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こんにゃく破棄されたおかげで、わたしは幸せになれました。

作者: 豆夏木の実


「メストラム公爵令嬢、エメリア! 今この場において、お前とのこんにゃくを破棄するっ!」


 突然、第一王子のシュマイケルから告げられたこんにゃく破棄宣言。

 三王子の中で最も長く派手なブロンドヘアに、パーティのために着ていた格調高い白と金のタキシード。そんな完璧に整った外見から発せられた柔らかい響きの言葉にわたしは首を傾げる。


「勉強不足で申し訳ないのですが、私はこんにゃくというものを存じません。こんにゃくを破棄するとは、どのような意味なのでしょうか?」


 思わず素でそう返してしまったのは、わたしがワインを飲み過ぎていたからだろう。一瞬の後に、王子は『婚約』と言いたかったのだと察したが、わたしの口はすでに疑問を投げかけてしまっていた。


 我が儘な王子が、王家が決めた政略結婚を破棄すると言い出すのは意外ではない。女好きの王子が不貞を働いていることは知っていたし、私と彼の仲は冷え切っていた。


「ぐっ……!」


 王子は気まずそうに目を逸らした。

 よく見ると頬がほんのり赤く染まっていて、まるで悪戯が見つかった子供のように目線を彷徨わせている。唇を噛み、若干悔しそうに見えるのは、わたしの言葉がうっかり王子のプライドを刺激してしまったからだろう。


「こんにゃくも知らないとは、メストラム家の教育はどうなっているんだっ。まったくけしからん……」


 王子の言葉にわたしは呆れた。

 自分のプライドを守るためにわたしの家を悪く言う器の小ささ。こんな言葉で女を騙せていると思っている浅はかさ。


 出会ってからすぐに察していたけれど、甘やかされて育った第一王子のシュマイケルは、他の王子と比べてプライドが高く、精神年齢は幼かった。

 わたしは少し意地悪したくなり、王や王妃からすぐに気にいられた柔らかな表情と穏やかな口調を心掛けて、ゆっくりと聞き返す。


「さすがシュマイケル王子は聡明なのですね。では、無知なわたしに『こんにゃく』というものがどのようなものなのか、教えていただけないでしょうか?」


「こっこっこっ……こんにゃくは、こんにゃくだっ……!」


 ニワトリの真似をし始めたのかと思ったら、王子は顔を真っ赤にして答えになっていない答えを返した。わたしの意地悪はまだまだ終わらない。あなたが秘書と浮気をしていたことを知っているんですからね。


「ですから、その『こんにゃく』というものについて、教えていただきたいのです。王子はわたしをゆび指して、誇らしげな表情で、声高に『こんにゃくを破棄する』と宣言していらっしゃいましたよね。それはどうしてもわたしに伝えなければならない大切なことだったのではないでしょうか?」


「ほ、誇らしげな表情などしとらんわっ! ただ一応、お前にも伝えておこうと思っただけだっ!」


「やはり、わたしに伝えるべきことなのですね。では、ご説明いただけますか?」


「ぐぬうッ……!」


 王子は弟の第二王子にチェスで五回連続で負けたときと同じ表情をしていた。

 食いしばった歯の隙間から、悔しそうな呻き声を漏らす。

 わたしは嗜虐心が満たされ、そろそろ許してあげようかと考えていたところ。


「こんにゃくとは、東洋の国にある伝統的な食べ物ですよ」


 王子に近寄っていったのは、秘書のミランダだった。

 ピタっとした窮屈そうな髪の毛に、金縁の眼鏡。それほど美人ではないが、その個性的な外見や口調が、数々の女を抱いてきた王子にとっては新鮮だったらしく、何度か不貞を働いている。


 王子は馴れ馴れしくミランダを抱き寄せると、額に軽くキスをした。


「さすが私の秘書。どこぞの侯爵令嬢とは違って常識があるようだな」


 まさか『こんにゃく』というものが実在するなんて……。

 さすがに秘書が嘘をつくことはないので、東洋の食べ物にたまたまそういった音の響きのものがあったのだろう。


 立場が逆転したと思ったのか、王子は自信満々な表情を取り戻している。


「エメリア、勉強不足が露呈してしまったな! お前もミランダを見習って知識を深めたまえ! そんなことでは、お前よりもミランダの方が王家に嫁ぐに相応しいぞ! はっはっはっはっはっは!」


「どういった意味なのでしょうか」


 わたしは冷たい口調で、疑問をぶつけた。

 王子は怪訝そうな表情で、「は?」と聞き返す。

 ミランダは私の反撃の糸口に気付いたのか、ちっと舌打ちしてそっぽを向いた。


「こんにゃくが東洋の食べ物だということはわかりました。では、『こんにゃくを破棄する』とはどのような意味なのでしょうか。それをわたしに伝えた意図は何でしょうか」


「ッッッッ……!」


「そもそも、『お前とのこんにゃくを破棄する』とおっしゃっていませんでしたか? 『お前とのこんにゃく』とは何のことでしょうか。わたしは王子とこんにゃくを共有しているつもりはないのですが」


「んぬぐぅッッッッ!」


「それに、『今この場において』とおっしゃっていましたよね。今この場にこんにゃくがあるのですか? それなら見せていただきたいです。この場で破棄するのですよね?」


「んぬぅうぅぅッッ!」


 王子は顔を真っ赤にして、わたしの一言一言に、毒でも盛られたような反応をしていた。

 ここまで言われてしまえば、王子のプライドはズタズタだ。ちょっと意地悪しすぎたかもしれない。


 そう思っていたところ、再び割って入ってきたのは金縁眼鏡の秘書だった。


「王子はエメリア様へのプレゼントとして、こんにゃくを用意していたのです。『お前とのこんにゃく』というのは、エメリア様と一緒に食べようと用意していたこんにゃくのことです」


