「甘いケーキの隠し味」 ~みんなのケーキは可愛く見える!?~
小説作りが初めてで、普段脳内に思い浮かぶ映像を思い切ってアウトプットすることに挑戦しました。
はじめての探偵モノです。よろしくお願い致します。
僕の名前はフェリス・ライブラリア。甘いお菓子と美味しい紅茶がだーいすき! お洒落はいつも意識してて、ツインテールのリボンはいろんな色を揃えてあるんです! 好きで毎日違う色にしてるの、気づいてくださるお客様がいらっしゃるので…嬉しくて笑顔が溢れてしまうのですよね。
おっと、お客様というのはですね…僕の自宅は都内でも駅から数分。大通りから外れておりまして。ここは僕のケーキ屋さん、「甘いケーキの隠し味」なんです! ホールケーキのような仕上がりで、屋根にはロウソクとイチゴを乗せていて、ロウソクの火はLEDライトを詰めてあります! ドアはケーキの断面になるように、イチゴとクリーム、生地の層で仕上げているのですよ!
幼い頃からお菓子を作るのが趣味で、お客様が召し上がった時の笑顔…僕も幸せな気持ちになれるから、自分のお店を建てようと決めたんです。お父さんもお母さんも僕の夢を応援してくれて、ようやく夢を叶えることができて、駅からちょっと歩く場所なのに、沢山のお客様がお店にいらっしゃるようになりました!
そうそう、一緒にお菓子を作る仲間も集まってくれているんです。
彼は久遠 葵くん。休み時間はいつも眠そうにしているのですが、働く時間とお菓子を食べる時間はテキパキ動く方なのです。変にギラギラしてないし、落ち着いてまったりしたお店の雰囲気に合っているし、お菓子の評価を厳しくしてくださる方なんです! 一緒にお菓子作りをしてみたいのですが、頑なに食べる側なのですよね…
鋭い視線で果物を切っている彼は、ラーク・バーグさん。背が高くて、立派な筋肉、顔に傷跡があるのがちょっと怖かったんですけど、その包丁さばきやお菓子にかける情熱が素敵で、ケーキ作りの対決をしたこともあるんです。あの時見せてくれた笑顔…ふふ。重い物も軽々と持ち上げてくれる頼れるお兄さんですね!
3人で店番もお菓子作りもローテーションしてるんです。二人はあんまりお洒落に興味がないのか、ひとまず。 白いシェフの服を着てもらっているんですよね。だけど僕は女の子用の特注制服! スカーフやスカート、帽子に色違いを用意して頂いております!
そして本日定休日! 新しいお菓子を作って、お互い評価し合う日なんです。葵さんは…食べる専門みたいなんですけど。僕はしばらくスランプ気味で、毎週納得のいく作品ができない…今日こそ気合を入れて頑張ります!
…
…
…
「食べる専門は幸せだなぁ、うん、本当に」
「葵さん、毎回美味しそうに召し上がりますよね……お味、いかがですか?」
「うん、美味しいよ。けど果物の酸味がもう少し欲しいかな」
くぅ、真顔ですね! でも、いつも葵さんの評価は参考になります。実際変えてみたら売れ行き良かったですし!
「タルトにちょこんと、ゴールドキウイ。濃厚なクリームのあとにふわりと広がる香り。私は大好きですよ。いいですね」
ラークさんも美味しそうに召し上がって、果物の評価まで…本当に嬉しい。
「パリパリとしたビターチョコと、ミルクチョコのクリームが合わさり…濃厚ですね!」
「今回はチョコレートな気分だったものですから…ありがとうございます」
ラークさんのチョコケーキは絶品すぎます…見た目も可愛く切り株風…どうやってクリームを盛り付けたのかな…精進しないといけませんね!
