶色の革鎧を纏い、手には明らかに魔導具の類いと思われる弓を持つ姿そのものは探索者としてそう珍しくはないが、肩より少し下まで伸びたサラサラの銀髪と、まるで芸術品のように整った容姿は一度見たら忘れるようなものではない。


「うむ、やはり初対面のはずじゃ。流石にお主のような者にあったことがあれば、忘れるはずがないのじゃ」


 数秒考え、ローズがそう言う。すると男は少しだけ残念そうな声でそれに答えた。


「そうか。わからんか……ならばそれでいい。私のことは……そうだな、ジルとでも呼べばいいだろう。それで……ん?」


 そんな会話をのんびりとしていると、ジルに腕を飛ばされたはずの霧の巨人が、その体を再生させて殴りかかってくる。その拳はローズではなく自分を傷つけたジルの方を狙っており、ローズは咄嗟に防壁を張ろうとしたが……


「<阻み拒む白鉄の盾ディム・イミナス・イラル・バオール>」


 詠唱と同時に、ジルと巨人の間に白く輝く障壁が出現する。それは巨人の拳を完全に防ぎ、それどころか殴りかかった拳の方がひしゃげて砕けるという結果を見せつけた。


「ぬぉぉ!? さっきのもそうじゃが、凄い魔法なのじゃ!」


「何を驚く? この程度はお前でもできるだろう?」


「は? 何を言っておるのじゃ?」


 不思議そうに首を傾げるジルに、しかしローズもまた首を傾げる。するとジルは改めて、まじまじとローズの使う魔法を観察した。


「ふむ、そういうことか。おそらくは教える者がいなかったのだろうが、それでもここまで魔法の使い方を間違えるとは」


「間違える? 妾の魔法は、何か変なのじゃ?」


「そうだ。その赤い障壁の方はまだいい。拙いが確かにお前の魔法となっている。だがそちらの車輪のようは魔法はなんだ?」


「何と言われても、これは妾とクルトの力を合わせた、合体魔法なのじゃ!」


 そう言って、ローズは自分の腹の辺りに視線を落とす。するとジルもまたローズのスカートの膨らみを見て……その端正な顔を歪ませる。


「妙に膨らんでいると思っていたが、人が入っている……のか? 何故? 戦闘中に火照った体を慰めるための戦奴のようなものか?」


「ぬあっ!? そ、そんなのではないのじゃ! そんな、そういう感じではないのじゃ!」


「そうなのデス! マスターは今も一生懸命ローズを回しているのデス! そこに卑猥は一切ないのデス!」


 顔を赤くして抗議するローズに、ここまで黙って成り行きを見守っていたゴレミも加わる。だがその瞬間、ジルは驚くほど冷たい視線をゴレミに向けた。


「黙れゴーレム。命なき魔導具如きが我等の会話に割って入るな」


「あうっ……」


「む、それは違うのじゃ!」


 ひるむゴレミに変わって、ローズが声をあげる。


「確かにゴレミはゴーレムなのじゃ。命と呼べるものは持っておらぬのかも知れぬ。じゃがゴレミには間違いなく心がある。泣き、笑い、喜び、悲しみ、愛し愛される心があるなら、命のあるなしなど些細な問題でしかないのじゃ。それを否定されるのは、とても悲しいのじゃ」


 友を侮辱された怒りではなく、その心を知ってもらえぬのは悲しいという気持ち。そんなローズの気持ちをまっすぐにぶつけられたジルはハッとした表情を創り……ゆっくりと自分の手を見つめてから、小さく息を吐いた。


「ふぅ…………そうだな、確かにその通りだ。以前の私なら決して受け入れられなかったであろうが、今の(・・)私は誰よりもそれを受け入れねばならん。


 今出会ったばかりの私に、そのゴーレムに心があるかなどわからないが、お前がそういうのであればそれを尊重しよう。


 だが我等の会話に口を挟むのは許さん。これはあくまで私とその娘との話なのだ」


「わかったデス。なら大人しくしてるデス」


 その言葉に、ゴレミは素直に引き下がる。ゴーレムだからではなく私的な話だからと言われれば、流石にゴレミも引き下がらざるを得ない。


「すまぬのじゃ、ゴレミ」


 そしてそんなゴレミに、ローズがジルに変わって謝罪する。本当はジルにも謝って欲しかったが、ジルはジルなりに引いてくれているのだから、それ以上はただの感情の押しつけ。見た目も実年齢も子供ではあるが、そんな我が儘を言うほどローズの精神は子供ではなかった。


「……まあ、いい。別にお前達が淫靡な慣習を持っていようと、それは私のあずかり知らぬことだ。時代と共に恥じらいが失われ、ここまで常識が改変されているとは思わなかったが……」


「じゃからそういうのじゃないのじゃ! 妾だって恥ずかしいのじゃ! でもそれでは話が進まぬから、もうそこは気にしないで欲しいのじゃ!」


「…………そうだな。そうしよう。では改めてお前の魔法だが、何故そんな歪な形になったのだ?」


 軽くやけくそな雰囲気を出すローズに、ジルは若干遠い目をしてから話題を元に戻す。だがそんな事を問われても、ローズには何もわからない。


「歪と言われても、まず何故これが歪なのかがわからぬのじゃ」


「そこからか。ならば言うが、その車輪はお前の力の形ではないだろう? その魔法はお前の魔力を用いて他人の力を模倣しているに過ぎない。故に魔力の運用効率がとてつもなく悪いはずだ」


「それは確かに……しかし合体魔法とはそういうものではないのじゃ?」


「違う。主と従が逆なのだ。他人の力をお前の力で無理矢理に模倣するのではなく、他人の力の形にお前の力のなかに取り込むのだ」


「お、おぅ?」


「あー……そうだな。では見ていてやるから、ちょっとその魔法を使ってみろ」


「う、うむ。では……『フラム(バーニング)ギルデム(歯車)ストラーダ(スプラッシュ)!』」


 言われてローズは、炎の歯車を霧の巨人に向けて放つ。だがやはり歯車は巨人の体を突き抜けるだけで、大したダメージは与えられない。


「こんな感じなのじゃが……」


「そうか。今のでよくわかった。お前はその力の形……借り物の力に依存しすぎだ。いや、信じすぎているというべきか? その力をあまりに絶対視し過ぎているせいで、自分の力とできていない」


「なぬっ!? いや、しかし、クルトの歯車は凄いのじゃぞ? 今だって妾のなかで猛烈に回してくれておるのじゃ」


「……何かの隠喩か? 理解が及ばぬが、対処法はわかった。今の魔法の詠唱を逆にしてみろ」


「逆? 逆というのは?」


「口に出す言葉と、心に思う言葉を逆にしろということだ。秘めるべき力の形は芯にして真。なればこそ実際に世界に放たれるのはお前の力、お前の魔力でなければお前の魔法たり得ないのだ」


「ほ、ほぅ? よくわからぬが……やってみるのじゃ」


 言葉の意味は今ひとつピンとこなかったが、単に詠唱を逆にしろというだけならば簡単だ。ローズは一旦黄金の歯車を魔力に還すと、改めて……そして初めて「本当の詠唱」を口にする。


「<バーニング(フラム・)歯車(ギルデム・)スプラッシュ(ストラーダ)>! お、おぉぉ!?」


「よし、できたな。ではそれで攻撃してみろ」


 それにより生まれたのは黄金の歯車ではなく、歯車のような形をした渦巻く炎の固まり。ジルの指示通りそれで攻撃してみると――


「何と!?」


 ローズの炎の歯車は、あっさりと霧の巨人の腕を切り飛ばすことに成功した。

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