小夜と恵
―――停止した脳が活動を開始。
「え、……あのコウキが?いつもナナミンにちょっかいを出してたアイツが?」
私自身の印象は、ナナミンを苛めている印象が強くナナミンを好きという感じは全く持っていなかったために衝撃が大きかった。
あれか、好きな子を苛めたくなるというあれなのか。
「‥‥‥‥うん」
俯いて小さく言う。心なしか顔が赤い。
色白い肌が真っ赤に染まる。
恥ずかしがっている姿が何とも可愛い。
「へえ~、‥‥‥で、返事はどうしたの?」
興味津々で恵ににじり寄って行くと、恵が後ろに後退する。
「‥‥‥断ったんだ。」
夕日を見上げて恵が言う。
肌を撫でる風が冷たくなってくる。
「そうなんだ。ナナミンが良いなら良いけど、付き合っても良かったんじゃないの?ナナミン、別に今、好きな人とかいないでしょ。」
「うん、いないよ。――でも、今は気持ちの整理が付かないんだ。
‥‥‥急に大朏君がいなくなって孝希君がずっと私のこと好きで、好太郎君は、噂では女たらしになったっていうから。
‥‥‥昔は皆仲良かったのに。
いつの間にか見えない壁が出来たみたい、かな。」
最後の方、聞き捨てならないことをさらっと言ったような気がするが今は置いておこう。
その見えない壁というのは分かる気がする。
昔は遠慮なく、言い合ったりしていたが、
次第にお互いがお互いを遠慮し合い相談もしなくなったという所だろう。
「そうだね。でも、昔みたいにまた仲良く出来たら良いよね。私はそっちの方が良いな。」
「サヨちゃんはずっとそのままでいてね。今のサヨちゃんの方が私は好きだよ。」
「私は私だよ(笑)。
ずーっとね、これからも。
――あっ、でも彼氏は作りたいかな。お婆ちゃんになるまでずっと一人身は嫌だもん。」
「大朏君がいたらその彼氏、ずっと追い掛けられてるよ。大朏君、サヨちゃんにはベッタリだったから。」
「ハハハッ、確かにね!顔を真っ赤に変えて棍棒振り回してそう。」
「それ、どちらかっていうと鬼だよ(笑)。」
「それが兄さんだからね。仕方ないよ。」
二人の楽しい会話が夕焼け空に響き渡る。
夕日を受けながら、歩いて帰る。
駅で別れる前に気になっていた事を聞いてみる。
「ナナミンは兄さんの事、どう思ってたの?」
「ふぇっ?どうしたの?急に。」
「前々から気になってたのだけど‥‥‥」
こそっとナナミンの耳元で囁く。
『ナナミン。兄さんの事、好きだったの?』
ナナミンが飛び退いて頭の上からプシューッと湯気を上げる。
「サ、サササ、サヨちゃん!?そ、そそそそれ、どどどど、どういう意味、かな!?」
手をバサバサと振りながらナナミンがしどろもどろで言う。非常に分かりやすい。
悪戯っぽく視線を送る。
「そのままの意味だよ~!ナ~ナ~ミン!
分かりやすい~♪(笑)」
「はう~!」
可愛らしい鳴き声を上げて俯く。
しばらくその場に縮こまり、ナナミンは熱が冷めるのを待つ。
「‥‥そう、だよ。私、大朏君のこと、す、好きだったんだ」
ナナミンはまだ赤い顔で立ち上がる。
「初恋?」
「‥‥‥うん、初恋、だったの。」
「‥‥‥‥‥兄さんは幸せ者だったんだね。こんな可愛い子に想われてたのだから。」
プルルルルル
電車が発車する音がする。
それに気付き踵を返す。
「またね!!ナナミン!!いつかまたこっちに来るから!!」
手を振りながら電車へと急ぐ。
「またね!!サヨちゃん!!体には気を付けてね!!」
ナナミンが振り返す。
こうして、ナナミンと別々の家路となった。
私が家に着いた頃には辺りが真っ暗になっていた。
*****
「‥‥‥‥ふう、さっぱりした。」
シャワーで濡れた髪をタオルで吹きながらリビングを通り抜けて、キッチンの冷蔵庫へとやって来る。
冷蔵庫から牛乳を取り出し流し台にあるコップに注ぎ、グビッと飲む。
「はむ、はむ、はむ。くぅ‥‥‥ぷっはぁ、お風呂の後はやっぱり牛乳だよ!」
サヨはまるでおっさんのようなセリフをいう。
今日は母さんは残業のため今家には一人でいる。一人でいるのは慣れているが、やはり自分一人だと家の空間が広く感じてしまう。
何気なく家の中をぶらぶらしていると、リビングの向かいにある座敷へと動いてしまう。四畳の部屋に入って直ぐ仏壇が目に入る。母方の祖父母の遺影の横に兄さんの遺影、仏具の後ろに遺骨が納められている。
仏壇の前に行き、正座をして、手を合わせる。
兄さんが死んであれから三ヶ月経ったけど、やはり涙は一度たりとも出ていない。
別にそれ以前に涙を枯らした訳では無いが依然として出ない。
今日あったことを報告する。
久しぶりにあの街に行ったこと、兄さんの学校に行ったこと、ナナミンに会ったこと、虐めのこと、あの木に行ったことなど一日で沢山色んなことがあった。
「あ、そうだ。あの箱、開けてみないと。」
席を立とうとする。
「ふぎっ!!」
態勢を崩して崩れ落ちる。足がピクピクと痙攣している。
「あ、足、痺れた‥‥‥‥‥。」
たったの一時間、正座をしただけなのに足が痺れて動けなくなる。ここに来てお坊さんの凄さが身に滲みて分かった。それから小夜が動けるようになるまで三十分程、要するのであった。
次回、小夜視点を終わりにします。そして、異世界に戻ります。