番目の子
『 番目の子』
クローン量産プロジェクト。有名人、偉人、聖人、芸能人といった著名な人物のクローンをたくさん作って、文明文化を発展させようといった計画だ。
百人限定のお試しのプロジェクト。
四つに島が確保され、秘密裏に行われた。クローンは倫理的に禁止されているが、特別な才能を持った人物を増やせば文化的に進歩があるという考えのもと行われたプロジェクトだ。百人中成功したのは、半分の五十人。
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十字架が立ち並ぶ。木でできた十字架の墓。クローンプロジェクトで亡くなった五十人分の墓がある桜花島教会裏の墓地。
墓地というイメージからかけ離れた色とりどりの花が咲き乱れる。
赤い色の花、青色の花と名もなき花々が方々に咲いている。
一人の白いワンピースを着た少女が花の上に倒れ込んだ。
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【十五番目の子】
「百、そちらはもういいから、こっちの草を抜いてくれ」
鍬を振り上げ土に刺す。額の汗を袖口で拭う。
「はーい」
元気よく返事したのは十六歳になる少女、百。肩にかかる白っぽい髪に薄い瞳。透明に限りなく近い青い色。ほっそりとした体つき、白いワンピースがよく似合う。
麦わら帽子を手で押さえる。風が通り過ぎる。百の白い髪を揺らす。
「さて」
そう言って腰に手を当て、伸びをする。グキッ、グッキと軽やか音。百に歩み寄る。
金の髪に青い目、中肉中背の二十三歳の男性、十五夜。白い上下の服を着ている。所々土がついている。
「百.こっちの草を抜いたら少し休憩しよう」
「はぁい」
百は返事をして、草の入ったゴミ袋を抱えて、立ち上がる。十五夜が指で指し示す所に行って、しゃがんで草を抜く、土の間から小さい虫が蠢いて這い出てくる。にっこり笑って捕まえる。子供特有の無邪気さに混ざるようにある残虐性、百は小さい虫を指先で潰す。そして土をかける。
「さて、次はと」
十五夜は鍬を脇に置き、人参の葉っぱを掴む。そして引っ張る。抜いて土の上に横向きに置く。
「十五夜、次何したらいい?」
ランランと輝く瞳で十五夜を見上げる。すぐ傍の草を指さす。
「そこの草を抜いてくれ」
「はぁい」
と一度返事をして、ゴミ袋を置いて、しゃがみ込んで草を抜いていく。十五夜は黙々と人参を抜いていく。百は草を抜いて袋に詰めていく。土の匂いと草の匂い。混ざり合って、鼻につく。桜花島では病がちなクローンのリハビリを兼ねて、農業や畜産を実習している。クローンは元にされた人間より、ひ弱になってしまう。百人作られたクローンで生き残ったのは半分。その内、十五夜は身体に病気はないが、自分を王と思い込んでしまう。精神的に病んでいる。
が、研究島も兼ねた病院島、蓮花島に送られるほど、病がちじゃない。だから、保護を兼ねた桜花島に送られた。
「百」
澄んだ女性の声が畑に響く。
長い黒髪を後ろで一本の三つ編みにして、白い着物を着た五十鈴が百を迎えに来る。
「五十鈴!」
百は小動物のようにピョンと立ち上がって、歩み寄る。
「何だ、五十鈴か」
十五夜は人参の次の野菜を引っこ抜きながら五十鈴を眺める。
「そうか、もう昼時か」
空を見上げる十五夜。影が丁度足元に来ている。
「ええ。もう、お昼ですわ。百、昨日約束した通り、一緒にお風呂にはいりましょう」
「うん」
仕草や表情は妙齢の女性だが、十六歳の少女百の腰ぐらいの身長しかない。
「まぁ、百。頬に土がついていましてよ」
五十鈴は百の頬を右手で拭う。十五夜は木陰に移動してお弁当を膝に乗せて食べ始める。
「百、よく頑張ったな。お陰で作業がはかどった。昼からは好きに過ごせ。と言っても、あの二人を見舞うんだろうな。十六夜に今夜、部屋を訪れると言っておいてくれ」
