心理テスト
今日はいい天気だった。
雲も少なく空が澄みわたってた。
だからといって暑いわけでもなく、程よく風も吹いていた。
時刻は夕方近くなってきている。
日は傾いて、窓越しに夕日がきれいに見える。
私は残念ながら、誠に残念ながら、そんな素敵な一日を室内で過去に一度読んだ小説を再読して過ごしていた。
向かいに座るこの家の住人、便利屋の店主、ヨウさんはひじ掛けに頬杖をついてずっと転寝をしている。
ずっと座って寝ていたら身体がバキバキになってしまうのではないだろうか。
夜にちゃんと眠れなくなってしまうのではないだろうか。
そんな私の心配を知ってか知らずかヨウさんは、ひじ掛けから腕が落ち、はっと目が覚めたようだ。
「おはようございます」
今朝ここに来た時にした挨拶を再びした。
「おお、サリーまだいたのか」
目を擦りながらヨウさんがひどいことを言う。
「いますよ!」
「そうか」
そう言って再び眠ろうとする。
「ちょっと! 起きてくださいよ!」
「ん? 何か用でもあるのか?」
「いや、別にないですけど、暇なんですよ」
私は口をとがらせながら訴える。
「別に初めてじゃないだろう」
「そうですけど」
「じゃあいいじゃないか。それともあれか、サリー。何かしたいことでもあるのか?」
「えっと、あの、そうだな……」
ヨウさんがそう言いながらキッチンに移動する。
お湯を沸かしてマグカップを用意している。
たぶん目覚めの一杯を淹れるのだろう。
ヨウさんのいれるコーヒーは美味しいので、「私も飲みます」と便乗すると、「あいよ」と言ってマグカップをもう一つ用意してくれた。
「何もないのか?」
「いえ……。いえいえ、ありますよ。あの、ほら、そうそう、日本には心理学ってあるらしいじゃないですか」
「ああ、まあ日本だけじゃなくて、日本のあった世界全体にだけどな」
「心がわかるってことですか?」
以前読んだ本に心理学についてちょこっと書いてあって、少し興味があった。
魔法を使わずに相手の心が読めるなんてすごい科学だと思う。
「わかるってわけではない。多くの人をサンプルにして、こういう状況ではこういう風に考えがちだ、と統計的にとらえる学問だ」
「そうなんですね。じゃあ私はどんな感じですか?」
「いや、わからんよ。日本人のみんなが知っているわけではない」
「そうなんですか? そんなすごい学問があるのにみんなやらないんですか?」
せっかくそんな楽しそうな学問があるのに何で勉強しないのだろう。私だったら絶対に習いたい。
「みんな興味はあるけれど、仕事に活かせるわけでもないし、選択しないんだよ」
「そうなんですね」
なんかもったいない気がするな。
「そう。ただ心理テストっていうのがあって、そういうのは結構人気かな?」
心理テスト? 心をテストされるの?
「どんなテストなんですか?」
ヨウさんは二つのマグカップにコーヒーを注いで、テーブルに運んでくれた。
一つは私の前においてくれたので「ありがとうございます」とお礼を言う。
「じゃあやってみようか? そうだな。じゃあ、サッカーって知ってるか?」
「あの足でボールを蹴るスポーツですよね?」
「そうそう。じゃあ、少年がサッカーボールをプレゼントしてもらったのに喜びませんでした、なぜでしょうか?」
なんだそのテスト。何を測られているのだろうか?
「その少年はサッカーが嫌いだったんじゃないですか?」
「ほう。じゃあ次の問題」
「え、答えは?」
「最後にまとめて伝える。次行くぞ。あなたは塔の五階の小窓から殺人事件を目撃してしまいました。犯人もこちらに気づいたようで、指を差しながらぶつぶつ言っています。さて何て言っているでしょうか?」
これもまた変な問題だ。何がわかるというのだろうか。
「見たな! とかでしょうか?」
「ほうほう」
「え、これで何がわかるのですか?」
「サイコパスかどうかだ」
「サイコパス?」
聞いたことのない言葉だった。さっきに二問でわかるというのだろうか?
「サイコパスは社会にそぐわない性格の持ち主のことだ。反社会的性格の最上級みたいなものだ」
「え、私は大丈夫でしたか?」
どうしよう。私がサイコパスだったら。
「大丈夫だ。サリーはまったくもって普通だ」
「あ、そ、そうですか」
なんかそれはそれで悲しい気がする。
「サイコパスの人はもうちょっと違う考え方をする。例えば一問目を、少年は足がなかったから、と答えたりする」
「え、ちょっと……。ぞくりとしました」
そんな考え方をする人がいるのだろうか。
「だろ? 二問目は、一階二階三階と言いながら目撃者の階を確認している、と答えたりするらしい」
「それって、今度は私を殺しに行くってことですか?」
「まあそういうことになるだろう。そういう考えになるかどうかでサイコパスかどうかがわかる」
「怖すぎます。心理学」
なんて学問なんだ。これは全員が知らない方がいい。
「いやいや、これは心理学ではない。心理学の一部でしかないし、ここの部分を学んでいる人はごくわずかだ。誤解するな」
「そうなんですね。はあ、よかった。じゃあ他には何かテストないですか?」
「心理学はそういう心理テストだけじゃないんだけどな、まあいいやそれは今度話すとして、恋愛の心理テストがあるぞ」
「なんですかそれ? 気になります!」
今度心理学についてヨウさんが話してくれると言ったことも珍しくて気になったけれど、恋愛の心理テストなんてもっと興味がある。
何がわかるというのだろうか。
「じゃあ一つ出してみよう。サリー。恋人に求める条件を三つあげてみろ」
「三つですか? そうですね。まず、優しい。そして、面白い。あとは、そうだなぁ、お金を持っている」
これで好きな人がわかったりするのだろうか。でも条件を三つ出したのだから、わかって当然じゃないだろうか。
「なるほどな。うんうん。でももしその条件に合う人が二人いたとする。どちらかに絞るために、最後に一つ条件を付けるなら何にする?」
「うーんそうですね。どうしよっかな……。あ、そうですね。じゃあヨウさんみたいな人にします」
ヨウさんはなんだかんだ言っていろいろなことができる。ヨウさんみたいな人だったらいてもらって損はない。
「え? ああ、そうか……。そうなんだな……」
ヨウさんが焦っているように見える。
「で、一体これで何がわかるんですか?」
私はテーブルに半身乗り出して聞く。
「えーっと……。あれ? 忘れちゃったな。」
ポリポリと頭をかくヨウさん。
そう言うと空になったマグカップを持ってキッチンに行ってしまった。
「ちょっと! なんで忘れるんですか! 思い出したら絶対に教えてくださいね!」
年を取ると物忘れがひどくなる。私もそうなるのだろうけれど、若いうちから脳トレをして鍛えておこうと思った。




