彼方の記憶から
*
「しっかり、腰を入れて打ってこんか、大朏!!」
今よりもっと幼い自分に一喝。そして、容赦の無い突きが飛んでくる。どこぞの龍様と同じで子供に対して容赦ない。
防戦一方となり、ついには受け切れなくなる。
「うっ!」
受け身を取れず、尻餅を付く態勢で転ぶ。
「うぐっ!!」
頭に竹刀が振り下ろされる。思わず目を瞑る。
―――しかし、
いつまで経っても痛みはやってこない。
おそるおそる目を開けると寸止めされていた。
「早う、立たんか。」
「でも爺ちゃん、もう、限界。」
情けない声を上げる。まだ出来上がっていない体が痛みで悲鳴を上げる。
「もう根を上げるんか、そんなんじゃ守る者も守れんぞ。」
「でも……」
「限界だと思っても歯を食い縛って立て!!
限界はただの壁だと思え!!そして相手を観察するんじゃ!!そうすれば自ずと道が切り開く。壁は越えて行け!!」
「全く意味が分からないよ、爺ちゃん…」
「がっはっは。その内分かるさ、その内な。」
豪快に笑うその老人の顔は楽しみな物が出来たかのように嬉しそうだった。
*
「あれは……」
幼い大朏もとい自分の記憶だ、それも遥か彼方に置き去りにしていた。
「今なら何となく分かる。」
懐の袋からある物を取り出す。
―――グレープだ。
【調べ物】に読んだ説明に確かこう記されてあった。
一時的に元の力を引き出す。と、
皮を剥き、口に入れる。ブドウの控えめな甘さに酸味が効いて骨に染みる。
そして、力が沸き上がる。
足に力を入れ歯を食い縛って立ち上がる。
「【構造具現化】」
剣を出して、杖にしながら前へ進む。
そして、獣を見上げる。まさしく、巨大な壁である。
「さあ、第二ラウンドだ!!」
答えられる筈のない獣に向かって言う。
「【身体強化】&【加速】!!!」
身体強化に更に加速を加える。
更に、
「【付与聖】!!」
全身武装して駆け出す。
グンギャヴワワ!!!!
黒いモヤを飛ばしてくる。モヤを斬り進む。
ここは≪森≫。その利点を生かして木と木の間を通り抜けて進んでいく。
獣の前まで来ると、再びあの薙ぎ払いが来る。
後ろへ飛び横へ走る。
モヤは止むことなく、自分目掛けて飛んでくる。まるで、銃弾の雨の中を突き進んでいるかのような光景だ。
避けて斬りつけ、近づく。そして、薙ぎ払いを避けるを繰り返す。ヤツを観察する為だ。
―――そして気付く。ヤツの動きに。
動きの後、次に動く際に隙が出来る。
そして、観察して分かったことがもう一つ。
どうやらヤツはある場所を庇いながら攻撃してくる。
一旦離れる。
「すぅ、はぁ……」
木の背後に隠れて深く吸って深呼吸。
「よし。やるぞ!」
右手に持っている剣。それとは逆の左手に意識を集中する。
「【構造具現化】」
目に見えない剣。その対となる剣の鞘。
その鞘が左手に出現する。
剣を納めて腰の部分まで両手を添える。
柄を持ち片足を一歩後ろへ。
―――いわゆる居合いである。
「【身体強化】、【加速】」
足に【加速】を掛ける。
魔力の量的にこの一撃が最後に近い。そして、
地を蹴り盾にしていた木から飛び出して走る。
出るとすぐにモヤが襲い掛かる。
「【霧】」
ネスクの体から霧を発生させる。
辺り一面。霧で真っ白。
黒いモヤが標的を見失って乱射される。
そんな中、ネスクは【探知】で敵の場所と攻撃が分かる。
飛んでくるモヤを避ける
避ける 避ける 避ける 避ける
全てを避けていき、ヤツの目の前にたどり着く。
前足を大きく振りかぶり叩きつける。
獣はネスクの動きに警戒して身を固めていた。
ネスクの体は足の下へ
―――だが、
下敷きになった筈のネスクが足の横から姿を現す。それを薙ぎ払う獣。ネスクの体が掻き消える。
だが、またしても―――
薙ぎ払った足を飛び越えた様に姿を現す。
「名付けて【朧月】」
春の月が見え隠れするようにネスクの姿が現し、それを敵が攻撃すると、掻き消え、再び姿を現す。
ミレドが見せた幻影魔法と光魔法を応用した技をネスクが自分なりに改良した応用魔法である。
【霧】と【身体強化】さらに【加速】を掛けることでできる合体魔法。
そして、その時が来る。
ネスクが獣の懐へ潜り込み、
「【付与聖】【斬】!!!」
居合いを抜く。初めに攻撃を加えた胴体へ。
――そう、あの時。
ダメージが通っていないように見えた。しかし、ダメージは確実に通っていた。ヤツが庇いながら、攻撃していたのがその証拠だ。
手応えはある。
しかし、致命傷には至っていない。
ウオゴグギルゴオォォォォォォ!!!
獣の叫びが反響する。
それは痛みに対する叫びなのか、斬りつけられた事に対する怒りなのかは分からない。
だが、この時。転生して修行を始めた成果が表れた瞬間であった。
今回少し長くなりましたが、激戦が続きます。
次回、決着です。この後、もう一本、上げます。