さてさて、後片付け…あれ、扉の鐘が鳴ってる、定休日のお客様ということは…
「フェリスちゃん!フェリスちゃん!」
「はぁい、おはようございます!」
「あ、おはようございます! …えーっと、えと…」
小さな小さなお客様。小学生くらいの女の子…僕と同じツインテールだ、うーん、かわいい!…とても不安そう…目線は同じ高さにするべきですね。
「あの、あの、キラキラえがおが、かくしあじ!」
「えっ!…ふふ、失礼致しました。いらっしゃいませ。お客様、こちらへどうぞ」
・・・ふふふ。その、隠し味、の事なのですが。
実はお店の地下に探偵事務所を開いているんです。
知る人ぞ知る、お菓子屋さんの名探偵。いつも定休日に、「キラキラ笑顔が隠し味」を合言葉に、困っているお客様を待つのです!
「ユミちゃん、ユミちゃんがいないの!」
…よりにもよって誘拐事件…!? 僕たちには少々ハードルが高い問題かもしれません…でも困っている子供のためです!
「あの、二人共…ラークさん、顔、顔! 怖がってしまいますから…」
「大丈夫! 私達に任せてくれたまえ!!」
「落ち着いてください、ラークさん。ひとまずお話を聞いてみましょう」
腕力で解決できるような問題ではありません。まずは状況確認といきましょう。
「まず、貴女のお名前はなんですか?」
「あすか…小林明日香っていいます、小学2年生です」
「じゃあ、明日香ちゃん、ユミちゃんは何歳?」
「6さい。6才の女の子なの」
「その子が好きなこととか、あるかな?走るのが好きとか、甘いものが好きとか!」
「うん、ユミちゃんは散歩が好きでね…いつも…走り回ってるの…」
「へぇ!元気な子なんですね! とくちょう…見た目とかわかる?」
「くるくるした…黒い…ぐすっ…毛で…ぐすっんくっ」
「ああ、ごめんね、大切な家族ですものね。大丈夫、必ず私達が見つけます」
ラークさん、眉間が山脈のように険しく…お願いですから大きい声は出さないでくださいね…
「小林様! 学校や警察には連絡したのですか!」
「もう、ラークさん、もっと簡単な日本語で。まだ2年生の女の子ですから」
「ああ…それは…失礼した。……カンタンなニホンゴ…とは」
「ええと、また明日香ちゃんが落ち着いてから聞くことに致しましょう」
「そうですな。では私は公園を歩き回ってみよう。いつも行くお気に入りの場所があるかもしれん、ここはフェリス君に任せます」
「待ってください、メモをもう一つ用意致します」
「癖っ毛、元気な子なのだな、よし…夕刻にはもどります」
「ラークさん。犯人を勝手に決めつけるとか、やめてくださいね…きちんと証拠が集まってから。お願いします」
****フェリスのメモ帳****
名前「ユミ」
6歳の女の子
髪の毛は黒で、くるくるっとしてる
趣味は散歩
****************
「…そうですか。警察にも先生にも連絡している…4日間も居ない…」
本物の誘拐事件に立ち向かうなんて大人になっても怖い…どうしたらいいのでしょうか。ラークさんったらすぐ外へ出ちゃうし、葵さんは眠そう…僕がするべきことは…
「ふぁあ…フェリス、いちごみるく買ってくるわ、またあとで」
「えっ、置いていくのですか、こんなときに…」
「まぁまぁ、その子の分まで買ってくるから」
「じゃ、じゃあ僕達も一緒にいきましょう! 歩き回ってみないと見つかりませんもの!」
……探偵の仕事のときこそ、協調性が必要だと思うのですが…しかし! 聞き込みといえば僕の出番です! きっと見つけ出してみせますよ!…ラークさんの連絡を待ちつつ、まずは行動してみれば、必ず見つかる。立ち止まっていてはいけません。探偵だもの!
