咆哮と月光
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バカ、ナ。我ノ咆哮ヲ喰ラッテイク、ダト!?
赤黒く染まった咆哮が雲に覆われたネスクの魔法にどんどん侵食されていく。
ヘヴラはその出来事に驚愕と怒りが隠せないでいる。
その辺の石ころだと思っていた物を蹴飛ばしたら地面にその本体が埋まっていて蹴ってもびくともせず、逆に足に蹴った衝撃で激痛が走っているような状態だ。
――事実その通りなのだから。
【宵闇の月光<ルナ>】
雲のような闇に覆われた光が全ての物を呑み込み、無へと帰す魔法。世界の理に触れた禁忌の魔法である。闇は光から光は闇を生み出す。
しかし、闇の中から闇は生まれる事はない。光があってこそ闇が生まれる。
この理に添って作られたのがこの魔法である。
その効果は余りにも強力過ぎるため世界の秩序を乱しかねないため禁忌とされているのである。
ヘヴラへと放たれた「宵闇の月光」がヘヴラの咆哮を食らい尽くし無に帰っていく。
ヘヴラの咆哮は破壊神からの贈り物、『死の闇』から作られた物である。
【宵闇の月光】の雲のような外側も又『闇』である。『死の闇』を覆い内側の光がそれを喰らい尽くし消す。
人間風情ガ!!我ノ力思イ知ルガヨイゾ!!
もう片方の手で炎を生み出し両手を合わせる。赤黒く染まった霧に螺旋を描いて炎が舞う。黒炎へとなり変わった咆哮の火力が更に増し押し返される。
「くっ!!」
書庫からのサポートで魔力が体中に巡っているとはいえ限界はある。今までの戦いで一度使い切り、少し回復しているとはいえ始めより少ない量の魔力をフル稼働させながら注ぎ込む。
二つの攻撃が燃えて朽ち果てていく森の中でぶつかり合う。
我ヲ此処マデサセルノハ人間ノ中デハニ度目デアル。シカシ、此処マデダ人間デハ我ヲ滅スルコトナド出来ヌ。灰トナリ我ノ糧トナルガ良イ
ヘヴラの咆哮が更に威力を増し徐々に押されていく。
「くっ、そ。ここまで、なのか?」
今ある魔力を全て注ぎ込んでも奴には届かない。
そんなネスクに追い討ちを掛けるかのように更に火力が増し目前まで押される。
安心スルガヨイ、人間。キサマヲ喰ラッタ後ニ近クニイル者、全テキサマト同ジ所ニ送ッテヤロウゾ感謝スルガヨイ
ドクンッ
心臓が一回大きく跳ねる。
――今なんていった?
脳内でその言葉がもう一度再生される。
全 テ キ サ マ ト 同 ジ 所 ニ 送 ッ テ ヤロ ウ ゾ
記憶の奥底に眠っていた父と呼んでいた者の言葉とその言葉が重なり合う。
ジ ャ ア ナ !! ア ノ 世 デ 元 気 ニ ヤ レ ヨ !!
二つの邪念がネスクの中でぐるぐると回りネスクの中の感情を蝕んでいき、そして全てが弾ける。
「ぐっ、がっ、う、うおおおおおおおおおお!!!!」
ネスクの声と共に攻撃の火力が爆発的に上がりヘヴラの咆哮を全て飲み込む。
何ダ、ト!?コノ我ガコンナ、コンナ人間ゴトキニ!!!!!
そして、闇と光がヘヴラとともに全てを呑み込んで消えた。
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「・・・はあ、・・・はあ、・・・はあ」
ヘヴラがいた場所に煙が揺らめいている。 魔力が癒えぬまま、呼吸を荒げて立ち尽くす。
滅する。ヤツは!ヤツだけは必ず!!
あの瞬間、ネスクの中でこの感情が爆発した。両親の敵であり、その上ミレドやクーシェすらも喰らい尽くそうとしたのである。
自分の大切な物を壊す物は全て敵だ。
敵は滅する。
「ぐっ、!!」
刀を杖変わりにして膝を付く。
火事場の馬鹿力で感情任せに魔力を振るったため、回復していた魔力を再び全て使い切りその反動で頭がくらくらする。
『全ての魔力を使い切ったことを確認。魔力回復の専念にシーケンスを移行致します。
残っている魔力を使い、直ぐに動けるだけの魔力を補充。・・・・・・・・・完了』
脳内でソフィアとは違う無機質な声が響く。
力が体に入るようになりくらくらしていた頭が少し楽になる。
膝を地面から離して立ち上がる。すると、
我ガ、‥‥コノ我ガ人間ゴトキニ追イ詰メラレルトハ‥‥
「!?」
声のした方に顔を向ける。
先程まで煙が立ち込めていた場所に黒い霧のみが霧散して立ち込めている。
どうやら、ヘヴラのようである。
肉体は消滅したらしくモヤだけとなったその姿は、生物とはいえない姿をしている。
―――黒いモヤの中に赤い瞳のみ。
シカシ、我ヲ滅ッスルコトナド出来ヌ。我ニハ『死ノ楔』ガアルノダカラ。
「なんだ、‥‥‥‥それは?」
刀に寄り掛けながら言葉を振り絞る。
正直、立ち上がっているのもやっとである。
「ヤツをこの世に縛り付ける元、<死>というヤツをヤツたらしめている鎖のような物じゃ。」
後ろから思いもしない人物から返答がくる。
振り替えるとミレドがよろめきながら寄ってくる姿が目に入った。
「動いて大丈夫なのか?」
姿を見て早々に彼女の体を気遣う。
多量出血の上に重傷だったのだから当たり前である。
「おかげさまでのうなんとか。」
見た感じ傷は塞がっているようである。
そんなミレドに声が掛けられる。
ミレドグラルカ。ヤハリ仕留メ損ナッテイタ
カ。長イ年月ノ果テニ我モ衰エテイタカ。
「妾も衰えたが、ようやく……そなたに引導を渡すことが出来るのだからのう。」
ミレドは声のする黒い霧に視線を送りながらその言葉を発する。
その瞳には静かに燃える炎のような物が瞳の奥から伺えた。
ミレドがネスクの横に並び立つ。
ネスクもミレドと同様。
再び視線を戻し黒い霧とネスクとミレドが向かい合う構図となった。
遅くなりましたが更新します。今回は結構長くなりそうなので二本立てでお送りします。