花言葉
久しぶりにお母さんが風邪を引いた。今年の冬は例年より寒さが厳しいからだろうか。
いつも笑顔で元気なお母さんが、今日は朝から調子が悪く、寝込んでしまっている。
もうこの時間はいつもだったらヨウさんの家に出かけているけれど、さすがに放って家を出るわけにはいかない。
料理は苦手だけれど、おかゆとスープを作っておく。ヨウさんから教えてもらったことがあったので、たぶん美味しく作れただろう。
お母さんにご飯を用意しておいたことを伝えると、「ありがとう」と言ってくれた。
薬箱を確認すると、前に買った風邪薬があった。
水を汲んで薬をお母さんに持っていくと、「ヨウさんのところにはいかないのか?」と聞かれた。
最初は反対していたけれど、今はなんだかんだ言って応援してくれている。
準備を済ませて、お母さんに「食べるとき温めてね」と伝えると、家を出た。
今日は天気がいい。そして気分もいい。お母さんの役に立てたという感じがしている。
ヨウさんに教えてもらっていなかったら、おかゆもスープも作れなかったかもしれない。
ちょっとずつだけれど、私にも知識や技術が身についているのかもしれないと自信が付いた。
私の家からヨウさんの家までは町の商店街を通る。
時間帯が変わると町の雰囲気も変わる。
普段は午前中からヨウさんの家に出かけているので、開いていないお店があったりする。
今の時刻はもう正午に近い。
ほとんどのお店が開いていて町の活気があふれている。
レストレランの前を通れば、美味しそうなにおいが漂ってくる。
洋服屋の前を通れば、素敵な服が並んでいるのが目に入る。
久しぶりにショッピングでもしたいな、と思いながら商店街を歩く。
お花屋さんが見えた。
小さい頃はお花屋さんになりたかった。きれいなお花が好きだったから。
だけど、植物には虫が付き物だと知って、その夢は諦めた。
でもお花が好きなのは今でも変わりはない。
そうだ、今日はヨウさんのおかげでお母さんの役に立てたので、プレゼントをしよう。
そう思ってお花屋さんに入ると優しそうな店主が「いらっしゃいませ」と言いながら水をあげていた。
お花を贈るのはなんか特別な感じがする。
生活に必要不可欠なものではないけれど、もらったらうれしい。
プレゼントとして気持ちを伝えるのに最適だと思う。ヨウさんも喜んでくれるだろうか。
お花を選んでいると、不意に後ろから声をかけられた。
「お、ここにいたのか、サリー」
びっくりして振り返ると、ヨウさんだった。
「あ、ヨ、ヨウさん。こんにちは」
「なんだ。花屋にいたのか」
「はい。あ、もしかして、私の訪問が遅かったから探しに来たのですか?」
「い、いや、別にそういうわけではない。お前がいないから気兼ねなく町に出てきただけだ」
「本当ですか? 私が心配になったのではないですか?」
「違う。それじゃあ、俺はレストランに飯でも食べに行く。じゃあな」
ヨウさんはそう言うと、軽く手をあげてレストランの方へ向かって歩き出した。
「いやいや、ちょっと待ってください。ごめんなさい。調子に乗りました」
「なんだよ。腕を引っ張るな」
私はぐいぐいヨウさんの腕を引っ張って、お花屋さんまで戻った。
そして、今日の朝のことを話した。
「そうか、それは大変だったな」
「ええ、でもほんとヨウさんのおかげで何とかなりました」
「そうだな、俺のおかげだな」
「はい、そうです」
事実なので、反論できない。でも少しくらいは褒めてくれてもいいのではないかと思う。
意地悪なヨウさんにそんなことを求めるのも無駄なのかもしれないけれど。
「それじゃあ、まあ頑張ったようだし、花でも買ってやろうか? どれがいい?」
「いいんですか? 嬉しいです。ちょっと待ってください。選びます」
お礼としてヨウさんにお花を贈ろうと思って戻ってきたけれど、何と私に買ってくれると言ってくれた。
「早くしろよ」
「は、はい。じゃああの鮮やかな蝶が集まったようなお花がいいです」
本当はもうちょっと選びたかったけれど、ヨウさんに急かされたので、目についたお花を選んだ。
普段だったらかわいいお花を選んでいたと思うけれど、名前も知らないちょっと不思議なお花をなんとなく選んでしまった。
自分では恐らく買わないと思うお花を、せっかく買ってもらえるならと思ったのかもしれない。
「シザンサスか。別名、蝶の花を選ぶなんてなかなか品があるじゃないか」
値札を見てヨウさんがお金を払っている。
それなりにする値段だった。申し訳ない気持ちになったけれど、同時に得をした気分になった。
「お買い上げありがとうございます」
店主がシザンなんとかを袋に入れると、ヨウさんが「お前のだ。受け取れ」と言いうので、私が受け取った。
もしかしたらヨウさんからのプレゼントはこれが初めてかもしれない。
