トゥービーウィズユー
ヨウさんはギターを弾く。
この世界ではメジャーな楽器だ。
いつかの勇者様が楽器職人に作らせ、自ら演奏し世に広めた。
それは革命だった。
この世界にロックという概念を持ち込んだのだ。
今までの音楽は王宮楽団や吟遊詩人など綺麗なものだったけれど、ロックはすごくうるさくて攻撃的だった。
だけどなぜだがかっこよかった。
勇者様がギターで、ボーカルが女性、その他にベースとドラムといった編成だった。
ギターやベースは王宮楽団にあるようなものだったけれど、ドラムは初めて見る楽器だった。
これも勇者様が作らせたものらしい。一人の人がたくさんの打楽器を目の前に並べ、スティックで叩きまくる楽器だ。
たった四人なのにもっといるような信じられない音楽が鳴ったのだ。
趣味にするには高価なものだった楽器を、多くの人、特に男性が買い、バンドというものを組んで、音楽活動を始めることになった。
成功するグループはそんなに多くはなかったけれど。
街に行けばどこかの酒場で全然有名じゃないバンドの曲が聴ける。
それでもやっぱりまだ耳に新しさがあり、感動を覚える。
前書きが長くなってしまったけれど、そんな革命児であるギターをヨウさんは持っていて、弾くことができるのだ。
ヨウさんだけなのでバンドではないけれど、革命後に広まった演奏法は一人で弾いても、ロックを感じた。
□◇■◆
今日も仕事はない。
おもむろにヨウさんがギターを構えた。
私は台所で洗い物をしていたけれどいったん中止して、ヨウさんの向かいに座る。
ヨウさんはいつも何も言わずにギターを弾き始める。
今日は構えたところで気が付いてよかった。
水の音で途中まで聞き逃してしまうこともある。
「弾くなら一言くださいよ」
「一人で弾きたかったんだ」
そう言うものの、私がそばにいたからって、弾くのをやめることはない。
私がいようがいまいが、あまり関係ないのだ、この人にとっては。
ギターのボディを三回たたき、四拍目で六弦をピックで弾き、左手をスライドさせて音を低くする。
次の一拍目でCmを弾き半拍おいて歌い始める。
歌詞はわからない。これは洋楽というジャンルだ。
前にヨウさんは「この世界では、歌詞がわかったら邦楽、歌詞がわからなかったら洋楽って解釈でいい」と言っていた。
今日の曲はわからない。だから洋楽。
あまり激しい曲ではない。テンポも速くもなければ遅くもない。
ギターもガシャガシャ奏でるのではなく、一拍一泊丁寧に弾くようなイメージ。
サビに入ったところで、ヨウさんが手を止めた。
「おい、サリー。うた、歌えるか?」
「え、はい? わたしですか?」
「サリーはお前だし、ここにはお前しかいない」
「そうですね。は、はい。歌えます」
「よし、じゃあ今から教えるから覚えろ」
初めてのことだ。
ヨウさんに教えてもらうのも、ヨウさんの前で歌うのも。
そもそも一人で弾きたいと言ってていなかっただろうか?
「おい、ボーっとするな」
「は、はい」
そこからレッスンが始まった。
曲のすべてを覚えるのではなく、サビの部分を覚えて歌えということだった。
だからさっきサビ前でヨウさんは手を止めたのか。
サビのメロディは難しいものではなく、簡単に覚えることができた。
歌詞に関してはよくわからないので、ヨウさんに言われるがままに覚えた。
「よし、それじゃ始める」
そう言ってヨウさんがギターのボディをたたき、カウントを取って曲が始まる。
サビの部分になると、ヨウさんが目配せで合図をくれた。
そんな気配り今までなかったのに、と思いながらもタイミングを見失わないように歌う。
私がサビを歌うと、輪唱とは違うけれど後を追うようにヨウさんが歌う。
そしてサビの最後のところで、私の歌に重なるようにハモってヨウさんも歌った。
ものすごく気持ちがよかった。
しかしヨウさんはすぐさま二番に突入。
余韻に浸ることはない。
聞き惚れていると、またしてもサビに突入する。
覚えたてのメロディと歌詞を一生懸命歌う。
ヨウさんが私に合わせて歌い、最後の部分でまたもハモリ。
そのあとはキーが少し変わってDメロという部分。
いつかヨウさんから音楽の造りを教えてもらったのを思い出した。
相変わらず何を言っているかわからないけれど、たまに知っている単語が出てくる。
スマイルって言ったのは聞き取れた。
たぶんいい歌詞だなって思った矢先、私は身動きが取れなくなった。
ギターソロ。とんでもなくかっこ良すぎて痺れてしまった。
私が歌ったサビのメロディをギターソロで弾いている。
短音ではなくきれいな和音を奏でている。
そしてたまに速弾きのような演奏が入りメロディにメリハリがある。
まるでギターが歌っている。
最後はピーンというギターの弦の音とは思えないきれいな高音を鳴らす。
たしか、ハーモニクスとかいう技だったと思う。
間奏が終わるとヨウさんがサビ前のメロディを歌う
しかし段々ゆっくりになり、拍が止まる。
一拍おいて、合図もなしにサビに突入する。
私は急いでヨウさんに合わせるが、キーが上がっている。
転調している。ヨウさんが気を利かせてなのかサビメロを最初の内は歌って私に合わせてくれた。
それで何とかなったけれど、先に言っておいてほしかった。
サビが終わったと思ったけれど、ヨウさんが「サビもういっちょ」と言ったので、続けて歌う。
しかしまたしても転調。
言ってよ。最後二回は転調するって。
サビの最後の部分はヨウさんがはハモリを入れて終わった、と思ったらその最後の部分を一人で少しメロディを変えて歌いバシっと締めた。
言いたいことはたくさんある。
突然歌えと言ったこと。
優しくない教え方。
説明不足の転調。
そのほかまだまだ不満はたくさんある。
けれどもたまらなく気持ちがよかった。
不満だらけのはずなのに、すがすがしいというか、達成感というか、とにかくワクワクしている。
ヨウさんは終わったとみると、そそくさとギターを片付けている。
余韻に浸ることはない。
「いやいやいや、ヨウさん。今度はもっとちゃんと教えてからにしてください」
「今度があるかはわからない」
「絶対あってほしいです」
「まあ、そうなだな。なかなかよかったと思うぞ」
「え、あ、そう、そうでしたか? あ、ありがとうございます」
あまり褒めないヨウさんが珍しく褒めくれた。
それだけ言うと、自室に向かうので、引き留める。
「ちょっと待ってください! あの曲はなんて曲なんですか?」
「あれはミスタービッグのトゥービーウィズユーだ」
「そ、そうなんですね」
「ああ」
そう言って自室に戻っていった。
聞いたところでよくわからなかった。大きい人の曲って事だろうか。多分違うだろうな。
□◇■◆
何やら日本にはサブスクとかいうものがあっていつでも音楽が聴けるらしい。
この世界にもサブスクができたらミスタービッグのトゥービーウィズユーを聴こうと思う。