再び禁書庫へ
<ネスクin書庫>
「鍵の使用を確認
使用者、鍵の主『ネスク』様
書庫内への入庫を申請、
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥認証完了
ようこそ、我が主様」
始めて起動した時と同様。
脳内に無機質な声が響く。
―――最後だけ彼女の声であった。
景色が切り替わる。
混濁した意識がクリアになり、
ぼやけていた視界も慣れ輪郭がはっきりと見えるようになる。
ステンドグラスから差し込む美しい光が書庫内を照らす。ところ狭しと並んだ棚にはずっしりとした本が並べられている。
「お久し振りでございます。オオヅキ様」
背後から声が掛けられる。振り向くと前回の姿と変わらずにその少女がいた。
「ああ、久しぶり。ソフィア」
ソフィアが下げていた頭をあげる。真っ赤な瞳がこちらへと真っ直ぐに向けられる。
「今日はどのようなご用件でしょうか?」
「愚問だと思うんだが。君なら見ていただろ?」
「四六時中見ているわけではありません。私をストーカーか何かと勘違いされていませんか?」
「‥‥‥‥‥‥もしかして怒ってる?」
ネスクにはソフィアが起こっている様に聞こえてしまう。
表情が変わっていない為心境は把握することは出来ない。
「いえ、怒っておりません。しかし、もう少し私を頼って頂いても宜しいかと進言します。」
ソフィアは頬を少し膨らませそっぽを向く。
やっぱり怒っているじゃないか!!
そんな少女を見てネスクはツッコミを入れてしまう。声に出していないため彼女にその声は届かないであろうが。あ、彼女は心も読めるため恐らく聞こえていて無視しているのだろうな、きっと。
まあ、仕方ないか。あれから一度も使っていないからな。
確かにそうである。今の今まで書庫を一度も使って入っていないのであるから。【反転】を使った際の機能としては使用したが、
書庫内に入るのはこれが初起動以外では"初"である。
正直に頭を下げる。
「すまなかった。忘れていた訳ではないんだ。けど使う所を選ぶ必要があったからこれまで使わなかった。その事は事実だ。本当にすまなかった。」
「‥‥‥‥頭を上げて下さい。オオヅキ様。」
ソフィアに施され頭を上げ向き直る。
「半分は私自身が言ったことでもあります。
その事を覚えてきちんと守って頂けた事は恐縮の至りであります。なので、‥‥‥‥私の頭を撫でる事で許しましょう。」
「そんなことで良いのか?」
「はい。でも、優しくして下さい。私の頭はデリケートですから。」
なんか
その言葉、使い所が違う気がするんだけど………
ソフィアは頭をこちらへ出して来る。
ネスクは近付いて頭を撫でる。
……優しく、優しく。
ステンドグラスの日に照らされたソフィアの白い髪がキラキラと輝く。撫でられたソフィアの顔が先程の無表情の顔がうって変わり、
とろんとした表情に変わる。
「あの時はありがとう。お陰でこの通り無事に生きていられる。
そして、本当にすまなかった。
これからはもっと頼る事にするよ。」
ネスクは感謝の意と謝罪の意を伝える。
「私はあなたの為に存在しております。
‥‥ですので、遠慮などせず、存分にお使い下さい。それが私に課せられた使命であり、初代様から託された物ですので。」
そんな顔で言われてもあまり説得力は無いよ?ソフィア。
ネスクはとろんと仕切り、だらし無い表情をしたソフィアを目の当たりにして思う。
――まるで人にモフられて腹を出す猫のように。
いや、この場合はウサギと言った方がいいのかな?