「ありがとうございます。ヨウさん、お花に詳しいのですね」
「まあな。花は嫌いじゃない」
「そうなんですね。それじゃあ私も何か贈ります」
シザンなんとかをヨウさんに持っててもらうと、私はもう一度、お花を選んだ。
もともとヨウさんにお花を贈るつもりだったのだ。その目的を遂行するだけ。
小さな白い儚げなお花が気になった。
スノードロップというお花だった。
雪の雫、何てかわいい名前なのだろう。
「これください」
スノードロップを指さして私は店主に言った。
「お買い上げ、ありがとうございます」
店主からスノードロップを受け取る。
「はい、ヨウさん。いつもありがとうございます」
「お、おう。ありがとう」
ヨウさんは少し戸惑ったような顔をして受け取った。照れているのだろうか。
二人で店主にお礼を言ってお店を出る。
レストランで食事をすると言っていたけれど、お花を持って入店するのも気が引けるので、噴水のある広場の出店で軽食を食べることにした。
「お前、家に帰らなくていいのか? お母さんが寝ているんだろう?」
「そうですね。食事をしたら今日はもう帰ります」
「そうか。それじゃあサクッと飯にしよう」
「はい。お気遣いありがとうございます」
それぞれ好きなものを買って、噴水の近くに腰をかける。
ヨウさんは大きなお肉の塊の串焼きを食べている。
私は甘い粉のまぶしてあるパンにした。
「ところでサリー。花言葉って知っているか?」
「花言葉? お花同士がしゃべるときに使う言語ですか? お花ってしゃべりましたっけ?」
私は聞いたとこがなかった。日本ではお花同士が花言葉を使っておしゃべりをするのだろうか。
「いや、違う。花言葉は花に持たせた意味だ。俺のいた世界では特徴や特性から花に意味を持たせていたんだ」
「そうなのですね。それは素敵な考えだと思います」
日本人はなんておしゃれなことを考えるのだろう。
「そうだろう? だから贈り物をするときはそういう意味も考えて買うんだ」
「なるほど。どんなのがあるのですか?」
お花が好きな私としては興味津々だ。
「例えば、真っ赤なバラはあなたを愛していますという意味がある」
「それじゃあ真っ赤なバラを贈るのは、もはや告白をするようなものじゃないですか」
なんて大胆な意味を持たせたのだろう。お花を贈るという行為が特別な感じがするのに納得がいった。
「で、サリー。それじゃあこのスノードロップにはどんな意味があると思う?」
ヨウさんが私の贈ったスノードロップを持ち上げて言った。
「え、もしかして、真っ赤なバラのような意味があったのですか? いや、恥ずかしい」
どんな意味なのだろうか。スノードロップを受け取ったヨウさんが困ったような顔をしていたのはそういうことだったのか。
「スノードロップの花言葉は、あなたの死を望んでいます、だ」
「え?」
なんか今、すごい残酷な言葉を聞いた気がする。
「聞こえなかったか? あなたの死を望んでいます、という意味だ」
「え、あ、いや、うそ、あの、その、そういう意味で贈ったのではありません。あの、ほら、かわいいお花だし、素敵な名前だったので選んだだけです」
私は精一杯言い訳をした。私はヨウさんに死んでほしいなんて全くもって、これっぽっちも思っていない。
「ああ、わかっている。サリーは花言葉を知らなかったし、この世界では花言葉は広まっていないようだしな」
「そうですよ。私は知らなかったのですから。それにお花屋さんの店主もそんなこと知らない様子でした」
「そうだな。もし知っていたら、贈り物として買っているのがわかっていたのだから、止めただろうな」
「その通りです。ヨウさんには長生きしてほしいです」
「長生きするかはわからないけどな」
ヨウさんはそう言うと、またお肉を食べ始めた。
私もパンをかじる。
花言葉にそんな怖い意味もあるなんて思わなかった。素敵な意味だけじゃなかった。
あれ? そういえば私もお花を買ってもらったんだ。シザンなんとか……。私のこのお花にも花言葉があるのだろうか。
「それじゃあヨウさん。私に買ってくれたお花にはどんな花言葉があるのですか?」
私がそう言うと、ヨウさんの眉毛がピクっと動いたように見えた。
「よし、食べ終わったし、そろそろ帰るか」
ヨウさんが立ち上がる。
「え、もうですか? 花言葉は?」
私もちょうど食べ終わったところだったので、つられて立ち上がる。
「お母さんにお大事にと伝えてくれ」
ヨウさんはそう言うと、軽く手をあげて家の方へ歩いて行った。
「え、あ、あの、このお花の花言葉はなんですかー?」
シザンなんとかを持ってヨウさんに叫ぶように問いかけた。
しかし残念ながら、私の声は届かなかったようだ。
ヨウさんはどんどん離れていった。
また腕を引っ張ってもよかったのだけれど、お母さんが心配なので私も帰ることにした。