絶望、そして喪失
‥‥‥二人の会話を聞いてしまったあとから家に帰るまでの記憶がない。
どのようにして帰ったのか覚えていない。
気が付けば、家の前に立っていた。
鍵を開け靴を揃えず脱ぎ去り、二階に上がる。自分の部屋に入ってベッドへ横になる。
―――知らなかった。
孝希が恵のことをずっと好きで。
俺と一緒にいたいた事を……。
そして――、
好太郎が俺の今の現状を知っていた。
知っておきながら助けようしない。
―――どうやら、アイツらにとって、
俺はどうでも良い存在なんだろう…。
正直な所、俺は恵のことをどうも思っていない。幼馴染みとしてはずっと好きではいるが、どちらかというと妹のように思っている。
最近は三人に連絡を入れても返事が帰って来ない。そんな日々が続いていた時に今日の二人の会話であった。
―――なんかもう。‥‥‥‥疲れた。
それを最後に。俺の意識は暗い暗い闇の中に手放した。今日もバイトが夜に入っていた気がするが、今はこの唯一の安らぎの中に居たい。
*
―――どれくらい寝ていたのだろうか‥‥。
視界は暗転したままで意識だけが先に夢の中から浮かび上がって来た。その時、鼻を指すような何か物が焼ける臭いがする。
‥‥‥‥ん、何か焦げ臭い……。
焦げ臭い匂いとともに暗転したいた視界が開ける。
――まだ眠い。
十分な睡眠を取っていないせいで目が開きづらい。目を擦りながら、ふらつく足取りで一階に降りる為に自分の部屋のドアノブを回す。
「うっ。げほっげほっ。」
開けた瞬間、黒い煙で視界が遮られ穴という穴から煙が入ったせいで咳き込む。目が痛くて涙も止まらない。
「げほっげほっ。一体何が‥‥‥‥なっ!?」
その光景を見た瞬間、意識が完全に覚醒する。一階は辺り一面が火の海と化していた。
呼吸を止め、急いで二階へと戻り脱出手段を探す。
―――駄目だ!!逃げ場がない!!
唯一の窓も外にはゆらゆらと揺れる炎が立ち上っている。何とか逃げられないかと考える。
瞬間に、閃いて。カバンに入れていたスマホを取り出し消防署に連絡しようする。
「げほっげほっ!!」
煙で咳き込む。そして、目に染みる。
しかしそんな事で手を止めるわけにはいかない。そう思いながらスマホを弄るも、手が止まる。
‥‥‥‥一通のメールが届いていたことに気付いた。
その宛名は、あの父からだ。
『久しぶりだな、大朏。
お前がこのメールを見る頃にはお前は火の中だろうな。俺は今、色々あって借金をしている。
最後くらいは俺の役に立って貰うぜ。この際だからぶっちゃけるが、俺はお前らのことが疎ましくて仕方がなかった。
飲みたい時に酒は飲めねえし、煙草も吸えねえ。―――やれ、働け!やれ、煙草をやめろ!
やれ、金を使うな!
鬱陶しくて鬱陶しくてしょうがなかったんだぜ?くそジジイがぽっくり逝って、あの煩い女が出て行ってやっと目障りなお前らから解放されたと思ったらお前が其処に残りやがった!!それならいっそ、家ごと何もかも燃やしてやるよ!じゃ・あ・な・!!あの世で元気にやれよ!!』
「‥‥‥‥。」
―――右手で持っていたスマホが床に落ちた。
サイレンが響く音、そして、外が騒がしい。
誰かが消防車を呼んだのだろう。この規模の火災だ。野次馬が集まってきたのか下は人だかりが出来ていた。
逃げ場が無い密閉空間であの陽だまりと感じていた生活が偽りという名の火に焼かれていく。
この家と共に‥‥。
嘘だ……嘘だ。嘘だ。嘘だ!嘘だ!嘘だ!!
―――『嘘だ!!!』
心が『嘘』と叫んでも燃え盛る炎が現実を告げる。目から涙がこぼれ落ちる。
―――それは、幼なじみに裏切られた涙なのか。
―――感じていた『家族』が偽りだった涙なのか。
―――はたまた、
夢が儚く砕け散った涙だったのか。
もうその答えは自分でも分からない。
ただ、自分の中で何かが崩れ去り、必死に留めていた物が何もかも砕け散った。
警告を鳴らす生存本能をも簡単に…。
扉が熱風によって、吹き飛ばされるのを最後に、暑さも音も何もかもが消えた。
―――その日、一人の少年の人生が幕を閉じた…。
『裏切り』と『偽り』そして『希望』を全て何もかも打ち砕かれ、炎に呑み込まれて消えていった……。
次回から転生してからの話しです。