また
今私たちは王都にきている。
もちろんお忍びである。
「ほら、無事もわかったし、インクも紙も見たし、帰るぞ」
少し焦ったようにいうヴィゴに申し訳ない、と思いつつ、最後のお願いをする。
「ここ図書館とかない?」
「・・・・・・お、ま、え、なぁ」
ヴィゴの目がすわってる。
そりゃそうですよね、王都来るだけでも嫌でしたもんね。
「お願いします。本を見たいんです!」
うちには本はない。
というか最寄りの街にもない。
やはり本は高価なものらしく、そこらへんじゃ見かけもしない。
「図書館なんて気色悪いとこ行くかよ。帰るぞ」
「き、きしょく!?」
無理やり私の腕を掴み、ずんずんと歩き出す。
「ちょちょちょちょ、ちょ、ま、気色悪いってなに!?え、そんなダメなの」
「お前の世界の図書館がどうだか知らないが、少なくともこの国の図書館は貴族御用達のショウカンみたいなもんだ。嫌だろ」
「ショウカンって、あのショウカン?」
「そうその『娼館』」
マジか、その娼館か。
なんか、文化の象徴かと思ってたけど。
いや、娼館も文化の象徴といえばそうだけどさ。
俗世の。
「じゃあ本とかないの。てかなんで図書館なんて名前付いてんの」
「本はあるさ。だが本を読むなんて趣味は貴族しか持っていない。贅沢と欲望に溺れた野郎どもが日常と少し離れた場所、しかも密室に凝縮されたらどうなる。そうなるだろ」
確かに。
とはならないよ!?
つまり、図書館はもともと私の知ってる図書館ではあったが、ときをへて男女密会の場、いやそういう場になっていってしまったということか。
無茶ありすぎんだろうが。
「まあ、そういう場所なら仕方ないね。帰る」
「わかってくれて何よりだ」
そうこうしているうちに城下町の外れまでやってきていた。
家の方向に出る乗合馬車を探していると、だれかに呼ばれた気がした。
「おねえちゃん!」
名前は呼ばれていないのに、なんだか自分が呼ばれているような気がする現象だ。
あたりをキョロキョロしていると、ぽんっと足に衝撃が。
下を見下ろすと、あの迷子、ココちゃんが足に抱きついていた。
「こ、ココちゃん!?」
私の小さな叫び声に、ヴィゴもココに気がつく。
「な、どうしてここに」
といったが、ココちゃんは王都に住んでるんだし、会ってもおかしくない。
「今日はねえ、おじさんとお買い物!!」
そういってココが振り向いた先に、あのなんとなく嫌な笑みをつけた黒っぽい男がたっていた。
「あ・・・・・・」
「これはこれは、お久しぶりです。王都へはお買い物ですか?」
だんだんと日が落ちて、暗くなり始めているのも相まって、男、ユヒド がとてつもなく奇妙なものに見えた。
「まあ、そんなところです。いま帰るところでして」
「そうなんですか!引き留めてしまって申し訳ない。こらココ、もうお姉さんとさよならしなさい」
「えー、もうバイバイなの?」
ゴメンネーとかいってたら、後ろから肩をガシッと掴まれた。
「じゃあ、俺たちはこれで」
それ以上会話を進めることもなく、ココを私から引き剥がし、ヴィゴはちょうどやってきた馬車に乗り込んだ。
いや、ちょっと失礼すぎないか、あのおじさんに。
馬車は急いでいるらしく、私が窓から顔を出そうとする前に走り出してしまった。
というか中にぎゅうぎゅう押しこまれ、割と混んでいる馬車の中で動こうとは思わなかった。
少し珍しい乱暴なヴィゴに疑問を抱く。
「どうかしたの」
ヴィゴは明らかに不機嫌だった。
・・・・・・これは、どれが原因だ?
「図書館の件は悪かったって」
とりあえず、思い当たる節を謝る。
しかし、ヴィゴは「こいつ何いってんだ?」みたいな顔をした。
なんだよチクショウ。
「違う、そこじゃない」
「じゃあココ?」
「そいつも嫌いだが、問題は後ろの男だ」
あのへんなおじさんですか。
「あいつ、知ってる。ゲゴミの犬だ」
「ゲゴミ?」
ヴィゴが小声で喋るので、自然とこっちも小声になる。
なんだ?
やばい話?
「まあ犯罪組織だ。くそ、なんであんなとこにいんだよ」
見た目は平静だが、イライラしているのが伝わってくる。
結局ゲゴミなんちゃらのことは空気的に聞けずじまいだった。