脱出
30人召喚された勇者のうちのひとり19歳の小娘ナナは、召喚に胡散臭さを感じ、城から脱出する。命からがら逃げ出したナナを拾ったのは木こり(仮)の青年ヴィゴだった。薬の対価としてナナはヴィゴに絵を送るが、この世界では絵とは気軽に描いてはいけない、いや描けないものだった。
逃げた勇者を追う王国、魔物も貴族も狩る山賊一派、絵を禁ずる教会寺院、木こりと言い張るが絶対に違う青年に、禁じられた絵を描く行為を平気でする逃亡勇者が出てくる日常をどうぞ。
今現在、私はかなり危機的状況にある。
「では勇者の皆様方は、こちらへ。お部屋をご用意しております」
巫女らしき女性が案内を始め、30人規模の塊が動き始める。
「お部屋で休んで頂き、時間になりましたらディナーへご案内します」
なりたて勇者たちは皆上機嫌で、どんな部屋かとか、どんなものが食えるか、など有頂天で盛り上がっている。
「お部屋は三人一部屋となっておりますが、プライベート空間はしっかりと確保されておりますのでご安心を」
面識もお互いないので、特にもめる事もなく廊下に沿って作られた部屋に片っ端から入れられて行く。
「ここが端のお部屋になります。どうぞごゆるりと」
そういって閉められた扉を豪奢な部屋の中から見つめ、私は冷や汗をたらりと流した。
もう一度言おう、私は今、危機的状況にいる。
「えと、かなって言います。23歳です。よろしくお願いします」
「私はみれいです。よろしくね!あ、18歳!」
キラキラふわふわな女子二人に見つめられ、少し緊張する。
「チエ、といいます。ハタチです。よろしく」
全部嘘です。ごめんなすってぇ、嬢さんがた。
自己紹介も終わったところで、私は疲れたからといって早々に中央のソファースペースから離れ、自分のベッドに向かった。
厚い天蓋を閉めきり、ベッドのうえであぐらを組む。
一人しか寝ないベッドといっても、さすが金持ち、一人暮らしの私が普段使っているベッド四個分はある。
窓のカーテンは閉めていないので、ベッドの上に窓の形の光が落ちこんでいた。
外は曇りなので、白く冷たそうなものだった。
窓横の壁にもたれかかり、腕を組んだ。
考えるときはこの格好に限る。
(さて、どうやって抜け出そうか)
想像する難易度に、自然と眉間にシワができた。
説明しよう!
なぜ私がすぐにでもこの城から抜け出したがっているか。
つい先ほど私を含む地球人三十人前後は、魔王討伐のためこの世界に召喚された。
一見混乱する私たちを気遣うように、しかしよくみれば有無を言わさない強引な手口で、この城の者たちは、召喚者を自分たちの計画に乗らせたのだった。
しかしハナっから私はそんな血なまぐさい事したくないし、なぜそれに無関係な異世界の私たちを巻き込むのか理解できない。
さらに王族となのる野郎ど・・・・・・失礼、方々が「我らに召喚されて光栄であろう、十分にその命を捧げるが良い」というようなことを言ってきたので、好感度はゼロ通り越してマイナスである。
そんな状況から私が逃げ出したいと思ってしまうのはしょうがないだろう。
さらに私が逃亡を決意したのは、その後である。
一通り話しが終わったところで、メイドたちから「ウェルカムドリンク」をもらった。
匂いは完全に酒。
色からして赤ワインだろうか。
巫女はそれで乾杯しましょうと言って勧めてきた。
しかし私は19歳、未成年なのでお酒は飲めません。
と、口をつけるフリのみにして、唇はキュッと結び、飲むことはなかった。
30人もいればバレないだろう、とドキドキしながら構えていると、周囲に違和感を感じた。
先ほどまであたりを包んでいた「どうしよう」という不安げな空気が、一気に「やってやろうじゃないか!」という、半ば狂気にも似た歓喜に変わったのだ。
もう、ワインしかないじゃないすか。
薬、いれたでしょ?ねえ。
そう思って人の隙間から巫女を伺う。
予想通り、巫女の顔にはしてやったという笑みがありありと張り付いていた。
うーわ、こっわ。
飲まなくてよかったー・・・・・・。
その時、隣の男にガッと肩を掴まれ「なあ!やるよな!俺たち!頑張ろうぜ!」とか言われたものだから慌てて「ええ!やりましょう!!」と満面の笑みで返した。
これでカモフラージュはできた。
完全に不意打ちだったがな。
とまあ、その後は最初に戻る。
(それと、あのメイドたち・・・・・・)
あのウェルカムドリンク(薬in酒)を配っていた数人のメイド。
神官や巫女の話からしてかなりの大技である召喚を行い、何人もの勇者召喚が成功したにもかかわらず、それに接するメイドの顔からは緊張も畏怖も、安堵も感じられなかった。
(どちらかというと、・・・・・・諦め?)
