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奴隷

 さあて、今日はどうやって暇をつぶそうか。


 トランプはもう飽きたし、ヨウさんにポケモンのイラストを描いて、と頼むのも気が引ける。


 レシピ本でも読んで日本料理の勉強でもしようかな。私は日本料理だったらイタリアンが一番好きだ。パスタのレシピ本を読もうかな。


 そろそろヨウさんのお家に着く。


 今日はいい天気だ。小高い丘の上に住むヨウさんの家は日当たりもいいし過ごしやすい。


 こんな晴れやかな天気だったら、お庭で読書っていうのも今日はいいかもしれない。


 コーヒーを入れて、切り株に腰を掛けて、たまにはハンモックで揺れたりしながら。


 素敵な一日になりそうだな。


 ちょっとしたハイキングみたいだけれど、ここに通ってどれくらいになるだろう。


 この看板、私が書いたんだった。



「便利屋」



 そうそう、ヨウさんは便利屋さんなんだよな。全然依頼がないけれど。


 もともとは、日本から転移してきた勇者として各地を飛び回っていたらしいけれど、いろいろあって、年も取って引退後、この町に来た。


 日本人ってこの世界にはないものや技術や知識をたくさん持っている。だから私は勇者を引退後、便利屋を営むヨウさんにくっついて勉強しようと、親の反対を押し切ってこうして毎日通っている……え、ちょっとまって。


 そうそう、そういう経緯だったよね。


 何、今日はハンモックで揺れようかなとか考えちゃってるの?


