番狂わせの君
駅まで十分の小さなアパートで、僕は毎朝、香り高いコーヒーを飲む。
厚めの食パンを軽くトーストしてバターを塗り、余裕があれば適当なサラダも作る。
卵をふわとろのスクランブルエッグに変身させ、塩コショウをひとふり。出来立てをぱくり。
食べたら顔を洗ってひげを剃り、寝癖を直してパリッとしたシャツに着替え、会社へ。
僕の朝は、予定通りに進む。それが一番心地よい。
ある日、僕の目の前に君が現れた。気まぐれで自由奔放。猫みたいな容姿と性格。僕はすぐさま恋に落ち、君と暮らすようになった。
一人暮らしの長かった僕にとって、誰かと過ごす毎日は新鮮だった。おはよう、ただいま、おかえり、おやすみ。声をかけ合えるのが嬉しかった。
だけど僕の朝は、予定通りに進まなくなった。
まず、目覚まし時計を無意識に叩き止める君を起こさないとだめだ。これが大変。
朝食はご飯に焼き魚、それと味噌汁。
僕とは全然ちがう食生活。最初は揉めてばかりだったね。
そのうち交代で朝食を作るようになった。
君の作るスクランブルエッグは、しっかり火が通っていて。
僕の作る味噌汁は、味が濃いめだった。
唯一、コーヒーだけは二人とも毎朝飲んだ。
僕はブラックコーヒー。
君はミルクと砂糖たっぷりのカフェオレ。
毎朝、どちらかが二人分のコーヒーを淹れる。
君の差し出すコーヒーは、日によって味がまちまちだ。
ケンカしてる時なんかは、カフェインの暴力かと思うくらいの、どす黒いコーヒーが出てきたりする。
だけど、なぜだろう。
自分で淹れたものより、ずっと美味しく感じるんだ。
『今日は怒ってるから相当濃いわよ?』
『熱いから火傷しないようにね!』
手渡す時にいつも言葉を添えてくれる。
ゆっくりと味わい、うまいと言う。唐突に込み上げる愛しさを口づけに変えれば、君は「苦いわね」とはにかんで笑った。
またも僕の朝は、予定通りに進まない。甘く可愛い君のせいで。