今思えば仮にもお客さんに対して、あの表情はないだろうと思ってしまうようなぶすっとした顔をしていた気がする。
いや、全くの気のせいということもあるのだが。
兎にも角にも、ここにいれば魔王のために簡単に死んでも構わない状況になる。
何かを殺すために力を押し付けられ、さあ行って来いなど死んでもごめんだ。
そんな世界どうでもいい、さっさと市井に紛れ込んでしまおう。一般人として。
しかし、警備か監視か、廊下を始め王城には多くの兵が配置されている。
それに巫女が魔法か何かを使えるとすれば、脱走者用のトラップも仕掛けられている可能性もある。
情報が全く無い今、動くのは得策では無い。
そこまで考え、やってられないとベットにゴロンと転がる。
窓の外をハトぐらいの大きさの鳥が飛んでいった。
あ。
「思いついた!!!」
バンッと起き上がって天蓋を蹴破るようにして飛び出すと、仰天する二人を放置し、部屋の扉に一直線に向かった。
深呼吸をひとつし、扉をそっと開けてみる。
予想どおり、一つの扉に対し一人といった具合に兵が立っていた。
何か言われる前に「すみません」と声をかけた。
扉の前の兵は少し怪訝な様子で「なんでしょうか」とこちらに向き直った。
「あの、ディナーまで時間はありますか?あるなら、能力の練習をしたいのですが」
そう、能力開発というものがあるじゃないか。
これを口実に部屋から出られれば、情報収集、運良く脱走もできるかもしれない。
「魔導力の鍛錬ですか?・・・・・・少々お待ちください」
兵は少し早歩きで廊下を去っていった。
自分が授かったという能力、ここでは魔導力というらしいが、「妖刀召喚」というものがあるとわかった。
おそらくこの世界に来るときについたものだろう。
召喚されたとき、巫女の持つ魔導を測定する水晶で、あなたはこんな能力を使えますよ、と教えられた。
あれが正しければ私の魔導力は攻撃に特化したものであり、ただし身体の能力をあげることはなさそうなため、自身での修練が必要になるだろう。
剣の修練なのだから、あわよくば外に出させてもらえないだろうか。
そんなことで頭をいっぱいにさせていると、先ほどの兵が戻ってきた。
「外の修練場をお使いください。護衛をおつけするのでご安心ください」
・・・・・・妙な真似はできない、が、様子見ぐらいはしてやる。
と、いうことで人払いがされた訓練場にて。
「ほら、俺のいった通りだろ」
側から茶々を入れて来る男にうなずき返す。
「他の連中はステータス画面だとかなんだとか探しまくってるけど、実際はめんどくさいものだよね」
そういって目の前の涼しげな男、亮一はクスクスと笑った。
あのあと、兵士に連れられ廊下を歩いていると、まるで見ていたかのように男、もとい亮一が部屋から出てきて、自分も、といってやってきたのだった。
そして悩む暇もなく、亮一から魔導力の発動方法を知らされた。
「亮一、サン、はよくわかりましたね、魔導の発動条件」
そう言いながら左腕の切り傷を見る。
そこはすでに包帯が巻かれており、浅いものだったため痛みも薬草で簡単に抑えられていた。
「うん、わかってよかったよ」
そういうことを聞きたいわけではなかったのだが・・・・・・。
亮一の顔をじっと見つめ、ふいっとそらす。
「そうですね。これで安心できました」
「脱出に役立つもんね?」
う・・・・・・お?