 やばいって。このまま何もしないで、何も技術も得られないで、終わっちゃうよ。


 完全に毒されている。


 ヨウさんは勇者業していたときの貯えが結構あるようだから、便利屋といっても積極的に仕事をしようとは思っていない。ほぼ隠居状態といえる。


 これじゃあ私は通いのメイド状況ではないか? それじゃあだめだ。


 やっぱりヨウさんが便利屋として働いているのを通して、私はそのサポートをしながらいろいろと知識や技術を身につけたい。


 私はまだ若い。だけど時間は有限だ。若い時もすぐに終わってしまうかもしれない。


 今日こそは仕事を絶対にもらって、ヨウさんに働いてもらおう。


 そう覚悟を決めて、ヨウさんの便利屋兼自宅のドアを開けた。



「おはようございます」


「おはよう。サリー、お前も飲むか?」



 ヨウさんはコーヒーを淹れていた。


 香ばしい香りが部屋中に広がっていた。



「はい、いただきたいです」



 私がそういうと、ヨウさんは黙ってうなずき、マグカップに注いだ。


 ここに通い始めたときは、飲むかどうか聞いてからマグカップを用意していたけれど、今日はもう出してくれていたようだ。


 たしかに私がヨウさんの「お前も飲むか?」を断ったことがない。最初から私の分も淹れてくれていたのだろうか。


 そう考えながら椅子に座る。ヨウさんは手際よくコーヒーを淹れている。



「ほら」



 ヨウさんは右手に持った私のマグカップをテーブルに置く。


 そして左手に持った自分のマグカップを私の向かいに置いて席に着いた。



「ありがとうございます。いただきます」



 ヨウさんは私の言葉に「ああ」とだけ答えて、コーヒーを啜っている。


 私も一口熱々のコーヒーを啜る。


 温かいコーヒーにホッと一息つく。


 なんだかんだ言ってここまで歩いて通うのは少し疲れが出る。この瞬間があるから歩いてこられるというのもある。


 私がブラックコーヒーを飲めないことをヨウさんは知っているので、ミルクを入れてくれている。


 優しを感じながら、鞄から本を取り出す。


 昨日の夜、ちょうどいいとこまで読み進めていた。今日中に読み終えるだろう。


 ヨウさんもぱらぱらと古書をめくっている。


 のんびりとした時間が流れる。


 ……いやいやいや、これはだめだ。



「ヨウさん! 働きましょう!」



 私が急に大きい声を出して立ち上がったので、感情の起伏の少ないヨウさんが珍しく驚いていた。



「なんだ急に? 働くって言ったって仕事の依頼がないんだから働けないだろう」


「だからもらいに行くのです!」


「困ってない人に困ってもらうって言うのも変な話じゃないか?」


「でも行動しなくちゃ……。私このままじゃヨウさんの家の通いのメイドみたいなものじゃないですか」


「サリーが通いのメイド? 家事も料理も俺がやってるじゃないか」


「え、あ、まあ、そうですけど」



 確かに、入り浸っているだけだから、メイドではなかった。



「それに俺はここにいてくれと頼んだ覚えもないぞ」


「はあ、まあ、そうですね」



 ヨウさんはアシスタントはいらないといつも言っている。私が好きでやっているだけだ。



「そんなに焦るな。なるようなるから」



 ヨウさんはコーヒーをいつもと変わらず啜っている。


 私は言い返すことができなかった。



「俺はそもそもメイドなんて雇う気なんてないしな」



 私がしゅんとなってしまったことに気を遣ってなのか、ヨウさんが話を始めた



「そうなのですか? お金に余裕があるのなら、雇ったほうが生活が楽になりませんか?」


「まあなそれは言えている。もちろんメイドを雇っている人も、メイドそのものを否定するつもりはない」



 マグカップを持ってヨウさんが立ち上がり、キッチンに向かう。



「俺がこの世界に転生してきたころはまだ奴隷制度がこの国にあってな」


「あ、それ歴史の授業で習いました。日本からの転移者が制度をなくすのに尽力したって」


「ああ、そうだ。俺はその歴史に乗るようなものではないけれど、奴隷制度に反対した転移者の一人だった」



 たしかに言われてみたら、歴史の授業で習った奴隷制度廃止の年はヨウさんの若い頃だろう。



「そうだったのですね。意味のある行動ですね」


「ああ、今でもそうしてよかったと思っている。ただ……」


「ただ?」



 ヨウさんはおかわりのコーヒーを淹れたマグカップを持ってまた席に着く。


 一口啜って、ふうとため息をつくと話の続きを始めた。



「今のメイドはその奴隷だった人たちが勤めていることが多くてな」



 それは聞いたことがあった。奴隷解放が宣言されても行く場所も仕事もなかったので、結局住み込みで働くことになった元奴隷が増えたと。



「でもメイドだったら給料が発生するのではないですか?」


「そうだ。その通りだ。ちゃんと仕事として認められている」


「それならいいじゃないですか」


「まあ悪いことではないがな。俺としては外に出ていろいろなことができるチャンスがあってもいいと思う。だから俺は雇いたくないと思っている」


「なるほど」



 ヨウさんにはヨウさんなりの考えがあるのだろう。だからといってメイドを雇っている人を否定しないのもヨウさんだと思う。個人の考えを尊重するというか、自ら首を突っ込まないというか、我関せずというところがある。



「どうして奴隷制度に反対したんですか?」



 我関せずというヨウさんがなぜ奴隷制度に反対運動をしたのだろうか。


 この便利屋だって、頼まれたらやるけれど、自ら積極的にかかわろうとはしない。



「俺がいた頃の日本には奴隷がいないんだ。それは人権が大事だと教わっていて、いてはならないことだった」


「そうなのですね……。人権って?」


「人権とはな……すべての人々が生命と自由を確保し、それぞれの幸福を追求する権利のことを言う」


「なんだか難しいですね」


「まあとにかく人の命は地位に関係なく平等であるということだ」


「素敵な考えですよね。教科書で習いました。昔は違ったのですよね」


「そうだな。俺が転移して来たときはそれはもうショックだった」


「人権を守る日本から来たらそうなのですね」


「でもそれよりもショックだったのは、日本からの転移者が何食わぬ顔で奴隷契約を結んでいたことだ」


「そういう勇者もいたのは知っています。でも当時は制度としてあったのだから問題がないのではないですか?」


「制度上はな。制度上は問題がないかもしれないが、到底受け入れがたいはずだ。ちゃんと日本で教育を受けていれば。そもそも奴隷という言葉にすら嫌悪感を抱くくらいだ」



 珍しくヨウさんが熱くなっている。


 さっきからコーヒーにも手を付けていない。



「それで反対運動を起こしたのですか?」


「起こしたというより、そのもやもやを抱いていたのが俺だけではなく他にも何人かいたので、一緒に動き出したってところだな」


「大変だったんじゃないですか?」


「そりゃ大変だったよ。国を相手取るんだからな。国の連中は猛反発。それに奴隷契約を結んでいた転移者も反発していた。そいつらは奴隷契約を自分が結ぶことでこの奴隷を守っているんだとか言っていたのに、いざ解放運動を始めると奴隷を手放すのが嫌になったようだった」



 少し興奮気味のヨウさんは、ふうと一息入れて目をつむった。冷静さを取り戻しているのだろうか。



「それで最終的に、奴隷解放宣言を国にさせたのですね」


「ああ。ひと悶着もふた悶着もあったけどな。結果としては、望んでいたものになった」


「素晴らしい活躍ですね」



 ヨウさんの過去の働きを始めて具体的に聞くことができた。なんだか嬉しい。



「あの時の自分には……まあそうだな、褒めてやってもいいかもしれない」



 ヨウさんは照れているのか、頭をぽりぽり掻いていた。


 今はこんなにものんびり過ごしているけれど、若い頃はばりばりに活躍していたのか。


 私はどうだ? 若いが何もしていないに等しい。やっぱりこれではだめだ。


 ヨウさんに私も活躍したいと言おうと思ったその時だった。



「だからサリー、お前も頑張れる時がきたら頑張ればいい。今はその時じゃない」


「え、若いから頑張れるんじゃないですか?」



 私はいつになったら活躍できるのだろうか?



「若いからとかじゃない。歳をとってからそういう時が来ることもある。それに若い時に活躍したいなら、便利屋じゃない」



 返す言葉もなかった。


 たしかに同級生でばりばり働いている人はレストランや仕立て屋とかそういうところにいる。


 ヨウさんの言う通り、便利屋ではない。



「だから焦るな」


「そうですね……」



 言われてみたらそうかもしれない。便利屋を選んだなら、そのペースに合わせるしかない。



「よし、それじゃあ俺はちょっと眠る」



 ヨウさんはそう言ってロッキングチェアに移動した。


 そして目をつむったと思ったら寝息が聞こえた。


 あれ? もしかして言いくるめられた?


 今日の私の勢いを鎮めるために、過去の話したのか?


 まあでもいいや。明日から頑張ろう。


 私は本を開いて読書を始めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] メイドですらなかったww サリー、ニート化してきてますね笑
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