***
スーパーよりも遠く、ひまわり公園へと向かったラーク
***
うむ…公園から探してみようと考えてみたものの、都内に公園そのものが少ないようですな。私の国とは子供に対する考え方が違うのだろうか。日本の桜が咲けばきっと良い景色になるだろうに。ビルのほうが大事だというのか。全くけしからん。
しかし、数が少ない上に公園の距離は離れている。警察や学校に伝えたのかはわからないものの、予想よりも簡単に見つかるのではないだろうか…落ち着いた頃に連絡したか聞いてみるとしよう。
「ふむ、ひまわり公園…か!」
お昼ご飯を食べ終わった頃、子供は活発に走り回っている…感心感心! 笑顔あふれる公園は良いものですな!…しかし、皆友達と過ごしているようで、特に変わった様子の子は居ない。と、なれば…この公園にユミちゃんは居ないのかもしれん。もし一人で寂しそうにする子供が居れば、近くの親御さんも助けてくれるだろう。6歳の子供が動き回れる範囲にも限りがあるはずだ、ランニングも兼ねて急いで見つけねば!
***
フェリス一行はスーパーへ到着。探偵は聞き込みのめどを立てる。
***
「俺たちにできることは思い付くか?フェリス」
「はい…まずは一緒に行動することから始めましょう! ね!」
いちごみるくを買い占め…いえいえ、材料の買い出しのためにいつものスーパーに到着。夕方になるまで、まだまだ時間はあります。聞き込みをすることにしましょう。…けど明日香ちゃん、どこかそわそわしてるようですが…何か発見したのでしょうか?
「明日香ちゃん、何か思い出しましたか?」
「ここ!ここでユミちゃんが居なくなったの」
「こ…ここですか? スーパーの外…駐輪場ですよね…まだお客さんは少ないですから、店員さんに聞き込みする余裕はあるでしょう」
駐輪場に向かって指を指していましたが…6歳の女の子と、小学2年生…7歳くらいの明日香ちゃんが、外で待ち合わせをしていたということでしょうか。店員さんじゃなくて、お客さんの方からの方が目撃証言を得られそうですね。
「…お母さんにお使いを頼まれてたの…寂しくて怒っちゃったのかな…」
「大丈夫! 必ず見つかりますよ! 頑張って探しましょう!」
なるほど、お買い物を頼まれていて、その間に居なくなった可能性が高いと。…スーパーの前、しかも駐輪場という場所で、子供を誘拐できるって。店舗の中に連れ込んだのでしょうか? 倉庫とかなら人も少ないし、トラックに乗せたりも…想像しただけで背筋が凍りつきそうです、少し怖くなってきました…
ですがラークさんの公園の情報と、僕達のお店での聞き込みで必ず犯人を見つけ出して見せます。これぞ、チームワークですよね、葵さんもそう思ってくれていますよね…?
「何笑ってんだアンタ…こんなときに…」
「い、いえいえ、葵さん、営業スマイルというものですよこれは! 探偵だってバレてしまったらおしまいですから」
何も言わずに連携を取れるように、私も精進しなければなりませんねっ
***
より遠いたんぽぽ公園へと到着したラークが見つけたものは…
***
いい汗、かいたな! ここがたんぽぽ公園か。
お花見を親子で楽しんでいるようですな。いや、子供たちは…花より団子、か。よく食べ、よく遊ぶ。無理に花を楽しまなくてもよいのだ。子供と一緒に舞い踊る花びらとやら、成長と、出会いの季節ですな。
良いことだが、特に子供達の様子に疑問は感じられないな。…この筋肉で話しかけるのは少々気が引けるが、主婦の方に聞き込みをしてみるべきか。着替えずに飛び出してしまったのは反省せねばならぬな、公園にキュイジーヌ…じゃない、料理人の格好をした大男…実に怪しい。
しかしさっきから子供を眺めるあの男は…春の陽気に黒い帽子、サングラスとマスク。花粉症ですかな? …フェリス君の言う通り、ここは通報だけで留めておくとしよう。暴れたらその時が私の出番だ。
収穫もあったのだ、遠回りしつつ、買い出しを済ませにスーパーへ戻るとするか。買い出しを済ませても夕方には戻れるだろう。
***
フェリス一行の買い出しと聞き込みの結果は…
***
パートの方からも、一般人の方からも特に有益な情報は得られず。ご協力に感謝致します。
「フェリス。…と明日香ちゃん。重いから一旦店に戻ろう」
「じゃあ…違う道を通っていきましょう。何か発見があるかもしれません」
もう、葵さん。そんな顔しないでくださいよ。違う道を通るなんて気休めにもならないかもしれません。ですが、まずは歩き回ってみないと絶対に見つかりません。あと葵さんは僕より荷物少ないのですから頑張ってくださいな…
「そうだ、おつかいに行った日のこと、なんか覚えてないのか」
葵さんが…捜査に興味を!
