懐かしい来訪
礼服を着た黒い服の人々が少なからず列をなしている。
――ポッポッポと木魚を叩き、
お坊さんが念仏を唱える声がホール全体に響く。
帰ってきた兄さんの体は誰の者か判別が出来ない程黒焦げの炭のようになり、帰ってきた。
私が初めて対面したのが今から10日前、警察の一室にある慰安室で対面した。
胃の中の物が逆流しそうになる。
口を抑えて慰安室を出て近くのトイレに駆け込む。洗面所で盛大に吐いた。
一通り胃の中の物を吐き納まり、トイレから戻ると横たわる兄さんの横で母さんが泣いていた。
最前列に私と母さんがパイプ椅子に座っている。母さんは俯いて何も喋らないし、
お経も唱えていない。
周りと同じように母さんは黒い礼服。
私は高校生の制服を着ている。
前には白い棺が置かれているが、
母さんの希望もあり顔を拝むことが出来ない。
「聞きました?奥様、嵐山さんとこの息子さん、家に火を付けられ殺されたそうです。」
後ろの席に座る親戚?とおぼしき二人の女の人が小声で噂話をしている。
聞きたくないのに自然と聞き耳を立ててしまう。
「お気の毒に。ご遺体の顔を拝見できなかったのはその為、だったんですね。」
「‥‥‥‥本当にお気の毒様です。」
母さんの横顔を見る。涙を溢し過ぎたせいか目の回りが腫れ上がっている。私は、というと――不思議と涙が出ない。
人間、ショックが大き過ぎると涙すら出なくなるらしい。私はそれなのか、はたまた兄さんに対してそれ程までに薄情だったのだろうか。
「サヨちゃん‥‥‥。」
俯いていると目に誰かの靴が入って来る。
顔を上げると、見知った人物が立っていた。
黒い生地の服に赤い線が入った制服。艶やかな長髪の黒髪に、そして御淑やかな優しい瞳と目付き。
兄さんの友達の一人、七草 恵。
ナナミンである。
「ナナミン……。」
「サヨちゃん、大丈夫?体調、とか。」
ナナミンが心配そうに聞いてくる。
「うん‥‥。不思議と大丈夫、みたい。」
不安にさせまいと微笑みかけるも自分でも分かるくらい恐らく引き攣っている。
「何かあったら相談してね。‥‥‥大朏君が、その‥‥、あんなことがあって色々と心配、だと思うから。」
兄さんの事について少し躊躇いながらも、本当に心配そうにするナナミンの優しさが今は嬉しくも頼もしく思える。
「うん。ありがとう、ナナミン。
何かあったら相談するよ。」
わざわざ隣の県から駆けつけてくれたナナミンには、感謝の気持ちで一杯になる。ナナミンはそれだけ伝えると後ろの席へと進んでいった。
昔は他の二人の友達からからかわれて、兄さんによく庇われていたが、いつの間にかあの頃の兄さんの背中のように頼もしいと思えるなんて、あの頃からは想像できないや。
懐かしい人物の来訪に安堵し、少し心のゆとりが出来る。
――こういう気持ちになるのは久しぶりだな。
あれこれ忙しく考えていると兄さんの葬式から三日過ぎた。
その間、私の目から涙はやはり、一つも零れることは無かった。
因みに小夜視点の直後がプロローグでの事件が起こってから直ぐの地点です。そして、大朏が女神に救い出される所がちょうどこの3日に当てはまり次の話からその後から今現在のネスク迄の話です。