(逃げ出す気であることは一言も言っていない!?)
なんと返せばいいかわからず、固まっていると、亮一は「もっと自然にして」と言った。
「落ち着いて、僕は賛同派だから」
そういうと亮一は体の位置を少しずらし、付近でこちらを伺う兵士の目から私を隠した。
何をする気だ?
「逃げるなら今だ。おそらく洗脳は今夜のディナーでも行われる。君も今度こそはアウトだろうね」
「いや、でも、まだ方法が」
「方法はなくてもいい。強行突破だ」
「んなっ!?」
希望は今日中の脱出だったが、まさかこのタイミングで!?
「私はなんの案もないです。亮一さんはなんかあるんですか?」
情けないが、何も思いついてないことにはしょうがない。
亮一に助けをこう。
「僕がサポートする。その代わりになんだけど・・・・・・」
え?なんか見返り必要!?
ちょっと待って、私何も持ってないし何もでき
「兄さん、て呼んでもらえる?」
「へ?にい、サン?」
「そ、あとタメ」
それは、ある意味高度な要求・・・・・・
「ね?」
「わかっ、た。・・・・・・・・に」
なんで兄さんなんだ?
「に?」
いや、いいんだけど、でもなんか恥ずかしいというか
「・・・・・・・・・・・・・・あにい」
私のバカあああああああああああああああ。
兄いなんてそんな天然記念単語捕獲するんじゃねええ
恐る恐る亮一を見る。
あ、なんかよかったみたい。
「亮一兄いか。いいね!新鮮!」
「いや、なんで兄?」
ホクホクしている兄ぃに尋ねる。
「元の世界の妹の存在を忘れないため」
なるほど。
え、じゃあ兄いじゃなくてお兄ちゃん!とかの方がよかったのか?
いや、それはそれで無理だな。
恥で爆散する。
「じゃ、そろそろ始めるよ」
「あ、うん、え?」
だめだ、この人独特のテンポがあって合わせにくい。
「この先まっすぐ行くと城下町との間にお堀があってその向こうに壁がある。その向こうはお堀だ」「なるほど。・・・・・・え、無理じゃない?」
「大丈夫、まず手前のお堀にダイブして」
「ダイブ」
「そしたら底の方まで泳いで。かなり強い水流があるからそれに乗って」
「お堀に水流」
「数分したらどっかに出るから」
「どっか」
「あとは自力で」
「自力」
「いいね?」
うあ・・・・・・、は、はい。
目が笑ってねえ。
え、ちょっと待って、兄いは?
「兄いはどうするの」
すると兄いは両手をあげると、ぽんと手を叩いた。
「はい、3」
え
「2」
そういう
「1」
ことか!?
「走れ!!!!!!」
全身の筋肉を総動員し、その場から跳ねるように飛び出した。
ドン、と体に衝撃が走った。
走った。
訓練場を抜け、防風林を駆け抜ける。
後ろのことは何にも見てない。
とにかく走った。
崖が目前に迫る。
躊躇わずに飛び込んだ。
ダバンッとかなりの衝撃と水に体が包まれる。
飛び込んだ勢いで沈んだ体に、何かが当たった。
水流だ。
巨人の手かと思うぐらい強引に、グワっと体が持ってかれる。
そのまま浮き上がることなく流れに飲み込まれた。
(なんでお堀なんかにこんな水流がっ!?)
体験したことのない速さに恐怖がにじむ。
(という、か・・・・・・、息吸うの・・・・・・忘れたアア!!!!)
終わった・・・・・・な。