兄の学校
遅くなりましたが今日の分です。明日は通常通り、朝の五時に更新します。
兄さんの葬式から三ヶ月が経過した。
春だった季節は、
―――真夏の猛暑へと様変わりを果たしていた。
まだ、色々と気持ちの整理が付かなかったりとドタバタしているが、
日々の日常へと戻りつつあった。
でも私の心は、
――まだ兄さんが生きていた頃のまま、
まるでどこかに置いてきたかのように
胸に空虚感を感じる。
母さんも少しは、
心の整理が付いたのか通常運転を開始しているが
時折、遠くを見つめてボーッとしたりする。
そして、
以前より少し痩せこけた気がして心配。
猛暑のこの日。
私は電車に揺られながら、兄さんが住んで通っていたこの街に戻って来ていた。
理由は兄さんの形見、もとい私物が少なからずあるとのことで一度、戻ってきていた。
母さんは仕事で中々来る事が出来ないため、私が代わりに来ているのもその理由である。
結局、父、あの男は葬式に現れる事はなかった。実の息子が死んでも葬式に現れないとか、
―――兄さんを一体何だと思っていたのかと、
あの男の常識を疑いたくなる。
家を放火した犯人は捕まったとの事。
詳しくは聞いていないが、その男は
――『放火魔』らしく。
兄さんの家に火を付ける前にも、色々な所に放火をしていたそうだ。そして、事件の二日前匿名で連絡があったそうだ。兄さんの家を放火すれば金を貰えるとの事で放火したそうだ。
私はその男をいますぐ殴り飛ばしくなった。
――たかが金の為に兄さんの家に放火した?
ふざけないで!!
何でそんな事で兄さんが死ななければならないの!!
「‥‥‥‥はあ、暑い。」
手を団扇のように仰ぎながら、猛暑の照りつける太陽の光を浴びる中を進み、
学校とおぼしき前に立つ。標石を確認する。
「ここね、やっと、着いた。」
やっと兄さんが通っていた学校に着いた。
今は世間でいう"夏休み"のため、校内の人通りは少ない。校門から入り、受付に向かう。
「こんにちは。」
受付に着くと小さな窓を開き、中に覗きこみ挨拶する。
しかし、返事もしないし中には誰もいない。
「うーん、どうしよう。このまま入っても兄さんの教室分からないし、かといって諦めるわけにも‥‥‥‥。うーん。」
腕を組んで考える。
「サヨちゃん?」
困っていると何だか聞き覚えのある声が聞こえる。キョロキョロと回りを見回すとナナミンが生徒用の玄関からこちらにやって来る姿が目に入る。
「ナーナミーン!!」
手を振り駆け寄る。
「どうして、サヨちゃんが?」
「兄さんの遺品を取りに来たの。学校にそれがあるって学校から連絡があったの。それで兄さんの教室って分かる?ナナミン。」
「うん、分かるよ。付いて来て!」
ナナミンに付いて行く。生徒用の玄関から来客用のスリッパに履き替えて廊下を進んでいく。
「どうして、ナナミンは今日、学校にいるの?今ってこっちも夏休みでしょ?」
階段を上がりながらナナミンに聞いてみる。
葬式の時と違い夏服の制服に様変わりをしている。
冬用の制服も容姿に合い似合っていたが、夏服もとても似合っている。
色白い肌が夏服の合間から見え同性でも見惚れてしまうほど綺麗。更に今は汗をかき、妙な色気を醸し出していた。
「こっちも夏休みだよ。でも、私は生徒会の仕事で学校に来てたんだ。」
「へえー、ナナミン。生徒会に入ってたんだ。意外」
「へへっ、あの頃の私だったら、絶対にあり得なかったかもしれない。けど、大朏君の‥‥おかげかな。」
サウナのような熱気に支配された廊下を歩きながら、はにかむ笑顔を向けてくる。
「兄さんの?」
「うん、あの頃の大朏君みたいに誰かを守ったり役に立ちたいと思ったのがきっかけなの。」
「そうだったんだ.....。」
――懐かしい思い出を思い返す。
あの頃は兄さんに庇われるといつも兄さんの背中にナナミンが隠れるようにいた。
人見知りで優しい彼女をいつも兄さんはいつも気にかけていた。そんな二人の関係に妹である私も妬けてしまいそうにもなったが、ナナミンは私を疎ましく思わず、柔らかい笑顔を向けて一緒に遊んでくれた。
「あ、ちょっと此処で待ってて、教室の鍵を取ってくるから。」
ナナミンはそういうと急ぎ足で来た方向と真逆の方へと走っていく。
ポテン
何も無い所でナナミンが転けた。
直ぐに立ち上がりそのまま走って行った。
「おっちょこちょいな所は相変わらず何だね。‥‥‥ふふふっ。」
ナナミンのそんな姿を見て久々に笑みが溢れる。
家でも母さんとの会話で笑みは溢すが、
今ほど純粋には笑えていない。
葬式が終わってから兄さんの遺骨は家の仏壇に飾ってある。今はお金がそれ程無いため墓にいれて上げることが出来ていない。
いつかは墓所に埋葬してあげると母さんが言っていた。
しばらくして、ナナミンが戻って来た。
はあはあと息を切らせている。
こんな暑い日に走ると体力の消耗が激しい。
「サヨちゃん、ごめん。待たせて」
「うん、いいよ。教室に着いてから気付くより先に気付けて良かったね。」
「そう、だね。この廊下を真っ直ぐ行って、左に曲がったら直ぐの教室だよ。それじゃあ、行こう?」
ナナミンは右手をこちらに差し出す。
「うん」
左手を重ねて手を繋ぎ、兄さんの教室へと向かう。
この年で手を繋ぐのは、少し恥ずかしいけどナナミンと一緒に手を繋ぐのは懐かしい。昔は兄さんとナナミンと私で夕日の中を手を繋いで歩いたな。
―――空いた右手は空気を掴む。
その右手を見ていると、
もう握ることが出来ない現実に戻される。