短編 クーシェの追憶
クーシェが来てから、二日目の昼下がり
ザアー ザアー
―――外は雨が降りしきる。
クーシェはネスクが作った家の中で椅子に腰掛けて窓から外の様子を見ていた。外ではミレドとネスクがいつも通り、修行をし木刀がぶつかり合う音が雨が降る音に書き消される事なく響く。
首に付けられた首枷を触れ、クーシェは雨が降る空を見つめる。
「あの日も、確か、こんな、雨の日だったかな。」
******
<クーシェ>
私が物心付く頃に両親は亡くなったそうだ。
あまり記憶が残っていないが、
両親ともいつも笑顔であったことは、覚えている。
死因は盗賊に切り殺されたそうだ。
獣人族は各種族ごとに小さな村を作り、森の中に隠れ住むように住んでいる。
その中でも私達の一族、見た目が赤い髪に目だったことから「灼熱の狼」と呼ばれていた。
地位も獣人の中では、上から十番以内に入る程高い。そんな私達を狙い奴隷にするために盗賊団が狩りで外の世界に出ている者を捕まえ村の位置を吐かせるために捕まえるのはよくあることであった。
―――両親は副族長の地位にあったそうだ。
そんな両親も狩りで二人とも外へと出ていた。そこを不運にも盗賊と遭遇。
捕まりそうになり抵抗した所、斬り殺されたそうだ。
両親が亡くなった後、小さかった私を唯一の肉親であり年が一つ上の兄『フルス』が面倒を見てくれた。駄々を捏ねる私を兄はよく面倒を見てあやしてくれたりした。
――これは後から聞いた話になるが、私を見る傍らに、副族長としての仕事も任されていたそうだ。
時が経ち、
兄が十四、私が十三となった雨の日。
それが起きた。
私達の村が盗賊団に襲われたのである。
何の前触れもなく、気づいた時にはどういうわけか的確に村を囲まれていた。
男の人は盗賊から女、子供を守るために戦いへと赴いた。そんな中に兄もいた。
「兄様、いかれるのですか?」
戦闘姿となった兄、フルスに声を掛ける。
自分と同じ赤い髪に目の少年が振り向く。
「クーか。ああ、俺達が奴らを足止めにするからクーはその隙に村の隠し通路から逃げるんだ、いいな。」
「兄様、どうかご無事で……」
「大丈夫だよ。クー、君も無事で」
フルスはクーシェの頭を一撫でして、その手を離してから離れていく。
これが兄、フルスとの最期の会話となった。
―――隠し通路を通り逃げたが私は運悪く盗賊に見つかり、捕まってしまった。
その後首輪を付けられ、ボロボロの服を着せられた。
この時に看守の隙を付き、逃げ出した。
そして、森を駆け抜け聖域の森の中で小休憩をしている所に追ってきた盗賊に捕まりネスクに助けられた。
****
「‥‥ん‥んん、ん、私は」
寝ぼけながら頭を巡らす。
自分はいったい何をしていたのだろか。
「あ、いつの間にか、寝てたみたい。」
もたれ掛かった体を元に戻してふと首に触れると違和感に気付く。
「首枷が・・・・・・無い?」
そう先程まで自分の首に付いていた首がいつの間にか無くなっていた。
「ああ、クー起きたのか。」
後ろから声が掛けられる。
「ネスク、様。」
振り返るとネスクが立っていた。
体中がびしょびしょになり、更に泥だらけである。
「どうしたんだ?クー?」
ぼんやりとしていると声を掛けられる。
「首枷、が・・・・・・」
「首枷?ああ、あれならさっきクーが寝ている間に取っておいたよ。」
「そう、だったんですか。」
「クー、気持ち良さそうに寝てたし、邪魔するのも悪いと思ったんだ。勝手にしたら何か不味かったかな?あの首枷に何か思い入れでもあったのかな?」
「いえ、特には、無いんですが。外れたのなら良かった、です。邪魔でも、ありましたから。」
「それなら良かった。あ、雨が上がったみたいだぞ。」
ネスクの声に窓へと視線を戻す。
雨が上がり、続いていた雲の切れ目から日差しが舞い込んでくる。
「・・・・・・きれい」
感想が自然と溢れる。絵画のワンシーンのようなその光景にクーシェはうっとりする。
「終わらない雨は無いってことだね。」
「そう、ですね・・・。」
ネスクのその言葉をクーシェはどこか別の言葉のように捉えて肯定する。
ゴトンッ!!
入口の前で大きな音がする。
「誰じゃ!!こんな所に枷なんかを置き去りにしとる奴は!!」
表でミレドの声がする。
それもかなり怒っている。
「あ、悪い、悪い。つい、忘れてたよ。」
「全く、散らかしたのなら片付けんか!!おかげで躓いて頭を打ってしもうたわ。」
扉がガチャリと開くとミレドが入ってくる。
その頭には大きなたんこぶが出来ていた。
「ふふふ・・・。」
その二人にクーシェは思わず笑ってしまう。
兄様、私は元気に頑張っています。
私を家族のように大切にしてくれるこのお二方と一緒に。
だからどうか心配せず安らかにお眠りください。
母様と父様にもそうお伝えください。
ネスクとミレドが口喧嘩するその横でクーシェは心の中で密かにかつての家族への想いをしたためるのであった。
その後、ネスクはびしょびしょの服のまま口喧嘩していたこともあり風邪を引いたのは言うまでもない。