時刻は丁度正午。
「はぁい」
百は五十鈴と連れ添って、その場を後にした。
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『五十番目の子』
「うんしょ。うんしょ」
と百は白いワンピースを脱いでいく。白い太もも、程よくきれたくびれ、手の平に収まる胸が順番に現れる。透けるほど白い肌。バスケットにワンピースを放り込んでお風呂の扉を開ける。
「百。下着も脱ぎなさい」
白い上下の下着を着たままの百。
「あ、忘れてた」
フックを外して、パンツを脱いで。
「もう、百たら」
五十鈴は白い着物を脱いでハンガーにかける。白いうち着を脱いで、下着も脱いでいく。小さい子供、十歳程度の子供の体。仕草や浮かべる表情は結婚していても可笑しくない歳のもの。この差がクローンゆえ。
クローンは体に欠陥がある。元になった体と同じ年齢で生まれてくる。他にも精神に欠陥ができる。例えば、十五夜は自分を王と考える妄想癖、十六夜は躁鬱、五十鈴は十歳ぐらいの体から外見上は歳をとらない。実年齢と二十五歳差。
「ぱふぅ」
と百はお風呂に飛び込む。四つ足の白い陶器製のお風呂。
「あらあら」
クスリと微笑む五十鈴。椅子に腰かけて、布にボディシャンプーをつけて泡立てる。右脇から洗い出す。
百はお風呂の中に沈んで浮かぶことを何度も繰り返す。髪が肩に張り付く。
「ぱふぅ。五十鈴、早く入ろう」
キラキラ輝く瞳で五十鈴を見る百。
「はいはい」
と言って、五十鈴は背中を洗う。ボワンと五十鈴の背中からシャボン玉が出来て、空中を漂う。
「おお」
と百は歓声を上げて、指を出してシャボン玉を突く。パンと弾ける。五十鈴は髪に手をかけて、といていく。シャンプーinリンスをつけて、泡出せる。目をそっと閉じる。シャワーで流していく。
「さて、百。お待たせしました」
そう言って、ジャブと湯船に浸かる。程よく、体が温まる。
「百、いらっしゃい」
顔に髪を張り付かせて、ももは五十鈴に近づく。五十鈴はタオルで百の髪を上げる。パチクリと目を瞬かせる百。にっこりと微笑んで。
「五十鈴」
百は五十鈴に手を伸ばして、髪を梳く。
「まぁ。どうしたのです?」
「ううん、何でもない。お風呂上がって、髪を乾かしたら三つ編みにさせて」
「ええ。もちろん」
そう言って五十鈴はお湯で顔を洗う。
「百、お風呂から上がったら、二人の所にお見舞いに行くのでしょう?」
「うん」
二人とは、九十九と十六夜のこと。
九十九は筋肉が硬直して体が動かなくなる病。一人、療養室で横になっている。十六夜は鬱が酷く、九十九と同じく、療養室で休んでいる。
クローンの中で欠陥で一番酷いのは五十鈴だ。湯船に浸かった体は十歳の物。十歳以上歳をとらない病。大きな目も子供、小さい口元、胸は膨らまず、くびれもできない。十歳の子供のまま。
「ふぅ、いいお湯」
「うん。いいお湯」
五十鈴の言葉を繰り返す百。百は十六歳。欠陥は精神的に幼いこと。それがある種の救いになっていることを百は知らない。
‘クローン’に魂はあるか。桜花島に眠る五十人のクローン。桜花島が出来た訳。
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『十六番目の子』
フラッシュバックで脳裏にある映像が思い浮かぶ。緑色の液体に満たされた筒状のガラスにチューブに繋がって胎児のように体を丸めて浮かんでいる。
目が覚める。水から浮上した時のような感じ。冷や汗が流れる。着ている白い服が汗で肌に張り付く。
「悪夢だぁ」
と小さく声を上げる。
コンコンとドアがノックされる。暗い部屋に光が差し込む。ドアが少し開いて、薄桃色の髪がのぞく。
「十六夜。気分どう?」
