花柄
昨日新しい服を買った。ピンクの花柄のワンピース。
少し値が張ったけれど、一目ぼれしてしまったので、奮発して買った。
今日はそのワンピースを着てヨウさんの家に向かう。
「おはよう、サリーちゃん、今日は明るくてかわいいわね」
商店街の八百屋のシンシアさんが私の服に気が付いて、声をかけてくれた。
「おはようございます。昨日買ったばかりなんです」
「似合っているわよ」
「うふふ。ありがとうございます」
シンシアさんに褒められたのももちろんだけれど、かわいい服を着ているだけで、自然と笑顔になってしまう。
足取りも軽やかに商店街を抜けていく。
ヨウさんの家に向かって丘を上がる。普段目につかない、さりげなく咲いている小さなお花も、今日は愛おしく見える。
いつもはあはあ言って上る丘も今日はスキップだ。
「おはようございまーす」
勢いよくヨウさんの家のドアを開ける。
「おう、サリー。来たのか。おはよう」
ヨウさんはいつも通り落ち着いている。
「はい、今日も来ましたよ」
私の服に、というよりあまり私に興味のないヨウさんだ。今日の服に気が付かないかもしれない。
でもやっぱり一言くらいは何かしら感想は欲しい。
「ヨウさん、今日は珍しく、黒い服を着ていますね」
まずは私からヨウさんの服のことについて話を振る。
大体毎日ジーパンにTシャツのことが多いけれど、今日は全身黒い服だった。
「ああ、今日は俺が現役だった時のメンバーの命日だからな」
「え、あ、そうなのですか」
「ああ、まあ、でもお前は気にするな。俺の問題だから」
どうしよう。私めちゃくちゃハッピーな格好で来てしまった。
気にしなくていいと言われても、気にしてしまう。
「あの、私、着替えてきますよ」
「いや、大丈夫だ」
ヨウさんは笑顔を作って言ってくれる。
「でも、あの、私……」
なんだか罪悪感でいっぱいなる。
「お、サリー。今日はいつもと違って、かわいい恰好しているな」
なんで今日に限って気が付くのだろうか。
やはり場違いだから目立ってしまったということか。
「はい……そう……なんです……。昨日……買ったんです……」
「いいものを買ったな。似合っているぞ」
ヨウさんが肩を手でぽんぽんとたたく。
「あ、ありがとうございます……」
褒められたかったはずなのに、褒められたことによって気まずさが倍増してしまった。
「今日の便利屋は休業だ。昨日のうちに伝えておけばよかったな」
確かに昨日教えてもらっていたら、私も控えめな服で来た。
でもヨウさんの言っている伝えておけばよかったことは、命日のことではなくて、休業のことだろう。
「あ、いえ、別に私は便利屋を手伝っているというより、ヨウさんを手伝っているので、休業でも気にしません」
「そうか。まあ好きにしたらいい」
そう言ってヨウさんはロッキングチェアに座り、窓の外を眺めていた。
私も椅子に座り、身を縮こめる。
さっきのヨウさんの発言は暗に私に帰ってくれと言っているのだろうか。それとも単に好きにしたらいいと言っているのだろうか。
わからない。場違いな服を着てきた時点で、私は私の選択に自信が持てなくなっている。
どれを選んだら正解なのだろうか。
何をしたらいいのだろうか。
全くもってわからなくなってしまった。
ただ言えることは、そっとしておいた方がいいということだ。
本当は、ヨウさんが現役だった時のことを聞いてみたい。どんなメンバーがいたのか、どんな冒険をしたのか、などなど。
でも今はそんなことを聞ける雰囲気じゃない。
空気の読めない私でもそれくらいは感じ取れる。
ヨウさんは特になにをするでもなく、揺れるロッキングチェアに座り、遠くを眺めている。
当時のことを思い出しているのだろうか。亡くなった仲間のことを考えているのだろうか。
「ヨウさん、私ちょっと、忘れ物したので、一度帰りますね」
「ん? ああ、そうか。わかった。気をつけてな」
こちらを向くことなく、ヨウさんは答えた。
「はい」
私は返事をすると自分の家に向かった。
□◇■◆
「戻りました」
朝ここに来たときとは違い、ゆっくりとドアを開け、静かに中に入った。
私は服を着替えてきた。
いつもは無難な格好だけれど、今は暗すぎないけれど控えめな格好だ。
「ああ、お帰り、サリー。何だ着替えたのか? 気にしなくていいと言ったのに」
キッチンに立つヨウさんはジーパンにTシャツだった。
「あれ? ヨウさん、着替えたのですか?」
「ああ。もう気は済んだからな」
お湯を沸かしてコーヒーをドリップしている。
「そうなのですね……」
ヨウさんが「コーヒーを飲むか?」と聞くので「ください」と小さい声で答える。
しんみりムードの私と、いつも通りのヨウさん。立場が替わってしまった。
「さっきの服、いつもと雰囲気が違ってなかなか良かったと思うぞ」
コーヒーを持ってきたときヨウさんが言った。
「そ、そうですか。ありがとうございます」
褒めてもらえてうれしいけれど、急にテンションをあげるのも変だろうと思い、静かにお礼を言う。
「なんか気を使わせたようだな。申し訳ない」
テーブルをはさんでヨウさんが座る。
「いえ、全然大丈夫です」
「そうか? まあいい。少し話してやる」
変な気を使ってしまった私に気を使ってヨウさんが、亡くなった仲間のことを話してくれた。
勇者として活動するのに歳を取り過ぎたヨウさん一行は、今回を最後と決めて依頼に臨んでいたらしい。
魔物の討伐。よくある依頼だ。決して難しいものではなかったらしい。
しかしその討伐で、仲間の一人が命を落とした。
依頼そのものは達成できたけれど、代償があまりにも大きすぎた。
ヨウさんは当初の予定通り引退をすることにしたけれど、他のメンバーは死んだ仲間の敵を討つと言い、多くの魔物をこれからも倒すんだと現役を続行することにした。
そのとき現役を続行する仲間に「いくじなし」や「仲間の死を何とも思わないのか」などと言われたらしい。
それでも引退を撤回しないヨウさんは、仲間の元から去るようにこの地に来たと話していた。
「受け入れてもらえてうれしいよ」
ヨウさんの目には涙のようなものが見えた。
「この町に来てくださってうれしいです」
「コーヒーが空になったな。今淹れ直すから待っていろ」
席を立つと、ヨウさんはキッチンに向かいお湯を温めた。
水が沸騰するのを待っている間、ヨウさんは後ろを向いて何回か鼻をかんでいた。
私も何回か鼻をかんだ。
やっぱり着替えてきてよかったと思った。




