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春の魔法  作者: 林来栖
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「待て。この剣を無闇に抜けば、大賢者の身体が持たない」


『構いません』


 アファード皇帝の言葉を遮ったのは、アウリルだった。


『私の身体は、もはや役には立ちません。思考だけが生きている状態です。ヘスボスを封じ殺すまで己の魔力でこの身体を生かして来ましたが、邪竜が死んでいればもう、私の身体に用はありません』


「そんな……っ!!」メルリが悲鳴をあげた。


「ここまで頑張られたのですっ。どうか——どうか、ゾラへご帰還下さい」


「メルリ……」


 エディンは幼馴染の、青い瞳を見た。


「俺も、アウリルにはゾラへ戻って戴きたい。だが、ゾラは、もう、無い」


 故国が滅びた事実を改めて口にして、エディンは唐突に目頭が熱くなった。

 そうだ、ゾラはもう、無いのだ。

 父王スノリは殺され、兄弟達も何処へ行ったか分からない。知っているのは、ゾラを侵略した皇帝アファードだけだ。

 今まではアファードが憎かった。訳も分からず不意にゾラを大軍で襲い、城を破壊し家臣達の命も奪った。

 宝物庫を荒らし、ほぼ全てをマインランドへと持ち去った。

 しかし、今は。


「皇帝を許せると言えば嘘になる。けど、お互いの誤解が起こした不幸だった、と今は思える。俺を含めたゾラの王族は誰もアウリルの行方を真剣に探さなかった。どころか、大魔導師はヘスボスに恐れをなして、ゾラから逃げた、などと噂した。

 ……どうして何百年もこの事実がゾラに伝わらなかったのか、やっと分かった。多分、スゥメル王はご存知だった。そして、アウリル大魔導師との『密約』で、わざと大魔導師の行方を追わなかったんだ」


 そうですよね? と問うたエディンに、思念のアウリルは淡く笑んだ。


『スゥメルに何度も止められたよ。でも、私は、朋友の子孫が絶えてしまう事が恐怖だったのだ。スゥメルが困難を克服してやっと築いた国を、たった10代で終わらせたくなどなかった』


「けれど。アウリル大魔導師がここまでして護って下さったゾラは、俺の……、私の父スノリが死んだ事で無くなってしまいました」


 震えるエディンの声に、メルリは目を閉じる。薔薇色の頬を涙が伝った。


「でも、エディンは生きてるっ。もし、エディンがゾラ王家の最後の一人だとしても、エディンが居る限り、ゾラ王国は、あるんだよ」


 か細い声で言い切った幼馴染に、エディンも堪えていたものが溢れた。


「俺は……、王にはなれないよ?」


「そんな事は、ない」


 アファード皇帝が、低く言った。


「私が何故、エディン王子を捕らえなかった思うか? そなたには王たる気質を感じたからだ。申し訳ないが、他の王子達にはゾラという由緒のある王家を継ぐ資質は無いと、私には見えた。故に、彼らは遠国へ行ってもらった。無論、それなりの地位をマインランド皇国から付与して、だ。王子達は私の申し出を喜んで受けてくれた」


「じゃ……、兄上達は、生きておられるんですかっ!?」


「無論」


 大きく頷いた皇帝に、エディンは少なからず安堵した。


「では、陛下はゾラを復興して下さるおつもりなのですか?」訊いたメルリに、アファード皇帝は「その積もりだ」と答えた。


「ただし、エディン王子が王になるなら、だ」


『それは大丈夫でしょう』アウリルの思念が、明るく言った。


『エディン王子は、皇帝陛下のお見立て通り、ゾラの王になれる方です。スゥメル王を知っている私がそう言うのですから』


 エディンは、大魔導師の思念を見た。アウリルは優しく微笑んだ。


『エディン王子。あなたはスゥメルによく似ておいでだ。瓜二つ、と言ってもいい。数百年という歳月が過ぎて、またスゥメルと再会出来るとは、私は幸せ者です。——もう何も思い残すことはありません』


 言い終えたアウリルの思念が、すうっ、と薄くなっていく。


「まっ、待って下さい大魔導師っ!!」


 メルリが、叫ぶと同時にアウリルの身体に駆け寄った。

 大剣が刺さったままのアウリルに、メルリが触れる。

 大魔女リリアーナの血を濃く受け継ぐメルリは、同時にアウリルの妻パルマの血も強く受け継いでいた。 パルマは治癒魔法の使い手で、バリハルディアと並び称される程の大魔女であった。

 そのメルリの掌から、治癒魔法が発される。


「エディンっ、私が治癒魔法を掛けている間に『ブラッドバインド』を抜いてっ!!」


『これは……、驚いた。お嬢さんは治癒魔法をも使いこなすのか』


「私はっ、アウリル大魔導師のご令嬢リリアーナさまの子孫ですっ。同時に、リリアーナさまの母君パルマさまの治癒魔法も、受け継ぎましたっ」


『リリアーナの……。では、お嬢さん、いやメルリは、私の直系ということか』


 そうか、と呟いたアウリルに、メルリは頷く。

 メルリの魔法がアウリルの身体を貫く大剣を、白く光らせ始めた。


「エディンっ、お願いっ!!」


 エディンは『ブラッドバインド』の柄を握ると、息を大きく吸い込む。


「はっ!!」吐き出しながら、大剣を思い切り引き上げた。


 アウリルの身体が浮き上がるのをアファード皇帝が押さえてくれた。大剣はずるり、とアウリルの腹から抜け出る。

 途端。

 メルリの背後に居たアウリルの思念が消えた。


「大魔導師さまっ!! 目を開けて下さいっ!!」


 治癒魔法を掛ける手を止めずに、メルリが叫ぶ。


「アウリルさまっ!!」


 メルリの必死の呼び掛けにも、大魔導師の両眼は開かない。

 やはり長い年月、己の身を犠牲にし続けた代償は大きいのか。


「お願いです、目を開けて下さい……っ!!」泣きながら大魔導師を呼ぶメルリの声に混ざり、低い唸り声がエディンの耳朶を打つ。


「なん……だ?」


 人声ではない、渦巻くような獣の咆哮。

 地の底を這うように聞こえる咆哮は、エディンの警戒心を刺激した。

 同じく、その声を聞き取ったらしいアファード皇帝が、大魔導師を支えたまま眉間を険しくする。


「あれは……、かの邪竜か?」


「まさか……」メルリも、治癒を続けながら洞窟の奥へと目を向ける。


『ウィネシールド』によって水球に閉じ込められていたヘスボスが、蘇ることが出来るのか?

 エディンは『ブラッドバインド』を下げたまま、洞窟の奥へと数歩近付く。

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