そういえば、材料のことでうんちくばかり明日香ちゃんにお話してしまいましたが、お使いの内容はどういったものだったのでしょうか、ゆっくり聞いてみることにしましょう。
「あの日は……お母さんにお願いされたものが無かったの。バターとか、ジャムとか…お母さんに電話しながらお買い物してたの」
「へぇ…売り切ればかりだったのか」
葵さんの質問はファインプレーですね! 僕達の日用品ではありませんか! やはり納品…トラックの運転手の行動に何かあったのでは…
っと、このタイミングでラークさんから連絡が…スマホスマホ…
「…はい、もしもし! フェリスです!……たんぽぽ公園で?…ですか。ありがとうございます。ラークさん! 僕と葵さんが買い出しを済ませておきましたので、ラークさんはもう少しユミちゃんを探してあげてください。」
たんぽぽ公園って…小学生がわざわざ遊びに行く距離なのでしょうか。学校からかなり離れていますが、自転車と小学生のパワーがあれば簡単に往復できるものなのかも知れないですねぇ…学校から離れていればいるほど、悪い大人にとって都合がいいはずです。
「…あ! あと、ユミちゃんなんですが、普段僕たちが買い出しをするスーパーで居なくなったそうですよ。待ち合わせをしていたようですが…まだ手がかりが見つかっていません。…はい。…はーい、わかりました、失礼しますね」
やはり、スーパーが気になります…私のお店に合流してから考えることにしましょう。ラークさんが戻ってから会議をすれば、進展があるかもしれません。
「諦めたら見つからない。…探せば必ず見つかる」
「はい、そうですよね! さっすが葵さん!」
明日香ちゃんも笑顔を取り戻してくれているし、葵さんってこういうときにきちんと励ましてくださる方ですよね…居てくれてよかった。
***
ランニングで温まった体を冷やすため、ラークはスーパーについていた。
***
「スーパーで居なくなった。か…」
そう言われれば、大した用が無くとも、立ち寄ってしまうのが私の性格というものだな…
…おや、店から出てきたあのフリフリの女の子…お店にも何度かいらしていたような…急に駆け出してどうしたのだ?
