トランプ
ヨウさんは便利屋を営んでいるけれど、仕事が全然ないので、もはや無職と言っていいのかもしれない。
時刻は午前十時。故障した水道を直しているヨウさんを眺めて過ごしている。
私が手伝えることはない。器用だなと思いながらヨウさんの仕事を見ているだけ。
できることといえば、考えることくらいだろうか。かといって私には悩みもないし、考えなくてはいけない問題もない。
強いているならこの暇な時間をどう有意義に過ごすか、ということだろうか。
適当に考えを巡らせる。
もし私のお家の水道が故障したら、便利屋のヨウさんに修理を依頼するだろうか。
頬杖をついて適当に頭の中で考えてみた。
ここでひとつ疑問が生まれた。
便利屋のヨウさんは依頼先がないから自分で修理をしているのか、自分で修理ができるから便利屋になったのか。
つまり、便利屋を名乗ってからできることが増えていったのか、できることが多かったから便利屋になったのか。
どうでもいいと言えばそれまでだけれど、することもないので、質問してみた。
ヨウさんは少し考えてから、後者だと言っていた。
大体のことがヨウさんは出来てしまうらしい。だから便利屋になったと言っていた。
しかし依頼を受けて初めて行う作業も過去にはあったらしい。それでできることがさらに増えたから、前者でも間違いではないな、と思い出すように話してくれた。
「よし。これで終わりだ」
ヨウさんは片膝を立てて蛇口をひねりながら言う。
大きくうなずいている。最終確認を終えたようだ。
道具を片付け、工具箱を片手に立ち上がる。
首にかけたタオルで額の汗を拭きながらヨウさんは家の中に戻ってくる。
タイミングを見計らって、私は冷たいお茶をグラスに注いでヨウさんの元へ向かう。
アシスタントとして私は優秀ですよとアピールだ。
「おつかれさまです」
「ありがとう」
グラスを受け取ると、ヨウさんは一気にお茶を飲みほした。
空になったグラスを回収するとすぐに流し持っていく。
待っている間、テーブルの上に置いてあったトランプをシャッフルして手持ち無沙汰を紛らわしていた。
このトランプも転移者の勇者様が以前に広めた娯楽の一つだ。他にも花札や麻雀、ウノといったテーブルゲームが広まっている。
「この世界じゃ手品を面白がる奴なんていないだろうと思っていたけれど、人気だったから驚いたよ」
「そうなんですか?」
「ああ。魔法という科学の概念の通用しない世界じゃ、もはや何でもありだと思っていたからな」
タオルで汗を拭いながらヨウさんが言う。
「そんなことはありませんよ。ギャンブルでは魔法は禁止ですから、イカサマが発展してそれがエンターテインメントになって手品になりました」
「らしいな。ちなみにこの家にはギャンブル中に使われる、魔法使用不可の空間魔法をかけている」
「え、そうなんですか?」
「ああ」
今までヨウさんが魔法を使っているとことをみたことがなかったのは、魔法が使えないわけではなくて、魔使用不可の空間魔法を使っていたからだったのか。
いや、魔法使用不可の空間魔法は魔法だ。つまり、ヨウさんは今まで魔法を使っていたために、魔法を使っていなかったのか。
「それじゃあポーカーでもやってみるか? ルールは知ってるか?」
「ええ。負けませんよ」
ヨウさんがトランプを五枚づつ配る。
カードを三回交換し、手札を公開する。
「私はクイーンのスリーカードです」
悪くないはずだ。これはもらったと思う。
「俺の勝ちだ。フルハウス」
ヨウさんの手札は三のスリーカードと七のペアで構成されたフルハウス。
「ま、まあ最初ですから。今度は私が親をやりますね」
札を回収してシャッフルをする。
私は実はイカサマが得意だ。シャッフルをするふりをして、狙ったカードをストックしておく。
ヨウさんは無防備にお茶を汲みに行っている。
準備は完了だ。ヨウさんがかなりの強運を持っていない限り私の勝ちが確定した。
カードを配り、先ほどと同じよう三回手札を交換する。
私は予定通り、強力な役を作った。
「フォーカードですね。運がよかったようです」
少し白々しかっただろうか。
「そうか。俺も運がよかったようだ。ロイヤルストレートフラッシュだ」
「うそ!? え、本当だ」
ロイヤルストレートフラッシュは同じ柄の十、ジャック、クイーン、キング、エースを揃えるという、ポーカーで一番強い役だ。ちなみにヨウさんのはスペードで揃っていた。
おかしい。確率としては六十五万回に一回の割合でしか出ないはずだ。イカサマでもしたのだろうか?
いや、イカサマをしたのは私だ。それに、ヨウさんにはそんなことをする隙はなかった。まるで魔法だ。
でもここでは魔法は使えない。魔法使用不可の空間魔法がかかっているから。
ヨウさんが「もう一回やってみるか?」と私を挑発するように言ってくる。
挑発に乗って、何度か再戦したが、一度も勝てなかった。私がいくらイカサマをしてもだ。
夕方になって、外が暗くなってきていた。一度も勝てていない。
悔しくて、私の口数が減っているのが自分でもわかる。
「そろそろネタばらしでもしようか?」
ヨウさんが笑って言う。
「何かしていたのですか?」
「どうだろうか? どう思う?」
「イカサマをしているようには思えませんし、魔法も使用不可ですし」
「そうだよな。俺が魔法使用不可の空間魔法をかけているって言ったからな」
「ええ、そう言っていました」
「そうだな。そう言ったんだよな」
「だから、わかってますよ」
しつこいヨウさんに少しイラっとした。
「いや、わかっていない。俺は空間魔法をかけていると言っただけだ」
何度言うんだろうと思ったけれど、ヨウさんの言っている意味を考えてみる。
「え、あ、そうでした。言っただけでした。かけているところは見ていません。 え? じゃあヨウさん、空間魔法をかけていないんですか?」
「どうだろう」
「って事は、魔法を使ってイカサマをしていたのですか?」
「どうだろう」
「え、じゃあヨウさんってそもそもどんな魔法を使えるのですか?」
「どうだろう」
ヨウさんが私の質問をはぐらかす。
「私、ヨウさんの魔法見てみたいです」
「もうこんな時間か。夕飯にするか」
話をそらそうとしてくる。
「いえ、それよりも魔法が見たいです」
「そうか。残念だ。今日は町のレストランでおごってやろうと思ったんだけどな」
「行きましょう。何食べましょうか?」
私は立ち上がり、出発の準備をする。
たぶんヨウさんは魔法を見せてくれないだろう。潔く諦めよう。
魔法が使えることを知れただけ良しとしよう。
ヨウさんを急かして町のレストランへ向かった。