 秘書は冷たい表情を一切崩さず、ペラペラととってつけたような言い訳を繰り出す。


「では、そのこんにゃくを見せてください。今この場にあるんですよね? 『今この場において破棄する』と言ってましたものね」


「いえ。『破棄することを決定した』という意味ですよ。こんにゃくの期限が切れてしまったので、破棄することにしたと伝えたのです。こんにゃくは食品庫に大切に保管してあります。破棄するのは別の日になるでしょう」


 よくもまあ次から次へと……なかなか頭がキレる女のようね。

 わたしは不毛なやりとりに飽きたし、もう十分すぎるほど王子の慌てふためく表情は見れたので、部屋に戻ることにした。


「わかりました。では、その『こんにゃく』とやらは、破棄しておいてください」


 私は深い意味も無く、そう言って王子の横を通り過ぎた。




 ……その三日後、王家に大量のこんにゃくが届いた。


 シュマイケル王子に呼び出されて城の一室で待機していたわたしは、廊下を運ばれていくそれが何かわからず、思わず執事を呼び止めた。


「待ってください。それは一体何ですか?」


 半透明な灰色の物体が、キャスター付きのテーブルの上に山盛りになっている。

 煉瓦のようなものだとしたら、あまり綺麗ではないので、屋敷の中には入れない方が良さそう。


 そんな軽い気持ちで声をかけたところ、初老の執事は人の良さそうな顔に、困り気な笑みを浮かべた。


「これはシュマイケル王子の命令で和の国から取り寄せた『こんにゃく』という食べ物です。王子はこれをエメリア様の目の前で破棄するのだとおっしゃっていました」


 これが噂の『こんにゃく』なのね。

 ……と好奇心を抱きつつも、わたしは王子の幼稚な発想と、王家で働く人に迷惑をかける行為に心底呆れていた。


 まさか、あの秘書の嘘を実現させるために、こんな大掛かりなことをするなんて……。


「ええと、王子は和の国から伝統の食品を取り寄せて、それを新品のまま破棄しようとしているということかしら?」


「そのように伺っております……」


「それは和の国に対する侮辱行為ではなくて?」


「ごもっともです……」


 執事は自分が悪い訳でもないのに、申し訳なさそうに答える。

 少し可哀そうに思いながらも、常識がありそうな執事に、わたしの考えが間違っていないことを確認する。


「和の国は最近とても力を強めているし、この国との交易も盛んになってきているわよね? 和の国の文化は、これまで西洋には無かった新しい価値のあるものばかりだと聞いているわ」


「その通りでございます。和の国との交易は我が国の重要事項です」


「西洋の他国も和の国との交易を狙っているのよね。その競争でリードするために、クルトワ王は和の国と密にやり取りしていると伺っているわ。この前のパーティにも和の国の王を招いていたみたいだし」


「左様でございます」


「それなら、この侮辱行為を和の国が知る可能性も十分にあると思うのだけど?」


 そう問いかけると、初老の執事は沈黙ののちに、神妙な声を漏らした。


「エメリア様のおっしゃる通りでございます……」


「それは我が国を揺るがしかねない大問題になるわよ? 下手をすると和の国との戦争だわ」


「返す言葉もございません……」 


「クルトワ王はこのことを知っているのかしら?」


「王はご存知ではありません。シュマイケル王子より、王には伝えるなと命じられておりまして……」


 初老の執事はおそらく長く屋敷に努めているので、そこそこ高い権限があるはず。

 王に直接話をすることはできなくても、常識のある第二王子や第三王子には話を通せるはず。


「わたしは王家の者ではないから、貴方に命令をすることはできないけど、こんにゃくの破棄は中止することをお勧めするわ。まずは第二王子のウィリアム様に許可を取ってみたらどうかしら」


「……!」


 初老の執事は希望を見出したような表情でわたしを見上げると、深く礼をして部屋を後にした。

 第一王子の命令に背くことは難しくても、「メストラム公爵令嬢から助言を受けた」という言い訳があれば、第二王子に話を通すことくらいはできるだろう。


 良識があって、いつも冷静な第二王子なら、きっとこの愚行を王に伝えてくれるはず。



 * * *



 その一か月後。

 わたしは王家の跡取りとなった第二王子のウィリアムと結婚していた。


 第一王子のこんにゃく破棄未遂は王の知るところとなり、シュマイケルは王家から除名され、秘書のミランダも王家から永久追放となった。


 シュマイケルの代わりに跡取りとなったのが、常に冷静で大人の余裕があり、帝王学の成績も優秀だった第二王子のウィリアム様だった。彼にはシュマイケルのような幼稚さは一切なく、ブロンドの髪も短く爽やかで、クールな言動も好印象だった。彼が跡取りとなって、王家で働く人々は安心したと聞く。


 一方で、婚約者を失ったわたしはお役御免かと思いきや……。

 第一王子の愚行を止め、国際問題を未然に防いだ功績を王から評価され、第二王子のウィリアムからも「貴方ほど賢く美しい女性は他にいない」と大変気に入られ、王家全体からの猛アプローチによって結婚が決まった。


 ウィリアムから結婚指輪を嵌められたとき、わたしは心の底から、こんにゃくに感謝した。

 こんにゃく破棄されたおかげで、わたしは幸せになれました。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 言い間違いのはずだった「こんにゃく破棄」からこんなことになろうとは。 大小の笑いの波に何度も襲われました。 すごくおもしろかったです!!
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