月島
「お疲れさまでした」
今日は久しぶりの依頼だった。その帰り道。
朝から仕事をしていて、夕方前までに片付いた。さすがヨウさん、手際がいい。
「お、おつかれ。悪い、今、話しかけるな」
今回の依頼は古くなった小屋の解体業だった。
小屋自体は小さいものだったので、大きなハンマーで壁を壊したり、のこぎりで柱を切断して解体していった。
私は散らばった木や石などを拾い集めて丈夫な袋に入れていく作業をしていた。
私の集めた、ヨウさんはガラと呼んでいた袋は処分したけれど、解体の途中で出てきた大きな鉄板は依頼主に許可をとって、もらってきた。
ヨウさんはその鉄板を担いで歩いているので、話しかけたら少し苦しそうにしていた。
本当は何に使うのか聞きたいけれど、今はタイミングが悪そうだ。
鉄板を運ぶのを手伝おうと思ったけれど、どこを持てばいいのかわからないし、逆に迷惑になる可能性もあるので、黙ってヨウさんの後をついて歩いた。
ヨウさんの家に着くと、鉄板を外壁に立てかけた。
「何に使うためにもらってきたのですか?」
やっとこの疑問をヨウさんにぶつけられた。
「料理だ」
「え、料理? これを食べるのですか?」
「食べられるわけないだろう。調理器具として使うんだよ」
「あ、そっちですか」
「そっちしかないだろう」
ヨウさんは、ため息をついていた。
家に入ると、夕飯の準備をすると言いキッチンに向かった。
「サリー。お前は鉄板を洗っておいてくれ」
私としては一息つきたいところだけれど、ヨウさんがそう言うのだから、仕方がない。
一度庭に出てたわしを使ってごしごしと鉄板を洗った。家に戻って料理の方を確認する。記録を付けたいと思っているので、レシピは見逃せない。
荒く切ったキャベツと、この間天ぷらをしたときに出た天かすと、小エビを乾燥させたやつをボウルに入れていた。具材はこの三つのようだ。
そこに水と小麦とソースを入れていた。これが味付けだろうか。水で薄めたソースって美味しいのだろうか。
これから何ができるのだろうかと見ていると、ヨウさんはそのボウルを置くと、庭に出た。
今度はヨウさんが庭で何やら作業を始めた。
木を集めて火を起こした。焚火をしているようだ。
その焚火の両サイドに壁を作り上にさっき私が洗った鉄板を置いた。
火の熱で、鉄板の水滴が蒸発していく。
「サリー。キッチンからボウルと出しておいたヘラと箸を持ってきてくれ」
「わかりました」
キッチンに行くと、ボウルの横に大きなヘラと小さなヘラが二本ずつ用意されていた。箸と一緒に持ってヨウさんの元に戻る。
小さいヘラは今は使わないらしい。切り株のところに置いておく。
ヨウさんがボウルに入れた材料を箸でかき混ぜてぐちゃぐちゃにした。
熱くなった鉄板に油を敷くと、ボウルから具を書き出して広げた。
ボウルの中の水分は捨てずに取っておくらしい。
ヘラを使って具で鉄板の上に輪を作ると、その中にボウルの三分の一程度の水分を注いだ。
「堤防から溢れないようにヘラで防げ」
ヨウさんが言うので、必死に決壊しないように水分と格闘した。
「それじゃあ一回かき混ぜるぞ」
ヨウさんにヘラを渡すと水分と具をごちゃまぜにした。
小麦が入っているからだろうか、どろどろとした具になる。
ヨウさんがもう一度輪を作り、水分を注いだ。
「ほら、同じように防げ」
「は、はい」
結局三回に分けて水分と具を混ぜた。
最初より火も通っているので、とろみがついてどろどろの状態になっている。
この状態でもいいにおいが広がっている。
ただ、完成形が想像つかない。
日本人というのは、食に美を求める傾向にある。
王宮料理人も美を意識している傾向にあるけれど、日本人はこの国にない美的センスを持っているので、毎回新しい料理を紹介されるたび、驚きを隠せない。
