アップル・オア・アンドロイド
今日はいい天気だ。
こんな日には遠くの町まで行ってお買い物をしたり、お弁当を作って少し離れた河原でランチを楽しんだり、はたまた勇者よろしく魔物を倒して収入を得たり、とにかく出かけたくなる。
あ、私は冒険者ギルドに登録していないけど。
なんにせよ今日もヨウさんの家に閉じこもる私。
出かけられないのは私が自分で決めたことによるものなので、文句は言えない。
ヨウさんに「出かけたいです」と言ったところで「いってらっしゃい」と返されることは容易に想像がつく。
だからヨウさんの家にいるのだけれど、何が悲しいって家にいても何もすることがないのだ。
便利屋とは本当に便利で、誰かが不便と感じないと出動がない。
基本的に今の今まで生活スタイルを大きく崩すことなく大半の人たちは過ごしている。
不便と感じることなんて些細なことで、案外自分でどうにかできてしまう。
人の手を借りないと解消されない不便なんて本当にたまにしか起きない出来事だ。
ヨウさんはたぶんそれをわかった上で、承知の上で便利屋を選んだのだろう。
私はそこまで考えていなかった。これは少し反省するべき点。
あれ? これじゃあ便利屋が一番不便を感じるのではないか?
自己矛盾だ。
「なんだサリー? 珍しく考え事か?」
庭仕事をしていたヨウさんが戻ってくるなり、失礼なことを言う。
「珍しくって何ですか。私はいつもいろいろなことを考えていますよ」
「そうか? そりゃ悪かった」
本当に謝っているようには思えなかったけれど、別に大して私も気にしていないので、突っかかるようなことはしない。
「暇なんですよ。だから考えることくらいしかできないし」
「まあそうだな。でも有意義な時間の過ごし方だと思うぞ」
ヨウさんはコップにお茶を淹れてごくごくと冷たいお茶を飲んでいる。
「そうですか? 私はこんな晴れた日はお出かけがしたいです」
「たしかにそれくらい良い天気だな」
珍しくヨウさんが乗ってきた。
「今から出かけます?」
「いや、出かけない」
くっそー。勢いでいけると思ったのにー。
「えー。つまんないなあ。あ、そうだ! ヨウさんって勇者として旅に出てたじゃないですか。何かエピソード聞かせてくださいよ」
「なんでそうなるんだよ」
「出かけられないから、旅の話で出かけた気になりたいのです」
足を投げ出してぶらぶらさせる。暇だから何とかしろー、というアピールのつもり。
「はぁ。なるほどな。仕方ない。じゃあ一つだけだぞ」
「やったー」
結構ヨウさんと一緒に過ごすしてきたけれど、勇者としてのエピソードはあまり聞いたことがなかった。
聞いてもいつもはぐらかされていた。
満を持してというか、それはもう待ちに待ったと言っていい。
「あれは北の方だったと思うけれど、バンブーヒルっていう町があってな」
「バンブーヒル? 聞いたことないですね」
初めて聞く名前の町だった。この世界のニュアンスとはちょっと違うようにも感じる。
「そうだろう。昔からある町じゃない。急激に人が集まって集落を作って町と認識できるくらい大きくなった比較的最近できたものだ」
「そうなんですか」
そんな事がこの世界で起きていたのか。
まだまだ知らないことがたくさんある。
「そう、だから国も町として認めたわけじゃない。なのに勝手に町として名乗り出ていた」
「おもしろいですね」
なかなか反乱的な話だ。
「だろう? だが、急激の拡大のため認めていないというのは表向きの理由なんだ」
「表向き?」
「そう。他にも町として国が認めたくない理由があった。それは人間以外は立ち入り禁止だと掲げていたからだ」
「え、人種差別ということですか?」
「ああ、そうだ。バンブーヒルの町長は日本からの転移者らしいが、この国で人間世界を作ると言って町民、ある意味、信者を増やしていった」
「なんだか怖い話ですね」
私は人間だけれど、そうじゃない友達もたくさんいる。それを認めないなんて本当にひどい話だ。
「偏った考え方だからな。怖い話だ」
「それでヨウさんはそのバンブーヒルには行ったのですか?」
