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春の魔法  作者: 林来栖
3/10

3

 ******


 茜色の空は、不思議なほど長くその色を留めている。

 家を見失わないよう、エディンとメルリはゆっくりと進んだ。

 自分達の感覚では四半時ほども歩いたように思えるのだが、家の門扉に辿り着いた時にも、まだ空の色は変わっていなかった。


「時が、止まってるみたい……」


 ぽつりと言ったメルリに、エディンは何か引っ掛かるものを感じた。

 が、とにかくこの家の主人に今夜の宿を頼めるかの方が先決だ。

 木製の白い門扉に手を掛け、エディンは「こんにちわ」と、声を掛けてみた。


 二度、三度と誰何してみる。だが、門の内側から何の返答もない。


「誰も、居ないのかな?」


 居ないなら寧ろ都合が良い。懐剣を仕舞うと、エディンは無断侵入を決めて門を開けた。


「わっ、エディンっ。勝手に入っちゃって大丈夫……」

 

 ズカズカ進む幼馴染に続き少々へっぴり腰になりながら、メルリも門内へと入った。

 綺麗に手入れされた芝の上、丸い形の平らな石が、玄関アプローチまで続いている。

 石の道から少し離れた左右の花壇には、可愛らしい草花がとりどりに風に揺れていた。

 更に、草花の奥には低めの鉄の柵があり、白や薄いピンク色のつるバラが咲いている。

 ふんわりとした柔らかい風景に、いつしかメルリも頰を緩める。


「春の庭だね」


 ふふ、と笑ったメルリに、エディンは振り返った。


「本当に無人の家だったら、ここで一晩過ごそう」


「……無人ってこと、無いかもしれない。だって、こんなにお庭がよく手入れされてるし」


 敷石の上へしゃがむと、メルリはピンクや白の小花を指先で触った。


「小さい花も、しっかり綺麗に咲いてるし」


「褒めて頂けて、花達も満足しているでしょう」


 不意に家の裏手から男の声がして、エディンは驚いて身構えた。


「誰だっ!?」


「おやおや。人の家へ勝手に入って来て、その言い方は無いんじゃないかな?」


 現れたのは若い魔導師だった。あまり見掛けない灰色のローブを纏っている。長く伸ばされた金茶の髪は真っ直ぐにローブの背を覆っていた。

 エディンが驚いたのは魔導師の目。——メルリと同じ、青玉の瞳だ。


 青玉(ブルーサファイア)の色の目を持つ人間は、実はそう多くない。ゾラでも、殆どが魔導師かその子孫だ。

 マインランドではほぼ見掛けない。

 青玉の瞳は、ゾラの初代魔導師長にして建国王スゥメルの朋友アウリルの子孫に受け継がれている。

 眼前の魔導師もアウリルの血筋なのか?


 睨んだまま動かないエディンに、男はにっこりと微笑んだ。


「この家へ入って来られたということは、あなた方はゾラの王家の方ですね?」


「どっ、どうして……」そう思う? という言葉を、エディンは飲み込む。


 以前、父王から聞いたスゥメルとアウリルの物語が、頭を過ぎった。


 ******


 スゥメルとアウリルは大変な戦いの末、邪竜ヘーベルを倒した。

 しかし、ヘーベルの双子の兄竜ヘスボスには、後少しというところで逃げられてしまった。

 黒と赤という毒々しい色の翼で羽ばたきながら、ヘスボスは西の方、ウンディル山へと飛んで行った。飛びながら、人間達の頭へ直接『魔法の声』で言い放った。

『スゥメルよ。我が弟をよくも殺してくれたな。ヘーベルの死の代償として、おまえから10代後の王族は全て、我の贄となるだろう』

 邪竜が掛けたスゥメルへの呪いを解くため、アウリルは直ちに三つの呪具を作った。

 魔力を込めた長剣と懐剣、それと、幻の金属と言われているミスリル銀の腕輪だ。

 腕輪『ウィネシールド』と長剣『ブラッドバインド』は、スゥメルに献上されたのち、ゾラの王室から忽然と消えてしまった、という。

 三つの呪具のうちの二つが消えたと同時に、アウリルも姿を消した。

 王城の者達はアウリルが居ないと大騒ぎをしたが、スゥメルだけは何も言わなかったという。

 アウリルには生まれたばかりの娘がいた。リリアーナというその娘は、後に父と同じくゾラの宮廷に招かれ魔導師長になり、大賢者と呼ばれるようになる。だが当時はまだほんの赤児。 

 アウリルの妻は、夫の行動に対する批判が必ず出ると予想して、スゥメル王に乞い、娘と共に密かに故国へと帰って行った。

 アウリルが居なくなり暫くすると、妻の予期した通り、重臣達が『魔導師長が長剣と腕輪を盗んで逃げた』と言い出した。

 その品々はスゥメルに献上されたものとは言え、元々アウリルが創り出したもの。

 重臣達の言い分はおかしいのだが、彼らに近しい騎士達がアウリルを盗人と呼ばわるようになった。

 さすがに朋友を盗人と言われるのにはスゥメルも黙ってはいなかった。アウリルの功績を汚すような物言いをした者達は、王の命によって閑職へ追いやられた。

 しかし、無くなった品とアウリルの出奔は、人々の好奇心を消すことはなかった。

 以来、他国でも大賢者と称されるアウリルを、ゾラの一部の家臣・騎士達は『盗人魔導師』、と未だに陰で呼んでいた。


 ******


 だが、ヘスボスの呪いは今まで発動していない。そのことが、エディンはずっと気になっていた。

 スゥメルから10代後のストゥラ王は、85歳という長命で崩御した。

 エディンの父スノリ王は、ストゥラ王のまた10代後の王である。

 邪竜ヘスボスの呪いは、本当に掛かっていたのだろうか?

 それとも、出奔したとされるアウリルが、本当はヘスボスを倒し呪いを止めたのではないか?

 しかし、ヘスボスを倒したのなら、何故速やかにゾラに帰還しなかったのだろう。邪竜二頭を退治した英雄として、アウリルは大手を振って凱旋出来る。

 帰還しなかった大賢者は、一体何処へ行ってしまったのか?


 黙ってしまったエディンに、男は静かに言った。


「……ゾラに、何かあったのですね?」


「何で、あなたがそんなことを気にする?」何故か腹が立って、エディンは強く言い返した。


「この場所へ、その懐剣を携えてゾラの王族がはるばるやって来る、ということは、ゾラに異変がない限り考えられません。……取り敢えず、家へ入りましょう」


 魔導師らしい男は勝手に決めると、灰色のローブを翻し、足早に玄関へと歩く。

 敵か味方かまだ分からない。が、このままここに立っていても仕方ないと思い、エディンはメルリとともに、男について彼の家へ入った。

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