プロローグ
この世界には日本という世界から勇者として転移してくる者がいる。
その一人が私の町に最近越してきた。
もうだいぶ歳を取っていて、現役を引退している。
「余生はこの町でゆっくりさせてもらおうと越してきました」
と、丁寧に町中を回って挨拶していた。
町の人たちは大歓迎で彼を受け入れた。
転移者の多くは、この世界にはない日本の技術やアイデアを持っていて、それを駆使して富を得ていたから。
町長は町興しになるぞと、その勇者様を大々的に担ぎ上げようとしたけれど、勇者様はそれを断った。
「ゆっくりできないのであれば、ここを出て行きます」
毒気はなく、物腰柔らかな話し方だったけど、目の奥が笑っていないような感じがしていた。
たまたま私もそこに居合わせていた。印象としては怖い人、というものだった。
そう言われてしまうと、町長も何も言えなくなってしまい、計画は頓挫してしまった。
勇者様は町の中心地から離れた大きな木の下に家を構え、たまに買い物に顔を出す程度に暮らしていた。
町長とのひと悶着はあったけれど、それを根に持つような人ではなかったので、町にもすぐに溶け込んでいった。
働いているようには見えなかったけれど、それなりに財産があるようで、お金に困っている様子もなかった。
しかしこの町での仕事がないわけでもない。
不定期で、不安定な収入だけれど、勇者様にも仕事がある。
簡単に言えば便利屋だ。
町で困りごとがあると、勇者様に解決策を乞うのだ。
勇者様は賢人のごとく解決策を見つけ、最短で解決してしまう。
本人曰く「日本ではよくあること」だそうだ。
どうなっているのだろうか、日本は。
私はそんな勇者様――ヨウさんの自称アシスタント。
自称アシスタントというのは、ヨウさんが「アシスタントはいらない」と私を認めてくれないから。
その後に「ワトソン君ならほしいかな」という謎のコメントを添えていたけれど、意味が分からない。誰だろう。
でも私はヨウさんの近くでたくさん勉強したいと思っている。
富を得たいから、ヨウさんからいろいろと知識を盗みたいわけではない。
ヨウさんのように知識が豊富な頭になりたいからだ。
ヨウさんは「便利屋はやめておけ」と言うし、お母さんも「ちゃんとした仕事を目指しなさい」と口酸っぱくいってくるけれど、やりたいものはしょうがないじゃないか。
まだまだ時間もある。しばらくはこうして、ヨウさんの仕事ぶりを知識として記録していきたい。
とはいうものの、便利屋というものは本当に仕事がない。
この記録もほとんどがのほほんとした、ただの日記になるだろう。
お母さんがちゃんとした仕事を私に求めるのも、理解ができるくらいに退屈だ。
でも急に仕事が入ったり、何気ない日常の中に驚きの知識や雑学などが垣間見れたりと、油断できない。
それにヨウさんの趣味は私の興味をそそるものだ。
仕事の有無は関係なく、記録をつける必要がある。
ヨウさんは「いちいち書くな」と言っている。たぶん照れているのだろう。もし本気で言っていたらごめんなさい。
でもやめる気はない。