金の髪を頭の後ろでアップにして、白いドレスを身に着けた女性、十六夜は青い目で目の前の少女を見つめて、フッと柔らかく微笑む。腕を広げて。
「百」
と呼びかける。おずおずと百は十六夜に近づき、腕の中に収まる。伝わる体温、温かい。
「夢を見ていたの」
「夢?どんなの?」
ギュッと百の首に腕を回してきつく抱きしめる。目をそっと閉じる。
「百.少し横になるわ」
十六夜は百から離れて、ベッドに横になる。
「ふぅ」
ベッドサイドの水をコップに注ぎ、口にする。ゴクゴクと喉がなる。じっーと百の視線が痛い。
「何?」
「うん、大丈夫かなって。心配になって」
「大丈夫よ」
少し突き放すように言う。冷汗が頬を伝う。
街に出たことがある。クローンとばれてはいけない。倫理に反しているから。人目を忍んだ。研究島に戻ると今日は何体が失敗したと口々に言うのを聞いた。失敗=死。淡々と死が突き付けられる現実の恐ろしさ。死が当たり前のようにあふれる日々。実験の内容も残虐性はなく、脳波を調べるなどの健康診断に似ている。でも、クローンは簡単に死ぬ。それだけ脆い。
悪夢内容、死=日常。当然のように死が傍らにある恐怖。今でも拭いされない日常への恐怖。
「百.日常に恐怖を感じたことある?」
「ないよ」
そう言って、首を横に振る。
「百、何度も同じこと言ってごめんなさい。でも、聞いてもらうと気分が楽になるから」
「うん、いいよ。話してみて」
十六夜は静かに語りだす。四つの島、病院を兼ねた蓮花島、移住区の金花島、研究島を兼ねた澄花島、そして宗教面を兼ねた桜花島。十六夜が神父等士に引き取られるまで生活していたのは研究島を兼ねた澄花島。そこでは日常的にクローンの研究が行われている。
試験管に細胞が浮かぶ。
【失敗だ】は死を意味する。
百人のクローンの内、一番初めに成功した十六番目の子、十六夜は日常的に兄妹がゴミのように、失敗して捨てられていくのを目にしていた。日常に溢れる死。それを目撃し続けた十六夜は何時しか躁鬱になっていった。
いとも簡単に破棄される兄弟姉妹の姿がフラッシュバックする。百はそっと十六夜の手を握る。
「大丈夫、百がいるから」
「ありがとう、百」
そう言って、目を閉じる十六夜。
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『九十九番目の子』
桜花島が出来た訳。五十人の亡くなったクローンを弔うため。等士神父が悩んでいるのは他にもある。十五夜、十六夜、五十鈴、そして、百を保護したのも等士神父。神父の求める答えを持っているのは…。
「九十九、入るよ」
白いドアをノックして、横に引く。車椅子に乗って窓辺にいる九十九。黒い髪に黒
目白い病人服に栄える。
「百、今日も元気だね。十六夜の所に行って来たのかい?」
「うん。あ、今日、十五夜が夜、十六夜の部屋に行くの言うの忘れてた」
「はは」
穏やかな笑顔。百の髪に手をやり、指で梳く。鼻を近づけて。
「良い匂いがするね。五十鈴とお風呂に入ったんでね」
ピクッとウサギのように肩を振るわせて、百は九十九から距離をとる。
「なんで知っているの?」
ジロリと見やる。
「ちょっとした予想だよ。昨日、午前中に十五夜と畑仕事をすると言ってたから、お昼に五十鈴とお風呂に入ったんだろって思ったんだ。髪から良い匂いがしたしね」
「むぅぅぅ。何時になったら、九十九を出し抜けるようになるの」
フッと微笑む。
「百には無理だよ。落ち着いて、周りの状況を見れるようになったらいい」
むぅぅと頬を膨らませる百。九十九の手を取って鼻の所に持っていく。
「うん。薬臭い」
「そりゃそうだよ。僕の病を知っているだろう?」
「うん。何だっけ?確か、筋肉が動かなくなるんだよね」
「そうだね。僕の病は筋肉が硬直して動かなくなるものだ。薬もたくさん飲んでるし、薬の匂いがするのは当たり前だよ」