「ただいま、ユミちゃーん」
「…ユミちゃん!?」
…まずい! 変な目立ち方をして…ま、まずは謝らなければ…
「あ、こんばん…こんにちは? ケーキ屋さんのおじさん」
「お、おぁあ、こんにちは。足立様…ですかな?」
「足立由美っていいます。この前はネコちゃんでも食べられるケーキ、ありがとう!」
「いえいえ、どういたしまして」
危なかったな。ふむ…飼い犬を待たせていたようですな。黒い…トイプードルだ。
「足立様はお店に猫のキータンをお連れでしたね。今日は可愛らしいトイプードルですか」
「きぃたんのこと覚えててくれたんだ! うん、ネコちゃんを2匹飼っててね、テレビでトイプードルを見てね、私も飼ってみたいって思ったの…ネコちゃんもカワイイけど、ワンちゃんもカワイイんだもん」
なるほど。猫と犬、それぞれ可愛い部分は違うと言えますな。羨ましく感じることも、あるかもしれませぬ。しかし、少々年老いているように見えるが…首輪も…
「…そしたらね、この前スーパーに来たとき、このワンちゃんが捨てられてたの!」
「なるほど、ワンちゃんと会えたのですね…?」
…捨てられていた? スーパーの目の前で? 私も買い出しのときに繋がれた犬を見かけたことがあるものの…普通飼い主がいるのではないだろうか。しかし、証拠もなしに怒らせたくはない…
「なんかさみしそうだったから、連れて行くことにしたの。…あ、そういえばあの日、明日香ちゃんもお使いに来てたよ、なんか電話してたみたいだから話さなかったけど」
「ほう、小林様も…ですか」
「このワンちゃん、お買い物する前から居たから、本当に…捨てられてたと思うの」
「なるほど…そうでしたか。…撫でてみても、いいですかな?」
「うん! ふわふわで、カワイイよ!」
…うむ。目が濁っている、気になりますな。黒い毛の中に白髪が混じっていて…年齢を感じさせる…シニア犬かもしれないな。それに赤の名札と首輪。…名札には…ゆみ…ですか…
「わかりました。どうもありがとう。お気をつけて」
「わかりました…? さようなら、おじさん!」
さて、私も自分専用の買い出しといこう。2リットルの水があれば筋トレにもなる。ついでに店員さんにも聞き込みをできるといいのだが…既にフェリス君が聞いていたら仕事の邪魔になってしまうかもしれないし、初対面で大男が声をかけて怯えさせるようなことはしたくない。
…おや、店長…! あの方ならば…うむ、話しかけてみるか。
「こんにちは、山田店長!」
「あぁらぁ! マッチョの兄さん来てたの!」
…やはり私には少々苦手な相手だ…しかし。
「あら、その筋肉には軽すぎるでしょぉ、買っちゃってよ、そこのダンボールごと!ね!」
大切な情報収集のチャンスだ。
「仕事を手伝ってくれたら嬉しいわぁ、飲み物とかねぇ、女手には大変なのよホント!」
…何から聞いたらよいのだ。フェリス君なら…
「あぁ、そぉうそぉう、筋肉で思い出したけど、うち監視カメラ付けたのよ!」
かんし…
「監視カメラですか!?」
「自転車を盗む輩が時々いてねぇ、ようやく監視カメラを付けたのよぉ。お客様から見える位置だから、そういう客すら追い払ってくれてねぇ、万引き対策にも一役買ってくれているってわけ!」
駐輪場に! 監視カメラとなれば! 動かぬ証拠を手に入れられるはず! 事件解決だ!
「映像を! 見せていただけませぬか…!」
「えぇ? 監視カメラの? 流石にプライバシーの問題もあるからねぇ…貴方にならぁ、見せてあげたいんだけどぉ…」
「それでは、二人でお話はできますか。理由をご説明致します」
「あら。男からそんな事言ってもらえるなんて…そうね、事情くらいは聞きましょう! どぅぞどぅぞ」
***
チクタクチクタク。従業員の部屋に警察官が現れた。
***
「…とのことで。お子さんが困っているのです。どうか映像を」
「日付と時間帯の証言を小林様から伺っております。ラーク様」
犯人の姿をこの目に焼き付けてやろうではないか…ようやく私が役に立てる。
「こうかしら…ええと、これで…再生!」
***
3人が見つめる映像には、確かに誘拐事件が起きていた。
***
…警察官はなるほど、という様子だが…これといって誘拐の様子は見受けられなかった。一体何が見えたというのだ。