今回のこの料理にも私はすごく期待をしている。
「私はいったい、何を作っているのですか?」
「もんじゃ焼きっていう料理だ」
「もんじゃ焼き、ですか……」
もんじゃ焼きは今のところ、ただのぐちゃぐちゃの状態。
ここからどう美しい料理へと変化させていくのだろうかと、わくわくの気持ちを膨らませていると、ヨウさんが言った。
「よし、サリー。これで完成だ」
「へ? あ、いや、これはまだ完成ではないですよね?」
予想外のことに変な声が出てしまった。
何度見ても、目の前にあるのは鉄板の上でぐちゃぐちゃのままの食材だ。
撹乱魔法でもかけられているのだろうか。
「いや、あとは食べるだけだ」
「うそですよね? きれいにお皿によそったりするんじゃないですか?」
盛り付け一つとっても日本食は美しい。食材の切り方や、色味を気にしているのが日本食だ。
今の状況では料理と言っても主食ではなく、パスタのソースのようなものだ。もしかしてこれをご飯にかけて食べるだろうか。それともパンにつけるのだろうか。
「こうやって、鉄板に押し付けて、熱をさらに通してから食べるんだ」
そう言うと、パクっと直接口に運び、ヨウさんは熱そうに食べた。
「え、本当ですか?」
私をからかっているのだろうか。
「いらないなら別に無理して食べることはない」
ぐちゃぐちゃの料理を熱そうにしながらも美味しそうに食べているヨウさんを見ていると、私も食べてみたいと思わなくもない。
ヨウさんの真似をして、もんじゃ焼きと呼ばれるぐちゃぐちゃの料理を鉄板に小さなヘラで押し付けると、ふーっと息を吹きかけて冷ましてから一口食べてみる。
「あ、美味しい……」
思わず声が漏れてしまった。
「だろ?」
ニヤリとするヨウさん。
「は、はい。でも意外です。日本人がこんな変な料理を発明するなんて」
素直な気持ちを伝えてしまった。
「まあ確かに言われてみたら、これは変な料理だな」
「ですよね。失敗作みたいですよ」
とはいうものの、美味しいので食べる手が止まらない。
「それは言い過ぎだろう。でも俺はもんじゃ焼きを知っていたから疑問に思わなかったが、始めてこれを見た人はそう思っても仕方がないかもしれないな」
「どのような経緯で作られたのでしょうか?」
「いや、それは知らない。知っているのは諸説あるけど、日本のツキシマって言う地域の料理ってことかな」
空に浮かぶ月、海の浮かぶ島、と書いて月島というらしい。
「ヨウさんは月島には行ったことがあるのですか?」
「あるぞ。本場のもんじゃ焼きも食べた」
いったい月島は日本のどこにあるのだろうか。空だろうか、海だろうか。なんてファンタジーな地域だ。
「そうなんですね。どうやって行くのですか?」
「どうって……地下鉄って言う地下を走る乗り物に乗って行くのが一番早かったな」
「そ、そうなんですね……」
月であり島である月島に、地下から行くなんて、日本という土地はどうなっているのだろうか。
そして、このおかしい見た目なのに、めちゃくちゃ美味しい料理を作り出す月島。
おそらく月島では日本の中でもかなり変わった独自の生態系が形成されたのだろう。
私は日本という異世界の不思議さをもんじゃ焼きを通して知った。
しかし、もんじゃ焼きを食べる手は一向に止まる気がしないのだった。
□◇■◆
月島に住む個体生物は、どんな料理にでもアジノモトという、うま味調味料をかけるらしい。
日本人の料理にはこのうま味というのがふんだんに使われているから美味しいらしい。
その調味料が日本にはあるという。
この世界にアジノモトができたら、私も大好きなカルボナーラにかけてみたいと思った。