そして歯車は回り出す
<某、王城にて>
とある王城の玉座の間にて。寝静まる時間帯にも関わらず、沢山の人が集められていた。
先頭には段の付いた先に設置された大きな椅子。『玉座』に、王冠を頭にのせ白い髭を生やしたふくよかな体型。穏やか優しげなお爺さんが玉座に腰掛けている。
玉座と向かい合うように人々が頭を垂れている。『貴族』と呼ばれる人達。
誰も彼も。国の王に拝見しても問題無いきらびやかな衣装に装飾品を身に付けている。
バタンッ!!
広い玉座の間に設置された唯一の扉が勢いよく開け放たれた。広い天井に比例して大きく取り付けられた扉から甲冑姿の男性が慌てた様子で中に入ってくる。
息を切らしたその姿。慌てているせいか頭のヘルメットを脱いでいない。それに剣を帯刀したまま。急いでいたことが伺える。
甲冑姿の男性は王の正面へと続くように避けられた道を通る。そして王の御前へ進み出る。今思い出したのかヘルメットを取り外し剣を床に置いて頭を垂れる。
「ほ、報告‥‥しま、す。」
肩で息をしながら呂律が回らない。誰もが男に白い目を向ける中、一人の貴族が立ち上がり言葉の続きを遮る。
「無礼者が!!国王陛下の御前であらせられるぞ!!もっと静かに入ってこれないのか!!」
「セリザスよ。コヤツも急いでおったのじゃろうその辺にしておけ」
怒鳴り付けるセリザスと呼ばれる国の重鎮の一人を、見た目通りの穏やかな声音で王が宥める。
「しかし、陛下‥‥!」
「緊急なのであろう。この者は儂らのため。
この国のために、その命を捧げて忠誠を誓ってくれておる。急ぎとあればこのような場の無礼も考慮してやれ。
して。何があった?」
「はっ‥‥。この無礼。深くお詫び申し上げます!!辺境の警備兵より緊急の連絡です。
西の聖域との国境付近で『黒い龍』を目撃した報告がありました。」
周りの貴族達はざわつき出す。それも仕方がない。この世界で『黒い龍』といえば、
‥‥一体しかいない。
「あの古の黒い龍か‥‥?」
「聖龍様によって眠りについたと聞いたが。」
「なぜ今なのだ……」
皆が口々に言い出す。セリゼスが再び声を荒げようとしたところで陛下が皆に右手を少し上げる。広がった動揺がピタリと止んだ。
「して、その龍は今はどこへ?」
「はっ。報告によりますと、そこから南へと飛び去ったとの知らせ。
目撃されたその付近を調べた所。"村"と思われる場所を発見したとの報告です。」
皆がその回答を聞いて首を傾げた。
だが、この場で無断に口を挟む事はご法度。下手をして斬られても仕方がない。
「思われる場所とはどういうことだ?」
皆の疑問への回答を汲んだように陛下が兵士へ問い掛ける。
「既に破壊され、焼き払われた後とのこと。
生存者も発見には至っておりません。」
その事実は皆の不安を煽るような物。この国の村一つが一夜の内に滅んだのだ。
「ふむ。報告ご苦労であった。下がってよい。
後の決定は後日早馬で知らせよう。」
「はっ!!」
甲冑の兵士は立ち上がると足早にヘルメットと剣を床から持ち上がり来た道を小走りで去っていった。
後には沈黙が広がる。
―――不安、疑惑、戦慄。
重い空気が広間に充満していく。
「陛下、発言をお許しください。」
その沈黙を破るように一人の男が口を開く。
「許そう。して、どうしたヘレンティスよ。」
ちょび髭に金髪に青い瞳、体格は鍛えているのかガッチリとしている。『ヘレンティス』と呼ばれた男は面を上げる。
「我々が集めらたのは、その黒い龍のため。
なのでしょうか?」
「否。黒い龍については予想外であった。
本題に入ろう。彼の帝国についてである。」
どんよりとした空気がざわついていた空気に変わる。ピリピリと的を打ち落とせるような空気。
「龍の件について我々はどういたしましょう、陛下。」
セリザスが龍についての処遇の確認を取る。
もしも、という可能性も合ったためだ。
「聖龍様が動くであろうから任せようぞ。下手に首を突っ込むと返って被害が甚大となる。我々は帝国に力を入れよう。」
穏やかな王。それが彼の王。だが、人々から囁かれる王の噂はこうである。
―――『賢王』
先代の王達と比べてみても、
現王は『王、足りうる器』を充全と兼ね備える。それは皆が認める事実。
彼の下した判断に皆は納得する。
「帝国で何か動きがございましたか?」
ヘレンティスが話題を帝国へと戻す。
「密偵からの情報である。どうやら、魔族が絡んでいるらしい。」
再びざわつく。
今度は先程より比べ物にならないほど激しく。そして、
怒気の籠った言葉があちこちから浮き出る。
「あの死に損ないどもが!!」
「まだ我々に歯向かうつもりか!!」
「今度こそ、滅ぼしてくれようぞ。」
「静粛に!!!」
白髪混じりの年老いた人物が場を静める。
再び静寂となる。
――場を沈めたその老人もまた。この国ではその名を知らないという者は誰もいない。
「して。陛下いかほどにいたしましょうか?」
「エルメスか。恐らくヤツ等は、何らかの方法を使い再び"魔王を誕生させよう"としているのだろう。そこで・・・・・。」
『召喚魔法を使おうと思う。』
召喚魔法
人間が編み出した魔法。異界から様々な物を召喚する魔法である。大規模になれば、人を呼び出すことも可能。異界から呼ばれた者は強力な力を宿していることが多い。
「成る程。ではこのエルメスめに、お任せください。」
「『大賢者』であるそなたに任せるのが安全であるか。この件はそなたに任せる。していか程、時間が掛かるのか?」
エルメスと呼ばれたその人物。国の中で彼に勝る者はいない。魔法を極め、ありとあらゆる魔法を自在に操るその老人に敬意を称して名付けられた称号。それは――陛下公認、である。
「魔力の関係もありますれば、‥‥時間にして『一年』頂ける事を進言いたします。」
エルメスは上げていた頭を再び垂れる。
「一年、か。‥‥良かろう、では。
ヘレンティス公爵、セリザス公爵。貴殿達もエルメスに協力して召喚魔法を手伝うように。」
「「「御意」」」
「では。これにて解散とする。」
とある王城で開かれた会議は終わりを告げた。会議を終わった後、暗闇に紛れて一人の人物が呟く。
「ついにこの時が……。アイツらを使おう。これでやっと……」
時代の歯車が回り始める。止まっていた時間が『黒い龍』を皮切りに流れだす。
時代が波乱を含んだ時代へ。
国も人も龍も、全てを巻き込んで回り始める。
―――チク タク チク タク チク タク
ボーン ボーン ボーン ボーン