10
「陛下と王子に戒めを解いていただき、メルリの治癒魔法で回復し始めた私は、ヘスボスが咆哮すると同時に強い魔力を放っているのに気が付きました。邪竜は生きている。私の封呪をものともせず、水球に閉じ込められても、生き永らえていたのだ、と、はっきり感じ取りました。——驚愕と共に、やはりという落胆もしました。ですが」
アウリルは青玉の瞳をひた、とエディンの紅い目に据える。
「エディン王子が一人でヘスボスの元へ向かわれたのに、ここで自分が挫折していい筈はない、と、思い直したのです。長い時間動かしていなかった身体はすぐにはいうことを聞いてはくれませんでした。しかし、起き上がろうとした私にメルリと陛下が助力してくれた。お二人は何も言わず、私が王子の後を追うのを手伝って下さったのです」
最後の、これで本当に最後の闘いだとアウリルは自身を叱咤したのだ、という。
「……色々な偶然が私達を勝利へ導いてくれました。メルリが私の娘リリアーナの子孫だったこと、パルマの強力な治癒魔法の力をも受け継いでいたこと。アファード陛下がアリアファールの血を濃く受け継いでいたこと。そして何より、エディン王子、あなたがスゥメルに瓜二つであったこと。
私は、あなたからスゥメルの『気』を強く感じます。もしや生まれ変わりなのでは、と思う程に」
「だから、ヘスボスは私をスゥメル建国王だと思ったのでしょうか?」
対峙したヘスボスは既に視力を失っていた、と思う。でなければ、エディンとスゥメルを間違える筈はない。
邪竜は相手の『気』を頼りに話していたのだ。
が。
「俺が『ブラッドバインド』を握っていたのを、どうやって知ったのだろう……?」
尋ねた訳ではなく呟いたエディンに、アウリルは言った。
「恐らく私の『気』を感じたのでしょう。長い間、『ブラッドバインド』は私の血をヘスボスの水球へと流していましたから」
「だから、『今にも折れそうな剣』と言ったんですね……」
なるほど、と納得したエディンに、アウリルは薄く笑んだ。
「『気』が酷似しているだけではヘスボスの呪は破れなかったでしょう。エディン王子、あなたはもしかして、スゥメルの名を継いではいませんか?」
唐突な質問に、エディンは目を見開いた。
「あ、はい。私の正式な名前は、エディン・ウィンディル・スゥメル・デル・ゾラ、です」
「やはり」アウリルは嬉しそうな表情で大きく頷いた。
「そして陛下の名は、アファード・バリハルド・アリアファール・ユル・マイン・フェン。そうでしょう?」
「何故それを?」アファード皇帝が驚いた表情でアウリルを見る。
「バリハルディアの名は、私にはすぐに分かります。あの子との契約のひとつでしたから。彼女の名と、弟アリアファールの名で、私に呼び掛ける術は発動するのです。私は呼び掛けられた相手の魔力から、名を読み取ることが出来ます」
「ということは、大魔女バリハルディアもアリアファード大君の名を持っていた?」
訊いたメルリに、アウリルは頷いた。
「バリハルディアの正式な名は、バリハルディア・アリアファルア・エル・フェンです。大君は逆に、アリアファール・バリハルド・ユル・フェンでした。フェン族はしばしば、姉弟・兄妹の名を逆にして名付けることがあったのです。——ヘスボスは私達人間が名を使って相手に呪を仕掛けるのを知って、利用したのでしょう。ですが却って裏目に出た。エディン王子がスゥメルの名を継いだまでは、『気』で分かったかも知れませんが、スゥメルの父にして猛将と謳われ、奇しくも邪竜が逃げ込んだ山の名となったウィンディルの名と強さも引き継いでいるのまでは、気付けなかった」
スゥメル建国王が倒す数年前。族領地の連合軍を率いたウィンディル将軍はヘーベルとの戦いの折、かの邪竜の右目を潰した。目を潰されたヘーベルは怒り狂い、ウィンディル将軍を前肢の爪で引き裂いた。
しかし、将軍は最後までヘーベルに剣を突き通していた。
スゥメルがヘーベルを倒せたのも、父ウィンディルが付けた傷があったから、と言われている。
「子供の名は、子孫だからとやたらに祖の名を付けるのではありません。私もそうでしたが、生まれた赤子の『気』を読み、その子供が資質を受け継いでいるであろう祖先の名を付けるのです。エディン王子にスゥメルとウィンディル将軍の名を授けた魔導師長は、優れた魔導師であると推察出来ます」
アウリルの言葉に、メルリが頬を赤らめた。
「エディンの名を付けたのは、私の母です」
メルリの母アンリがゾラの宮廷魔導師長だった、と聞き、アウリルは「そうだったのですね」と朗らかに笑んだ。
