反転
<ネスク>
ヘヴラへと向かって歩く。
慌てる事もなく、走る事もなく、静かに歩いていく。
無風で波が一つも無い水面に、水滴が落ちた時に出来る水波のように静かな歩足。
人間カ、ワザワザ我ニ食ワレルタメニ再ビ我ノ前ニ立ツトハ、愚カナリ
ヘヴラは気づいていたようで持っていた剣を霧状に戻し振り返る事もなく頭の中に声を響かせる。
ネスクはただ黙っている。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
一つ聞きたいことがある。」
静かに告げる。
「ここから東に行くと、共和国との国境に村があった筈だ。あなたが通った筈の道にあったその村の住人はどうした?」
我ノ血トナリ肉トナッタ。我ガ通ッタ所ニ誰
一人トシテ、生キテオラヌダロウ
要するに皆殺し。その返答を聞き終えると、
自然に冷たい声音で話す。
「‥‥そうか。他の人間の敵を討つつもりは毛頭無いが遠慮ないらないようだ。」
ネスクの周りの温度が低くなっていく。
ソノヨウナ灯火ノ如キ量ノ魔力デ我ヲ滅スル
ト申スノカ、人間
この時のヘヴラのその言葉には余裕の色が見られる。
しかし、ネスクを舐めすぎるべきではなかった。
「『ソフリア・クレ』」
ネスクの手の上に透明な鍵が出る。
取っ手を持ち、そして
「【反転】」
鍵を左に回す。
前に右回りをして、光が溢れ出したのとは、
うって変わり、
『黒い光』が溢れてネスクの体を光が包む。
『反転モードを確認。定めた敵を排除を執行します。禁忌の蔵書の解放を行いました。』
ネスクの脳内で無機質な声が響き渡る。
****
光が収束していき、再び霧に覆われる中で格好が変化していく。
ネスクの髪は白から漆黒の黒へと変わり、服が変化する。
黒く軍服のような姿でその上にローブが羽織られている。腰にミレドから貰った刀が装備され、どこかの国の書官のようにも見える服へと変化した。
コノ魔力ノ質、ホウ、守護者デアッタカ、人間
我ハ守護者ト縁ガアルヨウダ、
マタアノビミナ魔力を食セルトハ
「【霞み】」
黒を纏ったネスクが霧に溶けて消えた。
しゅんっ!!
風が通り過ぎる音が後から聞こえた。
ヘヴラの腕が宙を飛び、地面に落下。
「御託はいい。さっさと片付けてやる。」
ヘヴラは斬られた方の腕を庇いながら後ろへ振り向く。ネスクがいつの間にか後ろに立っていた。
マサカ我ノ腕ヲ容易ク断チ切ルトハ前ノ守護
者ヨリヤルヨウダナ、・・・・・・フンッ!!
斬られた方の腕に集中させると、へヴラの霧が斬られた腕になる。
再生した腕の感触を確認して、ネスクへと飛び掛かってくる。
「【朧月】」
霧の残像がへヴラの爪による斬撃で書き消える。更に斬撃が複数、ネスクの残像に飛んで斬られて消える。
ネスクは息を切らすことなく、するりと避けていく。
フハハハ!!コレ程楽シイト思エルトハ人間ニシテハヤルナ!!!
そして拳に赤黒い霧を纏わせてくる。
本番はここからである。
***
<クーシェとポーア>
「一体何が、起こっているの、ですか?」
クーシェの心配そうな声が弾ける。
「ミレド様、の魔力と気配が、弱くなったと、思ったら、ネスク様、の魔力の質が、変化する、何て・・・・・・・・・」
混乱するクーシェをポーアが宥める。
「落ち着いて下さい。
植物からの情報だとまだ二人とも無事です。」
ポーアの優しい諭しと頭を撫でられた事で落ち着きをクーシェは取り戻す。
「ごめん、なさい。取り乱し、ました。」
しゅんとするクーシェを見ながら、少し微笑む。
「いえいえ、お気になさらないで下さい。私達には私達の出来ることをしていきましょう。」
ポーアの声で励まされて魔力を感じる方の燃える森を見つめる。
「どうか、死なないで、下さい。ネスク、様、ミレド、様」
燃える森へと向かうポーアについていく。
二人が無事に作った家に帰ってくることを祈りながら前へと進む。