閑話 幻叡郷の始まり<プロローグ>
エピローグ
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ネスクは今、激痛が走る体を引きずりながら、とある場所へと足を進め向かっている。
―――あの後、クーシェから事情を聞いた。
どうやらあの襲撃から一週間ずっと眠っていたようである。
戦いの後、クーシェとドルイドの『ポーア』と呼ばれる女性が倒れているミレドと俺を家まで運んでくれたようである。
ポーアがミレドを……。
驚くことに俺をクーシェが運んでくれたようだ。
まだ十四歳だが、体重はそれなりにある筈なのにクーシェが運んでくれたそうだ。
獣人族だから力はあるのだろうか。
運んでから一日でミレドは回復し目を覚ましたそうだ。
自身の力で体は丈夫なため魔力が回復するとすぐに動けたそうだ。
反対に俺はというと、かなり重傷であったそうだ。魔力不足による生命力の低下に加え、身体中に火傷のような傷が出来ていたそうだ。恐らく【反転】による反動に加え、禁忌魔法『理』によるダメージである。
それからポーアに手伝って貰い治療して今に至るようである。話によるとポーアは燃えた森の修復に行き、ミレドは今朝から場所を告げずに出ていったようだ。恐らくあそこである。
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そして今、目的のそこに到着した。
クーシェの制止をきかずにこの場に来たのだから、後で謝らないといけない。
そこに着くと、入口から湿気により湿った風が漆黒に染まった髪を撫でて通り抜ける。
―――これも【反転】による反動だ。
着ている服はクーシェの話だと到着した時、恐らくは気を失う時に元に戻ったが、黒く染まった髪は前の白い髪に戻ることはなかった。
クーシェは始め、黒い髪になったネスクを見て驚いていたが、残っていた魔力を感じてネスクだと分かったようである。
入口を通り中へと進み奥へと入っていく。
万が一もあるため部屋に立て掛けてあった刀は持ってきているが、今の所魔物と遭遇してない。
ヘヴラとの戦いで生態系自体に変化が生じているようだ。
―――そして初めてミレドと遭遇し、この世界で始めに立ち入ったあの洞窟の奥に着く。
ゆっくりとなっている丘を上ると、前に来た時と変わらずに光が差し、幻想的な光景を作り上げている。変化があるとすれば、石碑の前に人影がある。近づいていくと人影が気付いたのか振り返る。
「よく、妾の行き先が分かったのう、ネスク。‥‥‥‥‥‥もう起きて良いのか?」
「いーやっ。クーシェに黙ってきたから後で謝らないとな。それに分かるのは当たり前だろ。大体、来る所もここしかないだろ。周りの殆どが森なんだから。ははは。」
乾いた笑い声が空虚な洞窟の空間に響く。
そんな笑いなど気にせず、ミレドは会話を続ける。
「‥‥確かにそうじゃが、もし他の国に行っていたらどうしてたんじゃ?」
はぁーとため息をつく。
ミレドはそのため息の理由が分からずにいる。
そのまま言葉を続ける。
「その時は、【探知】を使って探すさ。でもそれは無いな。俺達を置いてお前が何処かにいくと言うのはさすがに無いだろ。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
無言でミレドは下を俯いて表情が読めない。その無言はどうやら当たりであるのを物語っている。
しかし、先程から言葉が何処か弱々しい。
その事はネスクも気づていた。
「‥‥‥‥どうしたんだ?」
言葉を掛けるとポツリ、ポツリとミレドは喋り出す。
「お主が眠っておる間、妾はこれからどうすれば良いかと考えてのう‥‥。これまでは、敵であるヘヴラのことばかりに時間を割いてきたのじゃ。
じゃが、奴はもう死んだのじゃ。
ということは妾の役目も終わったということじゃ。妾は何を目的に進んで行けば良いのか分からなくなったのじゃ。」
ミレドの悩みは至極全うであると感じる。
女神により邪龍を滅ぼす為に生み出された彼女はその目的の為に生まれたような物だ。
それを果たした今、彼女は生きる理由を無くしているような物である。
そんなミレドにネスクは答える。
「確かに、奴が死んでお前は役目を果たした、と思う。
‥‥でもこれまで通りで良いと俺は思う。」
「これまで通りとな?」
「俺に稽古を付けて、クーシェとお喋りをして今まで通り、三人で、いや、一人増えるから、
四人と暮らすことで良いと思うぞ。
別に、女神から与えられたのは、『役目』であって"生涯全て"と言うわけでもないだろう?
――なら、これからの人生?龍生?は自分で決めていいと俺は思うよ。」
「じゃが、ジルとレイヴが許すのじゃろうか?妾の代わりに二人は奴に喰われたのじゃ、そんな妾がこれ以上、生きても良いのじゃろうか。」
その瞳は今にも泣き出しそうな瞳になっている。
(ああ、‥‥なるほどな。)
その瞬間、理解した。
話だけしか聞けていないので確証は持てないが、二人は前回の戦いでミレドを庇って死んだ。
ミレドにはその二人の死が、ずっと、重石のように垂れ下がり重荷になって、彼女にのし掛かっているのだ。
ネスクはその事に気付くとミレドに近づいていきそっと抱き締める。そして、
「‥‥‥‥生きて良いんだ。
二人が庇ったのは、ミレドに生きていて欲しかったんだと思う。
それに二人がミレドを残してくれなかったら俺はここでミレドに会えてなかったんだ。
―――二人が未来に希望を残したんだ。だからミレドはこれからも二人の分を生きて良いんだ。」
せき止めていたダムが崩壊するようにミレドがすすり泣く。そして、その声が洞窟に反響し洞窟内を合唱するかの如く響き渡る。
――この時、二人は心の中でそれぞれ誓った。
龍の少女は誓った。
少年を何があっても信じ、彼の支えとなることを。
選ばれた少年は誓った。
少女を何があっても守り抜き、皆が笑顔で暮らせる場所を作ろうと・・・・・・。
これは始まりの物語である。
"龍の少女"と"禁書庫の守護者として選ばれた少年"がこの場所で出会い、
叡智より作り上げられ、
開の森の中で作り上げていく郷、
『幻叡郷』へと至るまでの物語である。
しかし今、腕の中で泣く少女とそれを支える少年はこの時、まだ知らない。
エピローグの構成に手間取りましたが第一部のエピローグが完成したので投稿します。次回は登場人物紹介と短編を投稿します。少し時間が掛かりますが、楽しみにしていてください。