クローンの欠陥として病がちがある。生き残った五十人のクローンの内、半数が何らかの病を患っている。多くの者が金花島に入っているが、九十九、五十鈴、十五夜、十六夜は桜花島の神父、等士に引き取られた。
「百」
九十九は百の手を引き、頬に軽く口づける。百はきょとんとして、目を瞬かせる。
「すきあり」
にっこりと笑う九十九。唸る百。
「キス禁止」
ドンと九十九の胸を手で押す。ぐらっと車椅子が傾いて、倒れこみそうになる。
「あぶない!」
咄嗟に百が九十九膝と肩を支えて事なきをえる。百と九十九の顔が近づく。九十九はほんのり頬を染める。百はじぃっと九十九の目を見つめる。数秒過ぎる。言葉を先に言ったのは九十九。
「百、百、ありがとう」
「うん。どういたしまして」
少し、距離を取るために、車椅子のタイヤを押す。頭をこくりと斜めに傾ける百。胸を掴んで目を閉じる。ドクン、ドクンと心臓が高鳴る。
「落ち着いて。落ち着け」
百はそっと胸を掴んで呟く。
「うん。大丈夫」
「えっ?」
「すきあり」
と百は九十九の頬にキスをする。チュッとリップ音。目と目があう。百は九十九の肩に手を置いてグイっと引き寄せる。
「大丈夫、大丈夫」
どっちの大丈夫?転ぶ方?病の心配がない方?それとも、自身の心臓に言い聞かせた?
二人は暫く抱きしめ合っていた。
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閑話休題『等士の場合』
クローンに魂はあるか。
桜花島はクローン量産プロジェクトの実験で亡くなったクローンを葬っている。教会区とも呼ばれている。桜花島には一人の保護者である等士神父と五人のクローンが住んでいる。十五夜、十六夜、五十鈴、九十九、そして百。
「さて。今日も一日の祈りを捧げるか」
そう言って、十字架像の前に膝まづく。手を組み、目を瞑って、頭を垂れる。
「天に…」
厳かに祈りの言葉を呟く。ギィッと扉が開く。油の切れた蝶番の音が響く。
「等士神父」
幼い声。薄桃色の髪に白い服を着た五人の末っ子、百が入って来る。
椅子が並べられた礼拝堂、ステンドガラスから虹色の光が差し込む。百に光が差す。にっこり笑って。
「お花ください」
「百.暫く椅子に座っていなさい」
「はぁい」
一番後ろの右の席にちょこんと座る。
「祈りの時間だ。暫く静かにしていなさい」
むぅぅと百は頬を膨らませる。
「はぁぁい」
欠伸交じりに返事をする。等士神父は百を椅子に座らせたまま五分間祈りを捧げた。
「さて。待たせたな、百」
腰を上げて百の方に振り返る。目に入った百はかくん、かくんと船を漕いでいる。白い髪がさらりと揺れる。瞑られた目、光がステンドガラスを超えて、百に光が降り注ぐ。
「寝てれば絵になるな。まるで、天使のようだ。ま、本物なんて見たことがないがな」
くっと笑って歩きだす。百の華奢な肩に触れる。ゆっくり揺らす。
「おい、起きなさい、百」
フニャッと口元に涎が垂れる。
「五分も待てないか。おっと」
椅子からずり落ちそうになったから支える。抱きとめる形になった。
「まったく」
そのまま抱きかかえる。抱っこの形だ。
「軽いな」
等士神父はほのかに思う。こんな弱いクローン少女に魂がないなんて、ありえるはじがない。クローンに魂はある。だから、等士神父は一人、桜花島で亡くなったクローン達に祈りを捧げているのだ。
「ふにゃ」
目を擦りながら百が腕を伸ばす。
「うーん」
「起きたか」
「うん、起きた」
等士神父は百を抱きしめる。
「うわ、どうしたの?等士神父」
ぎゅっときつく、強く抱きしめる。その体の温もりを味わう。そして、安堵する。やっぱり、生きている。白い少女と呼ばれる百、白い透けるような肌に白いワンピースが栄える。だから、時折不安になる。クローンに魂があるかどうか、‘ある’と教えてくれた少女が亡くなるのが恐ろしい。