しばらく、ネスクの頭撫で撫でが続いた。
「‥‥‥‥ふう、ではポーア様についての相談で御座いますね?」
充分満喫したソフィアが離れて問いてくる。
「ああ、そうだ。」
ここに来た当初の目的に戻る。
「端的に言います。オオヅキ様のご意志の通りにすれば宜しいのではと思います。」
クーシェ、ミレドと全く同じ解答である。
その意図が分からない。
「人間の自分が他種族の争いに首を突っ込んで良いものなのか?」
「あなた様はもう既にその答えを知っている筈でございます。
クーシェ様やミレド様も人間ではございません。その事はあなた様もご存知の筈です。
――ですが、あなた様はお二方を救っております。
クーシェ様はあの盗賊どもから、ミレド様に至っては龍同士の因縁とその先に繋がる道を指し示しております。
ほら、もう答えは出ているではありませんか?」
「‥‥‥‥‥‥」
ネスクは悩む。確かに答えは既に得ている。しかし、それによって発生する物もネスクの苦悩の種となっている。
「裏切られることが怖いので御座いますね。」
ネスクはビクッと体が震える。ソフィアの言葉はネスクの苦悩の的を射ていたからだ。
「例えポーア様を救ったとしてもそれが裏切らないという保証は無い。救った後に前世の彼らの様に捨てられる可能性もある。といった所でしょうか?」
「‥‥‥‥‥ああ、そうだ。
俺は裏切られる事が怖いんだ。
ポーアを救いたいとも思う。けど、その後の手の平返しになるんじゃないかと思ってしまうんだ。
彼女の種族が俺を受け入れるとも限らない。」
ネスクの心の中に巣くうそれはトラウマという形を取り彼の判断を鈍らせている。
ソフィアはその事に気付いていた。
書庫とネスクの心は、
―――見えない糸で繋がっている。
彼の心が書庫の内部にも伝わってくる。
そしてソフィアはネスクに伝える。
「‥‥‥‥もっと私達を信じて下さい。」
「!?」
「あなた様の行動で救われた者は確かに存在するのですから。私、ミレド様、クーシェ様。
例え全世界があなた様を裏切ろうとも私達はあなた様を裏切りません。それほどの恩や信頼を私達はあなた様に感じております。ですのでどうかあなた様の信念の赴くままに行動して下さい。」
「信念の、赴くまま....」
クーシェとミレドが口にした言葉がネスクの頭を掛け走る。
―――おぬしがしたいようにすれば良い。
―――ネスク様の赴くままに。
「‥‥‥‥‥」
ネスクは目を閉じる。
(‥‥‥‥‥信念、)
決意の志を持ち目を開ける。
「ありがとう、ソフィア。決まったよ。」
ポーアの抱えている問題を解決する。
そして、彼女が笑っていられるようにする。
「そうですか。……戻られるのでございますか?」
「ああ、そうするよ。この決意が鈍らない内に戻って、やっておきたい事がある。」
「そうですか。では、また次の機会をお待ちしておきます。」
寂寥感が漂う言葉でソフィアが言う。
「次は時間がある時にでも来ることにするよ。本当にありがとう。」
「ではこちらをお持ち下さい。手を出して下さい」
「こう、か?」
手を出すとソフィアの手が重なる。そして、繋がった手から手へと何かが流れ込んで来る。
魔力の流れに似ているが直感的に別の何かだと本能が囁く。
脳内に再び無機質な声が響く。
「グレードアップを開始します
しばらくお待ちください。
グレードアップ完了
【自動モード】が使えるようになりました。」
「【自動モード】?」
「はい、【自動モード】とは欲しい情報を感知して、書庫内から自動的に【調べ物】へと情報を開示する魔法です。しかし、書庫の中で調べるより詳細な情報が減ってしまいますが、ちょっとした物であれば直ぐに分かります。」
「何で今まで使えなかったんだ?」
これさえ使えていれば、ヘヴラ戦や盗賊の襲撃の際に備える事が出来ていた。
「今まではまだ書庫とオオヅキ様とのリンクが不安定でした。
―――自身の中に二つの別の魔力があるとお考えください。その二つの魔力が混ざり合うには、
時間が必要でした。
まだ第一段階ですが、
完了したために使えるようになったのです。」
「そういうことだったのか。なら、
ありがたく使わせて貰うよ。
それじゃ、また。」
そして手に集中を集めると、鍵が出現する。そして、反対へと回す。
「【閉じる】」
そして、再び意識が飛ぶ。
久しぶりにソフィア登場の回でした。
今まで使ってもらえなかったことに
ソフィアちゃん、プンプンでした。
けどその後きちんと相談を聞いていて大人な部分も見受けられます。大人の部分と子供の部分、二つの部分を兼ね備えているのが彼女です。
長くなったのでここで一度切りますが次回はソフィア視点からスタートです。