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春の魔法  作者: 林来栖
4/10

4

 男の家は、外観通り小ぢんまりとしていた。 玄関を入ってすぐに客間があり、右側にキッチンとダイニング、客間の奥にもう一部屋。

 多分奥の部屋は寝室だろう。

 一人で住むには十分な広さである。


 客間の調度も派手なものではない。三人掛けの木製の簡素なベンチと、ローテーブル。

 その他に、一人用の背無しの椅子が二脚。

 必要最低限といった風である。


「どうぞ」


 男はエディンとメルリにベンチを勧め、自身は背無しの椅子を、ローテーブルを挟んだ場所へ移動させた。


「ああ。まずお茶を淹れないとね」立ち上がった男に、エディンは、


「お茶はいいから。あなたの話をすぐに聞きたい」


「——君達は、もしかして誰かに追われてでもいるのかい?」


「なっ、何で、そう、思われるのですか?」


 エディンが言い返す前に、メルリが問うた。

 男は二人を交互に見て、ふむ、と小さく唸った。


「まず。お嬢さんの衣服が随分と汚れている。普通、女の子がそんな泥だらけの格好のまま旅なぞしない。それに、お嬢さんのブーツは街用だね? その靴では、この先、足を痛めてしまうよ?」


「そ、それは……」言い淀んだメルリを、エディンは済まない気持ちで見遣った。


「足……、痛かっただろ。本当にごめん」


 謝ると、メルリは気丈に微笑んだ。


「ううん。急いでたし、途中の町で買い換えればいいかなぁ、って思ってたし」


「君達は何処まで行く積もりだったんだい?」


 問われて、エディンは答えに窮した。

 何処、というあては、実際には無かった。

 スゥメルの懐剣を皇帝の宝物庫から取り戻し、その先は、とにかくマインランド帝国以外の国へ潜伏するしかない。

『忘れじの森』を抜けて、更に西へ。

 それしか、頭には無かった。

 黙っているエディンに、男は、


「今日はここへ泊まっていきなさい。後の事は、明日考えればいい」と笑った。


「そんなに……、のんびりしていられない」


 内心の焦りと恐怖が、エディンに言わせた。


「いつ皇国兵がここへやって来るか、分からないし」


「……皇国兵?」


 首を傾げた男に、エディンはますますムッとする。


「俺達は、マインランド皇国からここまで来たんだ。——あなたが言った通り、ゾラはもう、無い。マインランド皇国の皇帝アファードが、半年以上前に急に攻めて来て、何もかも破壊したんだ!!」


 男は「ふうむ」と、細い眉を寄せて唸った。


「……申し訳ないが。私には君達の言っている事が、さっぱり理解出来ないんだ。ゾラ王国が無くなった? というのは、本当なんだね?」


「本当も何も……」


 エディンは言い掛けて唇を噛む。

 城にマインランド皇国兵が雪崩れ込んで来て、ゾラの騎士達、家臣団、それにエディン以外の王族は悉く捕らえられた。

 父王スノリはその場で首を刎ねられ、王妃の母は兵士達に連れ去られた。

 兄達、姉達がどうなったのか、探ってみたが、全く手掛かりが得られなかった。


「あのう」メルリが、おずおずといった口調で男に答えた。


「ゾラが、マインランド皇国に攻められた、ということを、あなたは全くご存知ないので

すか?」


「ああ——うん。そもそも、その、マインランド皇国、という国を、私は聞いた事がないんだ。ゾラの隣国に、そんな国は無かったと思うんだが」


「……じゃ、あなたが知っているゾラの隣国は、何という国々なのですか?」


 逆に尋ねたメルリに、男は少し考える様子を見せた後、答えた。


「国、というより族領が殆どだね。ただ、南には大国リーズランドがある。あとは東にソフィア公国、その隣がバイハルト小王国。……ゾラと隣接しているのは、フェン族の遊牧地だ」


 エディンとメルリは顔を見合わせた。

 フェン族。

 それこそが、マインランド皇国の基礎を築いた民族だ。現在の皇帝アファードも、フェン族の首長の血統である。


「その……。フェン族が、マインランド皇国を建国したんですが……」


 メルリがおずおずと告げると、男は青玉——メルリと同じ色の目を見開いた。


「それは、いつ頃の話かな?」


「スゥメル建国王が亡くなられて、三代目のエウメリ王の時代に。マインランド皇国の初代の王は、確か大魔女バリハルディアの弟と聞いています」


「バリハルディア——」男は呟き、息を吐いた。


「では、バリハルディアはフェン族に魔法で貢献したんだね」


「……いいえ」メルリは、少し声を張った。


「大魔女バリハルディアは当時のフェン族の族長の命令で、捕らえられ火炙りにされた、と伝えられています。その後、族長の一家が次々と謎の病で亡くなったので、フェン族の人々は『バリハルディアの呪い』とか『聖女の復讐』と言って恐れたと同時に、まだ少女だったバリハルディアを悼んでマイン——『青』という意味の言葉に『清廉な乙女』という意味も込めたと聞いてます。それがマインランドの国名になったと」


「そう……、だったのか」

 男は卓に両肘を付け、ゆっくりと両手で顔を覆った。


「あの()は……、バリハルディアは、とても素直で聡明な娘だった。魔法の素質も豊かで、特に回復魔法が優れていた。人々の怪我や病気を治癒させる特殊な魔法は、素質がある者がとても少ない。だから……、だから、私はあの娘に魔法の技術を教えた」


 エディンは、男の言葉に少なからず驚いた。

 大魔女バリハルディアは、百年以上前の人物だと聞いている。

 なのに、眼前の、まだ若いと見える男は、バリハルディアに魔法を教えたという。

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