「ああ行ったよ。偵察して来いって依頼があってな。まあ興味本位っていうのもあったけれど」
「どうだったんですか?」
続きが気になる。もう出かけられなくてもいい。もっと話を聞かせてほしい。
「入れなかった」
「え、何でですか?」
「俺のパーティにエルフがいたからだ」
「ひどい……」
入れもしないなんてひどすぎる。
「ほんとにその通りだよ。俺らもエルフだろうが何も問題はないはずだと訴えたけれど、全然だめ。読んで字のごとく、門前払いだった」
「最悪ですね。そんな町、絶対に認めてはいけませんよ」
私は憤りを感じていた。
「全くもってその通りだ。だからすぐに帰って報告した。あれから未だに国も認めていないようだし、これからもないだろう」
「まだそのバンブーヒルはあるのでしょうか?」
「残念だがあるっぽいな」
「そうなのですね。行かないようにします」
「そうしてくれ。ただ心の隙間に入ってきて、人間以外を認めないことを洗脳されるかもしれない。気をつけろよ」
「こわっ……。気をつけます」
絶対にそんな風にはなりたくない。私は異種族の共存を望んでいる。平和的に交流ができることが素敵だと思っている。
例え新しい種族が現れてもそれを認めていきたい。
「まあ俺の話はそんなとこかな。満足したか?」
「大大大満足です。また聞かせてください」
「まあ気が向いたらな」
「ぜひ向いてください」
ヨウさんは私の発言を無視するようにキッチンにコーヒーを淹れに行った。
日本の存在するあっちの世界にはこっちの世界と違って文化を持って生活しているのは人間だけだと聞いている
しかし日本は化学が発展している。もしかしたら人間じゃない人間、いわゆるアンドロイドなんかも住んでいるのだろうか。文化を持っていないだけで、人間と同じように暮らしているのだろうか。
SFと呼ばれる日本人が書いた本にあったけれど、実際はどうなのだろうか。
「ヨウさんヨウさん、日本にはアンドロイドっていうのは存在したのですか?」
コーヒーを淹れ戻ってくるヨウさん。私のも注いでくれたらしい。二つカップを持ってきてくれた。
「おお、何だサリー。アンドロイドを知ってるのか」
ヨウさんは「感心した」と言いながら私の前にカップを置く。
「ちょっと私が無知だと思わないでくださいよ」
「悪い悪い。でもほら、この間クイズを出したとき、全然答えられなかったじゃないか」
「あ、あれはたまたまです。今度は全問正解ですよ」
ヨウさんによるクイズ番組をしたときのことだろう。あの時はたまたま調子が悪かっただけだ。そうたまたま。
「まあいいや。それにしてもアンドロイドとは懐かしい響きだな」
コーヒーをすすりながら日本を回顧しているようだ。
「そんな身近なものだったのですね」
「身近も何も大体一人一台持っていたよ」
なんだって!? 一人一台アンドロイドを所有してたというの!?
これはもしかしたら新事実かもしれない。SF小説でしかなかった人造人間の話が日本では当たり前だったというのか。
ヨウさんが「いや、アンドロイドは半数くらいか?」とぶつぶつ言っているけれど、所有しているのが人口の半数だとしてもそれは驚きだ。
「アンドロイドを所有して何をするのですか?」
「そりゃ調べ物ややりとりだろう」
ヨウさんが「当たり前のことを聞くな」みたいな顔をしているけれど、全然当たり前じゃないですから。
そんな科学と技術が発展した世界、想像を絶する。
「ところで、半数がアンドロイドを持っていると言っていましてけれど、もう半分の人たちはアンドロイドを持たなかったのですか?」
「そうだな。アンドロイドを持たない人はアップルを持ってたな」
え、りんご? アンドロイドを持たない人はりんごを持ってたの!?
全然意味が分からない。それだったら絶対にアンドロイドがいいに決まっている。
やばい、混乱してきた。
深呼吸をしたい。きれいな空気が吸いたい。
「ヨウさん、私やっぱり出かけたいです」
「お、そうか? いってらっしゃい」
予想通りの反応だったので、私はお庭で日光と風に当たることにした。




