二
大企業の御曹司で学校はひとつ上の学年の先輩でモテ王子、李旺の家に住み込みさせてもらって数ヶ月。食欲不振で食べられないと言っていた彼女は食べられるようにはなっているようだった。しかし、食べたら吐いてしまうと言う恐怖症からものを口にしなくなっていたのだったが。
「……ほら、これならいけんだろ」
「………ありがとう、どっちが主人なのかわかんないくらい世話焼かせてるね」
「ほんとそれね。俺だから。俺が言うこと聞かせてようと思ってたのに、俺が世話焼いちゃ意味ねぇんだよ。だからさっさと取り戻せっつ〜の」
どちらが仕えるものであるのかと言うくらいにはお互いの世話を焼き合い助け合っている。
それにしても学校でもお陰様で構い合うため、綺実が避けたくても構わざる負えない関係。なのだが、元々顔はいいし、わけ隔たりなく平等に扱える性格(本当は違うが……)の御曹司とくれば、モテない訳ない李旺。彼の親衛隊なんてものが存在するらしい。ということは綺実も知っている。その親衛隊とやらはちょっと化粧濃いめの先輩達が取り仕切っている。彼女らに許可がないと近づいてはならないという掟があるくらいだ。破ればどうなるかそんなの学校中の女子たちの間では誰もが知ることで、綺実もわかってるし心していること。
「七瀬さん、ちょっと」
「……はい」
「え、ななちゃんいくの?」
案の定、掟破りな私は呼び出しを親衛隊の先輩からくらう。分かっている。だが、どうにもならない。正直に話す他何も無い。
「うん、大丈夫…ありのまま話して分かってもらってくるから」
友人の心配をよそについっていって、ありのままを話して理解してもらえしか他にない。
しばらくついて歩くとそこは旧校舎。
「……七瀬さん、どういうつもりよ?李旺様と仲良くしちゃって。李旺様となかよくするには私たちを通してもらわないといけないのよ?掟しらない?」
「……いいえ、存じ上げております。ただ、私と李旺様は使用人と主人の関係の故、あなたがたをかえしての話が出来ないことばかりですのでどうかお許し願いたい」
正直に喋ることが得策だろうと思ってより丁寧な言葉で話すがこの人らに話が通用するかが問題だ。
一方李旺はと言うと、呼び出されてすぐに綺実の教室に顔を出していた。
「…なな……」
「先輩!! ななちゃんが先輩を取り巻きにしてる、女子に連れてかれちゃった!人目のつかない…旧校舎の方かも!」
慌てた様子で李旺を見るや否やよってきて一気に言い放つ綺実の親友、姫星。
「……わかった、ありがとう。鳴海ちゃん」
お礼だけ言うと一目散に走り出した。
姫星の予測通り旧校舎の方で話し声が聞こえる。聞こえてきたのはものすごく丁寧な言葉で喋る、綺実の声。そして聞こえるなにか鈍いぶつかる音。嫌な予感しかしなかった。慌ててかけつければ自分をよく取り囲む女子とその目の前に倒れ込んでいる綺実。
「……綺実!!大丈夫か?!」
「あ、李旺…大丈夫…」
「……李旺様!こ、これはその……」
言い訳でもしようとでも言うのか、言葉を詰まらせて慌ててている。
「……言い訳はいらないよ。こいつとの関係なら綺実自身が言っただろ。主人と使用人だと。それ以上でもそれ以下にもならない。あ、それ以上にはなるか?」
「……李旺様?それ以上もそれ以下もありません。使用人と主人、なんの代わりもありませんよ」
「………ん。で?お前飯は食ったのか?……え?食ってない?じゃあ、ちょっと」
ふと、聞かれたことに真面目に答えるとグッと引っ張られ転がっていた綺実は立たされた……かと思えば合わさる唇。そして入り込んでくるなにか。それが何なのかはわかる。唇の間を縫って入ってきたのは彼の舌と何だか甘い丸いもの。
「………何するの、、ってこれって飴?いちご?」
「そう。いちごすきだろ?」
「……そうだけど、こんな食べさせ方……」
いちご味の飴が口の中へ入ってきたのだ、コロコロ転がしながら味わう。少し前なら飴さえも拒否していたが、彼のおかげで飴は食べるようになった。
「ん?普通にあげて食ったか?お前。」
「………食べません」
「じゃあ、異論はねぇよな?」
まだ呆然と女子が見る中、繰り広げられる2人のやり取り。あまりの衝撃に言葉を失っている彼女たち。
「……異論などございません。美味しくいただきます」
「……だったら、もっといいもん食べようぜ?」
彼女たちのことは2人はもう眼中に無い。2人に繰り広げられる2人の世界。
「……あ、あの2人は……」
「あれ、まだいたんだったけ、だから使用人と主人だって」
「……それにしたってさっきのあれは……使用人と主人じゃ仲良すぎじゃ……」
納得の行かない彼女らに問いただされる。納得いくまで離れてくれないであろう。
「……そりゃただの使用人と主人じゃない。婚約者だよ。だから仲良くしてるんだよ」
「え、ちょっ……ふにふってんぬ?!(なにいってんの)」
「……(ちょっと黙れ話し合わせろ)そういうわけなんだ、わかった?」
反論述べかける綺実に対して手で口を塞がれ、小声で黙らせられる。そして女子らには納得させるように優しく話しかけている。もちろん笑顔も忘れずに。
「……分かりました!失礼致しました!もう二度と邪魔しません!」