******
エディンが寝台から起き上がれたのは、アウリルと話した二日後だった。
それだけ体力・気力を消耗していたのだ、とアファード皇帝に苦笑され、メルリには「相変わらず無茶だよね」と怒られた。
更に一日置いて、エディンとメルリはアファード皇帝と共にアウリルの『家』を訪れた。
大魔導師の『家』は最初に訪れた時と同様、春の花々が庭を飾っていた。
「この『家』は、私がスゥメルから頂いたゾラの家を模したものです。妻のパルマは春の花の庭が大好きだった。庭にはいつもとりどりの色の花を植え育てていました。……宮廷を辞した後、一度だけ妻に手紙を書きました。パルマはリリアーナを連れ故郷に戻ったと知らせて来ました。古里の家でも、おそらく春の花を植えていたでしょう」
アウリルは窓辺に立ち、静かに言った。
「私は、もうすぐ消えます」
「え……?」思わず漏らしたエディンの声に、アウリルは淡く笑んだ。
「私はヘスボスを屠るために、自身の寿命を無理矢理に延ばしました。邪竜が滅んだ今、私に掛けた呪も消え掛けています。——本来ならもうこの世には存在しない私が、いつまでも現世に生き続けてはいけない……」
柔らかい春の風が、アウリルの金茶の髪を一房、遊ぶように浮かせる。
「王子には大変な役目を負わせてしまい、申し訳ありませんでした。本当なら、ヘスボスは完全に私一人で退治しなければならなかったのに」
「いえ。大賢者のお力になれて、私は名誉なことと思っています」
ありがとうございました、と頭を下げたエディンに、アウリルは、
「そう言って頂けて、少し気が楽になりました」と嬉しげに頷いた。
「アファード陛下にもお礼を。とても助かりました」
「ヘスボスは強かでした。アウリル大賢者がいかに強大な魔力をお持ちでも、相手は竜。お一人で立ち向かうには厳しかったと」
「そうですね」アウリルは苦笑した。
「私は……、自惚れていたのかもしれません。自分こそがスゥメルを、ゾラを護れる唯一の存在だと。結局、最後はスゥメルの力を借りなければヘスボスを倒せなかった。
——運命の神がおわすなら、多分そのように定められていたのでしょう」
安堵したような、だが少し淋しさも滲ませた大賢者の横顔を、エディンは見詰めた。
「……そろそろ、限界のようです」
呟くようなアウリルの声がエディン達に聞こえるや否や。
アウリルの身体がすうっ、と透けていった。
『私が消えれば、この『家』も程なく無くなるでしょう。——みなさんには感謝してもし切れない。ありがとう』
エディンは、初めて会った時と同様の柔らかい笑みを浮かべたアウリルを、涙でぼやけた目で見送った。
******
アウリルがヘスボスとの長きに渡る戦いを終え、魂を世界へと還してから十年。
マインランド皇帝アファードの力を借り、亡きスノリ王の末子エディンを新王として、ゾラは国を再興した。
アファード皇帝が爵位を与え、マインランド帝国の貴族となっていた兄王子達も、エディンを支えるために故国へ帰還した。
メルリことメリリュース・ギルは、空席となっていたマインランドの宮廷魔導師長としてマインランド皇国に迎えられた。
ゾラの宮廷魔導師長には、アファード皇帝の従姉妹であるエイダリア・アリアファルア・バリハルディア・エル・マイン・フェンが選ばれた。
これは、マインランドとゾラが同盟国として再び固い絆を持ったことの象徴として遂行された。
アファード皇帝はエディン王の三番目の姉フロウラを后に迎えた。皇帝と后の間には皇子四人、皇女二人が生まれた。
エディンは長幼の序を重んじ、自身の王太子には長兄の王子を立てた。そのために、妃は生涯娶らなかった。
アウリルの魂が創った『春の庭』は、大賢者が消えた後、一時なくなっていたが、メルリがアファード皇帝に進言し彼女の魔法で復元した。
以来、今日に至るまでアウリル大賢者の庭と家は、『大賢者の庭』『春の魔法』としてマインランド及びゾラの国民の聖地にして憩いの場になっている。
一年中春の草花に彩られた『大賢者の庭』に、在位中、エディンは度々訪れた。
王の傍らには、必ず盟友にして幼馴染のメルリ大魔女の姿があった、と、ゾラ王国新記には記されている。
了
最後までお読みいただき、ありがとうございますm(__)m
「春の魔法」は、これにて完結となります。
林としましては、「春の魔法」に続く第二弾の『ショートファンタジー』をシリーズとして、これからもちょこちょこではありますが、アップしていきたいと思っております。
また、新作が出来ましたら、お読みいただけると嬉しいです^ ^




