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19・真実

「……ドリアーヌ?」


 そう私を呼んだのは、ポール王太子殿下だった。

 ここは魔術学院の図書室の横に生えているお妃様の木の下、さっきまで真夜中の霊廟にいたのに、今は木漏れ日に包まれている。

 私の瞳は図書室の窓の向こうに縫い付けられていた。クレマン様とセリア様が楽しげに談笑をしていらっしゃる。


「ドリアーヌ!」


 私は立ち上がり、窓へと駆け寄った。

 背後で殿下が呼んでいたけれど、足を止めることはできなかった。

 幸い錠が下りていなかった窓を外から開き、叫ぶ。


「クレマン様っ!」

「ドリアーヌ嬢? なぜ私のことを名前で?」

「こ、婚約者だからです! 嫌です。男爵領へ行っては嫌です!」

「?」


 せっかく死に戻れたのだ。もうクレマン様を殺させはしない。

 男爵令嬢のセリア様が、薄気味悪そうな表情で私を見る。

 窓の外と中、お互いが談笑しているのは見てわかっても会話の内容までは聞こえていなかったからだ。クレマン様のエメラルドの瞳が暗くなる。


「そうでしたか。……また、なんですね?」

「はい! また戻ってきました。クレマン様にお会いしたくて、クレマン様をお救いしたくて」

「……私は悪い男です。君は苦しい思いをして亡くなってしまったのだろうに、こうしてここに来てくれたことが、こんなに嬉しいだなんて……」


 潤んだ瞳で微笑むクレマン様の声は小さくて、よく聞こえなかった。


「セリア嬢」


 不機嫌そうな声が、私の頭の上から男爵令嬢へと呼びかける。


「ポール様!」

「俺達三人は積もる話がある。そなたは生徒会室にでも行っていろ。クレマン、出てこい」

「あ」


 そういえば、図書室にはお妃様の木のある空間へ通じる扉がある。

 昼食を摂るために出て来たときもそこを通ったのだ。

 ……窓から呼びかけるだなんて、はしたない真似をしてしまったわ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「……マティユの子。英雄王の骸は、ポールのことをそう呼んだのですね」


 クレマン様の言葉に、私は頷いた。

 もう午後の授業は始まっていたけれど、私の死に戻りについてポール王太子殿下に説明して、今回死に戻る前のことまで話していたら、昼休みだけでは時間が足りなかったのだ。

 殿下が言う。


「マティユとは聖剣を盗んだ魔術師の名前だろう? 俺達王家は英雄王からカロル妃を寝取った間男の子孫だということか?」


 クレマン様は首を横に振った。


「英雄王の時代についての文献の多くは、王都と周辺の都市が白い貴婦人によって滅ぼされたときに失われました。それに、男爵領で見つかった聖剣はローブを纏った白骨死体に突き立てられていたんですよね?」

「クレマン様のお手紙には、そう書いてありました」


 穴の開いた紙の使い方を間違えていなければ、だが。

 クレマン様が静かに首肯する。


「すべては逆だったのかもしれません。正統な後継者はカロル王女です。夫は英雄ジャコブと魔術師マティユのどちらでもいい」

「恋敵を殺せばカロル王女が手に入ると思ってジャコブは魔術師を殺したが、王女はマティユの子を産んで亡くなってしまったってことか?」

「死したふたりが結ばれることすら許せなくて王宮の霊廟に封じ込め、自分の死後は不死者となって操り続けた。白い貴婦人が王家の血によって鎮まったのは、自分と愛する男の血で我に返り、英雄王の支配を撥ね退けるからなのかもしれませんね」


 ポール殿下がにやりと笑う。

 大きな体躯の割に少年のような、クレマン様が亡くなった後には見ることができなくなる笑みだ。

 その笑みを再び拝見できたことが嬉しくて、胸の奥が温かくなる。


「だったら話は簡単だ。俺は魔術の力を磨く。クレマンは男爵領へ聖剣を取りに行く。そして、ふたりで英雄王を打ち倒し、遠い先祖の魔術師マティユの名誉を復権すればいい」

「魔術師の復権は難しいですね。神殿は英雄王を祭っている。その辺りは王家でのみ伝えていけばいいでしょう」

「ふざけるな。間男どころか単なる横恋慕男が大手を振って、カロル王女の隣に眠っていたんだぞ。許されることじゃなかろう」


 殿下のエメラルドの瞳がクレマン様を射る。

 クレマン様のエメラルドの瞳が殿下を射返した。


「男爵領を直接訪ねるのではなく、上手く聖剣の場所だけ確認してマティユ殿の遺体とともに持ち帰りましょう」

「私が覚えている限りの情報をお伝えします」

「……ドリアーヌ」

「きゃ」

「ポール!」


 三人で輪になって座っていたら、隣のポール殿下に引き寄せられた。

 エメラルドの瞳が私を映す。

 広い胸の中にいると、王宮の木から落ちたときに抱きとめられたことを思い出す。あれは消えてしまった未来だ。それが少しだけ残念だった。もちろん今のクレマン様のいらっしゃる状態で続く未来に不満などないのだけれど。


「男爵家の陰謀の捜査については、直接バティストに打ち明けて協力を仰ごうと思う。すべてが解決したら、そなたは俺の婚約者に戻るのだろうな?」

「え? いいえ。死に戻る前と同じようにヴィエルジ女伯爵になろうと思います。……クレマン様との婚約も解消して」

「そうなんですか、ドリアーヌ!」


 クレマン様のエメラルドの瞳が見開かれた。

 殿下は満足そうな表情を浮かべて、私から体を離す。

 抱き締められていたせいか心臓の動悸が激しい。


「まあ、仕方がないか。最後に俺を選べばいい。最初に死に戻る前のそなたは、俺の王妃だったのだろう?」

「形だけの王妃だったのです」


 私は俯いた。

 言葉にするのも恥ずかしいが、ポール殿下にも死に戻りについて打ち明けたのだから、きちんと言っておいたほうがいいかもしれない。


「……キ、キスもしたことありませんでしたし」

「なんだと?」

「そうだったんですか!」


 殿下は酷く驚かれ、クレマン様は嬉しげに微笑んだ。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ──それからしばらくして、私達は英雄王と呼ばれていた男の骸を光り輝く聖剣によって退治した。

 石の棺の中身を男爵領で見つかった白骨死体と入れ替えると、隣の白い貴婦人の顔が少し和らいだような気がした。

 きっと彼女はもう二度と動き出さない。


明日の最終話はお昼の12時に3パターン同時公開の予定です。

お好きな結末をお楽しみください。

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