絶望がそこにいる
ネスクは振った刀と腕を下ろす。
龍はピクリとも動かない。
胸に刻まれていたキズが更に大きく広がり、
ポッカリと抉れ、そこから大量の血が吹き出す。それと同じく赤黒い霧が吹き出し、【聖域を守護せし霧】に触れ透明な空気に変換されていく。
「今度こそ、やった、のか?」
全身に脱力感が回り、更に酷い目眩がする。魔力が空になったことで頭がくらくらする。
これでやっと・・・・・・
我ヲココマデスルトハ人間ニシテハ
ナカナカダ、ソレヲ評シテ一瞬デ終ラセヨウ
「えっ?うっぐっ!!!」
ネスクが吹き飛び、木にぶつかり止まる。
「ネスク!!!!」
ミレドの声が木霊して届く。
「かはっ!!!うぇっ!!!一体、何が………」
血を拭いながら飛ばされた方向に顔を上げる。黒い人影が自分の元いた場所に立っている。
フム、初ノ試ミデイツモ以上ニ力ガ出ナカッタカ
男が一人いる。灰色掛かった長いボサボサの髪に褐色の肌、何より特徴的なのが奴の魔力。
邪龍の魔力と瓜二ついや、同じ魔力である。
ミレドグラルヲ真似テ人ニナッテミタガ上手ク力ノコントロールガイカヌカ
「マジかよ………」
額から嫌な汗が流れる。それもその筈だ。
先程まで倒したと思っていた敵がほぼ無傷でそこにいるのだから。
その上、こちらは魔力がゼロ。
その上、体に力が入らない。
男の後ろの龍の形をしたものが塵へと還る。
赤黒い霧が男の両手に集中されている。
コレデ最後ダ
我ノ肉トナリ消エ失ウセロ人間
片手を此方に翳すと霧が放たれる。
「うっぐおおお!!!」
霧から逃れるため何とか立ち上がろうとネスクはするも力が入らずに倒れる。
(くそっ!!!ここまでか………)
目を瞑る。
*****
「【聖なる光の盾・極光】」
その声が聞こえる。
目を開けると、ミレドが自分の前に立ち塞ぎ、その攻撃を凌いでいた。
しかし、その防御も虚しくミレドと共に自分も吹き飛ぶ。
「ぐっ!!」
「うぐっ!!!」
【聖なる光の盾・極光】が何とか霧を防ぎ切ると同時に消える。
二人は地面に叩き付けられて止まる。
死ニ損ナイガ!マダ抵抗する力ヲ残シテイタノカ
邪龍がそうぼやく声と共にミレドを一睨みする。
「そう簡単に死んで堪るか!!!」
立ち上がりながら切り傷だらけのボロボロの体でミレドは答える。
そして、小声でこちらに声を掛けてくる。
「おぬしは逃げろ。
おぬしがおっても邪魔なだけじゃ。
だから、‥‥ここは妾に任せてぬしはクーシェを連れて引け。」
その声に耳を疑ったが、ミレドの顔を見て真剣であることが見てとれた。
嘘では無いことが分かるが、しかし恐らくミレドでも奴には勝てない。
「ミレド、お前、死ぬつもりか?今の奴に勝てる筈がない。」
ボロボロの体でそう言葉にする。
「大丈夫じゃ!!!隙をみて妾も逃げるじゃから、ぬしも行け。」
満面の笑みでそうミレドは伝えてくる。
嘘だ、
今の奴に隙なんかできる筈がない。
何よりミレドも相当無茶をしている筈だ。
ミレドの姿からも分かるが、ミレドの魔力が弱くなっている。
「……後は任せたぞ、ネスク。」
そう言い残すと奴へと走っていく。
「ミレド!!!!!!!」
ミレドの小さな背が遠くなっていく。
この数ヶ月の思い出がまるで走馬灯の如く脳内を駆け巡る。数ヶ月。だったとはいえ、前世より、温もりを感じた。
――その温もりが過ぎ去ろうとしている。
もう失うのは、嫌だ。
もう何かが壊れるのは嫌だ。
もう誰か親愛なる者が居なくなるのは嫌だ。
ドクンと心臓が跳ねる。
そして、ズキリと頭が痛み軋む。
二人分の記憶とその思い出が脳内に流れ込む。そこでネスクは意識が闇に飛ぶ。
◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇■◇
―――自分の記憶を巡っていた。
ネスクは聖域から東の国、ヤグラシア共和国の東の外れに位置する小さな村、『ココロナ』で生を受けた。
兄弟は居なかったが、心優しい両親二人に囲まれてすくすくと成長した。
そして、彼が六歳の時に転機が訪れることになるとは誰も予期しないのであった。
次回と合わせてネスクの過去が明らかに。