慌てて彼女らは言い捨て消えていった。
「………ちょっと、本当にこれで私とあんたが婚約してることになっちゃうじゃん。あの子たちの李旺様情報だって言ったらすぐ広がっちゃうじゃん」
「………だったら、本当に婚約すればいい。俺はお前のこと一生離すつもりないし?……そんなことよりさ、飯食おうぜ。持ってきたんだよ」
「………そんなことよりじゃな……んっ?!」
女子達がいなくなると手にしていた弁当を広げ、口に含んだご飯を流し込まれる。ほぼ水分のようなものなら口にすることができるようになった私にここまでしたのは他でもない、李旺である。
「………最初より、すんなり飲み込んでくれじゃん。自分で食う?」
「………それは否定しない。自分でこんなの食べる気にならないよ」
「……ふーん。じゃあ、ちゃんとしたものなら食うの?……あるよ、俺のだけど」
綺実はペースト状のものなら飲むだけなので口にすることでご飯として口にすることができるようになった。
「………いい。そしたら李旺のがなくなっちゃうじゃん」
「そこはいいよ。食えるなら食えば?」
「………じゃあちょっとちょうだい」
本当に少しだが形のあるものを口にしていくことをできた。
「……ちょっとなら食えんじゃん。なら戻すか普通に」
「うん。それより、どうするのよ!李旺があんなこと言うから絶対教室に戻ったら問いただされるじゃん!」
「………だから、認めちまえって。俺はお前を一生手放すつもりはねぇから。お前は俺の婚約者だ。異論など言わせない」
思わぬ形で結ばれた婚約の約束。この人に逆らうことは綺実には出来ない。異論など言うことは出来ない。
「………異論しかないんだけど……」
「ん〜?そんなこと言っていいのかな?俺はお前の主人。逆らうことはできねえよ?逆らうなら解雇。弟達が大変なるな〜?」
「…………意地悪…。バカ」
弟達のことをだされては異論を申し立てることが出来ない。弱みを握られてるとはこういうことだ。と実感した。
教室に戻ると、予測通りもう既に広まっていた。クラス中の生徒から問い詰められる。
「あ!ねぇ!あやちゃん、李旺様と付き合ってるって本当なの?!しかも婚約者だって!」
「……うん、やっぱり広まるよね、……私はそれ認めてないんだけど……」
「本当なんだね!羨ましい!だってあの王子だよ〜いいなぁー、」
羨ましがられても知らない。綺実自身が認めていないのに拒否権は勝手に与えられないし、羨ましがられてもずるいだとか言われても、どうにも出来ない。例えば、いいよなんて譲ってしまったらあとでみんなの言う王子様に何されるか分からない。それに、お互いにあれこれ世話をしてされて関係を解除してしまうことになれば元の状態に戻っていってしまう。だからどうにも出来ないのだ。
一方、李旺はと言うと、教室に戻るなり囲まれ同じように問いただされていた。
「あ!李旺!お前2年のなんか地味系なスーパーのチラシを見てたようなやつと婚約したの?!」
「…まじかそういう系のやつなの?李旺って案外趣味悪い?」
「…………おい、言わせておけば。誰が地味だって?ふざけんな、印象だけで決めてんじゃねえよ。お前らの目は節穴か?綺実のこと見てみてから言え」
綺実のことを悪く言われるのは何がなんでも許せない李旺。普段の猫かぶりも解けてしまうくらいイラついてしまった彼は機嫌が、悪くなったままのトーンで喋ったのでそれを聞いていたクラスメイトは唖然としていた。
言わずとも彼は彼女のことを悪く言うことや、ちょっとでも逆鱗に触れるようなことを言ってはならないと暗黙のルールが彼のクラスメイトには引かれたんだとか。
李旺による勝手な婚約者宣言のあとから、彼はエスカレートしている。キスだけに留まっていたことがささらに上をいく要求してくるようになった。それはどんな要求なのかは想像におまかせするとして、2人の日常を見てみよう。
「……ン〜っ!まふぁやふぅの?!(まだやるの?)」
「んー?……お前食べる気になった?飯は」
「……なったよ、食べてるじゃん、用意してくれたやつ」
朝や夜など家に帰ってとる飯は強引な口付けと共に食べさせられているが、お昼は学校なのでそうもいかず厳選された食べやすい食材をフル活用された栄養価の高いお弁当を貰っている。それはいつの間にかちゃんと食べるようになっていた。吐くとか言う恐怖心もなく食べ、吐くこともなくなっている。
「あぁ、確かにな。お前の友達に聞いてもちゃんと食べてる言われるからな」
「………じゃあ、もうしなくていいじゃん」
「いや、それは無理。お前とこれすること自体に気に入ってるから」
あぁ、それを言われてしまったら拒否権を奪われる。この御曹司の言うことはいくら婚約者だとはいえ、あくまで使用人と主人である。彼も彼で分かってて言っている。酷い話だ。けれどそれも嬉しく思っている自分がいて、少なくとも彼に引かれてしまったのも事実。
婚約者の件はまだお互いの親には正式には話していない。でもきっと親たちのことだ。知っているし、嬉しく思っているだろう。
彼の虜になり始めた彼女は彼からは逃げられなくなった。そんな彼女は今後彼との関係が彼に仕組まれて思わぬ事態に発展していくなんて思いもよらない。