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最終話 キス(クレマンEND)

 大公邸の応接室で過ごす優しい時間。

 ニナが淹れてくれた熱いお茶と、美味しい小菓子が私を幸せにしてくれる。

 もちろん目の前にいらっしゃるクレマン様が、一番幸せをくれたことは間違いない。


 先日、私は正式にヴィエルジ女伯爵となった。

 領地へ行くのは魔術学院の一学年が終わってからだが、サジテール侯爵である父に不当な率の税を奪われていた上に投資もなかったことで衰えているという。

 王妃教育で学んだことで、少しでも伯爵領の建て直しに貢献できると良いのだけれど。


 ボーン、ボーン……


 壁の柱時計が時を告げる。

 クレマン様が王宮へ戻る時間だ。今を逃すと王宮の裏門さえ閉じてしまう。

 二度目の死に戻りの前、白い貴婦人と対峙するため部下に命じて王宮に忍び込んだのは緊急事態だった。男爵家から聖剣を盗んでいたのだから、さもありなん、というところだ。


「クレマン様」

「なんですか、ドリアーヌ」

「これまで、ありがとうございました」

「永遠の別れのようなことを言いますね。君がヴィエルジ伯爵領へ行くのは、まだ先の話でしょう」

「ですが……この形だけの婚約は明日で終わりですから」


 サジテール侯爵家と男爵家による国家転覆の陰謀は暴かれ、関係者は処刑された。

 私は無関係だったとされて罪を免れたが、侯爵家の相続は辞退した。

 侯爵家は分家によって引き継がれ、男爵家の領地と財産は王家に没収された。真実の恋人同士だった男爵家令嬢セリア様と異母弟も処刑済みだ。


 後は明日、私とクレマン様が婚約を解消して以前の生活に戻るだけ。

 いいえ。以前の生活に戻るのは無理。

 ポール王太子殿下の婚約者に戻る予定はないし、私は女伯爵になった。クレマン様とはこれからも友人として仲良くしていきたい。私が帰るのが大公邸ではなくなるだけだ。


「……ダメです」

「え?」


 クレマン様が真っ赤になって私を見つめている。

 彼は消え去りそうな声で言う。


「……どうしても婚約を解消しなくてはいけませんか?……」

「だってクレマン様が」

「それは君が戻る前、今ほど君に恋していない私が考えていた計画です。毎晩こうして食事と会話を楽しみ、名前で呼び呼ばれて、君に夢中になっている私が望む結末ではありません。いいえ。前の私だって意地を張っていただけで、いつでも君に夢中でした」

「……クレマン様」


 ご自分の席を立ったクレマン様が、私の前に跪く。


「キス、をしてもいいですか?」

「ク、クレマン様!」

「もちろん嫌なら拒んでくれて結構です。確か最初に戻られる前の未来では、初夜にキスされる寸前にポールではないと気づいたんですよね?」

「はい……」

「君の心の色は私を向いています。でも本当のところはわからない。君の初恋への想いのように、大切だけれど遠い思い出なのかもしれない。……ドリアーヌ。教えてください。君が選ぶのはだれなのかを」


 見上げるエメラルドの瞳が私を映す。

 クレマン様のお顔が近付いて来ても、心は叫ばない。

 そっと唇が重なって、燃え上がりそうなほど頬が熱くなった。


「……ドリアーヌ?」

「……違う、とは思いませんでした」

「そうですか。……王宮に連絡してください、今夜は大公邸に泊まると」


 クレマン様が執事に命じた言葉を聞いて、私は驚愕した。


「な、なにをおっしゃってるのですか、クレマン様!」

「私は現役の大公です。明日結婚したって問題はありません。まあ、魔術学院は卒業してからにしましょうか。……ドリアーヌ。君は私を選んだんです。もう逃がしませんよ?」


 体こそ大きくなってお顔は大人びているけれど、エメラルドの瞳の少年が微笑む。

 私が大好きな初恋の──今は永遠の恋の相手。


「それは私の言葉です。逃がしませんわ、クレマン様」


 なにもかも秘密にしてひとりで行動していたクレマン様は、ご自分が亡くなられたときの私の悲しみを知らない。

 もうあんなことはごめんだ。二度とこの人から目を離さない。

 跪いたままの彼のお顔を両手に包み、今度は私からキスを落とす。


「……ううう、ドリアーヌ様良かったです……」

「あ」


 執事は王宮へ連絡する手続きを取るために応接室を出ていたけれど、給仕をしてくれていたニナはまだ部屋にいたのだった。

 満面に笑みを浮かべて立ち上がったクレマン様が、椅子に腰かけていた私を抱き上げる。


「ニナ、私の寝室は使えますか?」

「いつかこんな日が来ると思って、毎日整えておりました」

「それは重畳」


 ──それからクレマン様の寝室へ移動した私達は、たくさんキスをしたのでした。


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