「ねぇ、神父様」
百が等士神父の肩を叩く。
「どうした?」
「花の種ちょうだい。もう五月だから、新しい花を植えたい」
「すまんな百。今日は連絡便が来ていなくてな、花の種が入手出来ていないんだ」
「むぅぅ」
と頬を膨らます。
「百、今日も行くのか」
等士神父は目を細める。クローンに魂はきっとある。なぜなら、こんな無垢で汚れがない少女がいるのだ。私も案外救われているのもだ。百という少女に。
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『百番目の子』
地面に複数の十字架が突き刺さる花畑。昔は荒れ地だった。色取り取りの花々にあふれるようになったのは、百が来てから。
百.ある金持ち夫婦の娘のクローン。世界的なピアニストだった娘のクローンの百を見たた時、母親が「こんな子、娘じゃない!」の一言で夫婦の娘でいることができなくなった。
覚えている。強く目に焼き付いている。百は覚えている。強く拒絶する目を。
百は蛙型の如雨露に水を入れて、教会裏にあるクローン実験で亡くなったクローン達が眠る墓地に向かう。墓地には十字架像が無数に立っているが、それらを隠すように花が咲く。薄緑色の花、可憐な小さい花弁をつけた花、木のように大きく育ち花びらを垂らす花等様々な花々が咲き乱れる。
「水をあげましょう」
百はそう言って、如雨露を傾ける。水が花に降りかかって、花が上下に揺れる。花に雫が残る。丸い球体が光を反射する。百は歌を歌いながら、水を撒く。扇状に水が広がって地面が濡れる。
「花を摘みましょう」
そう言って、如雨露を置き、花を摘む。鼻先に花を近づけて匂いを嗅ぐ。甘い蜜の匂い。少し酔うような感じがする。一本一本摘んでは鼻先に近づけて匂いを嗅ぐ。鼻につく花、ツンとする匂いを纏う花等、花によって異なる匂いがする。
「フフフ」
百は一人で楽し気に笑い、花束を作る。一輪、一輪摘んでいく。凛とした花束になった。
「花束を作って墓に備えましょう」
十字架型の墓に花を供える。膝をつき、手を組んで目を瞑る。暫く、沈黙する。一秒一秒流れが遅く感じる。目を開けて立ち上がる。如雨露を手に持ち、墓地の一番奥に進む。そこには、ひと際大きく、装飾が施された美しい十字架が姿を現す。
「ママが眠っているお墓」
クローン量産プロジェクトの母。クローン保護を訴えて、四つの島を作った女性。享年七十六歳。活発な女性だった。
「ママには鈴蘭の花を上げます」
花をそっと供えて、膝まづいて手を組んで目を瞑る。百は‘ママ’に会った事はない。でも、十五夜、十六夜、五十鈴、九十九、そして等士神父から聞いて情報だけなら知っている。尊敬の念を込めて、‘ママ’と呼んでいる。
「あのね、九十九にキスされたの。どいう意味かな?」
数時間前の事を思い出して報告する。
「ママなんて言うかな」
一度も会った事がない。でも、母と慕う人だから、何気なく報告したのだ。
百は如雨露を取り出して、お墓に水をかける。続いて、供えた花にも水をかける。
「フフフ」
軽く微笑んで、墓地の中心に戻る。
「皆、ここにいるんだよね」
手を広げて、くるりとその場で一回転。ふわりとワンピースの裾が広がる。そのまま、がっくんと崩れ落ちて花畑の真ん中で横になった。
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『花に埋もれて』
クローン量産プロジェクトの半数が亡くなって、教会裏の墓地に葬られた。百はそんな墓地を花いっぱいにした。
百が花に埋もれる。赤い花、青い花、黄色の花、紫の花、色取り取りの花。
百の顔に水滴がつく。目を瞑って、すぅすぅと寝息を立てる。
百が花に埋もれている。