「確かに。黒い犬が、来たときとは別人に連れて行かれてますね」
「…はい? 犬、ですか」
店長の山田さんもあらそうなの、くらいの反応しかないな…もう少し詳しく聞いてみるとしよう。
「はい、奥の…駐輪場のスペースですね。柱にリードを結びつけているのがわかりますか?結びつけた飼い主とは別の子供が、リードを解いて、黒い犬を連れて行っているのです。」
「…小さめの犬ですよね」
「はい、あのふんわりとした毛で覆われている犬です、トイプードルでしょうか。大人しくしていますね」
「6歳で…黒い…」
「ご存知なのですか。6歳ならば飼い主との絆は強く結びついているでしょう。しつけによるものか、年齢によるものか、大人しくすることができていますね」
「散歩が趣味…というのは、そういう意味でしたか」
愕然としてしまった…もちろん子供の言うことに怒りなどは感じない。ただまさか…探していたのは飼い犬だったとは。早く伝えなければ。きっと葵君もフェリス君も、困っているだろう。
「特徴的なフリルの服。心当たりがあります…足立さんでしょう」
「まぁ、知ってる子? とりあえずよかったわね!」
「ラーク様。映像を用意して事情を説明しにいきますので、お引き取りください…」
「…警察官殿。子供の証言と店舗の監視カメラがあれば、すぐにでも解決した問題だと思われますが…すぐに捜すわけにはいかなかったのですか?」
「さて、フェリス君に電話するとしようか…」
警察官にもなって言い訳か。見苦しいものである。放っておいても自分で見つけられるだろうと? 上からの指示だけが自分の行動だというのか。もう思い出したくもない、早く連絡せねば。
足立由美の様子、黒いトイプードルの特徴、監視カメラという証拠。愛犬を盗まれたと知れば、きっと明日香様は激昂なさるだろうが…
「もしもし、フェリス君…メモの用意をしてください。ゆっくり説明しますので」
…確かに、もう子供は帰るべき時間ですな。フェリス君も葵君も、見送りをしたあとでしたか。
***
日付は変わり、日が昇る。
***
幼い頃から家族同然であろう愛犬を連れて行かれた思いは、計り知れないでしょう。
足立様はきっと、悪気があって連れて行ったわけではありません。
テレビで見て可愛いと思ったから。店の前で待つ姿が寂しそうだったから。
それは子供なりに考えた善意であります。
どうか、あまり叱りつけないであげてください。お願いします。
「見送った後に解決とは、なかなかタイミングが合わないですね」
しかし、飼い犬…だから駐輪場で居なくなったとおっしゃっていたのですね。今度は一体何を探しているのかも把握した上で探偵をしましょう。
その旨を…小学生に伝えなければなりません…ですか。ラークさんの説明、いつもの雰囲気と違って寂しそうでした…でも、ここで由美ちゃんを正しく導かないといけませんね。叱る…とまではいきませんが、勝手に連れて言ってはならないことを説明しなければなりません。しかし、捨てられている犬と、飼い主を待つ犬の違い、どうやって説明したらいいのでしょうか…
ガチャリ。
「「こんにちはー!」」
「おおっ、こんにちは…!」
4人同時に入店…? 顔が似てるような…
「由美の母です」
「私も! 明日香の母でーす」
「まぁ、お母様方! いらっしゃいませ!」
明日香ちゃんと由美ちゃんも元気に挨拶をしてくださっている…二人揃って…素敵な笑顔が眩しいですね。
時間が経っていますから、無頓着な警察が淡々と連絡を済ませてしまったかと心配していたのですが、うまく仲直りできたということでしょうか…そして笑顔が…眩しすぎます…
「ケーキのおじさんだ!」
「ケーキのラークさん!」
「よくぞいらっしゃいました。ユミ様、アスカ…様」
そうかそうか、いよいよケーキになってしまったか。おや、今日は明日香様が猫を抱き、由美様が犬を抱いている…偶然だろうか。それにアスカ様の抱いている猫はキータンとはまた見た目が違う。ひょっとして…
「うちの明日香がお世話になりました。しっかり話し合って、仲直りできましたよ、皆でうちのペットショップに来るくらいにね、明日香」
「うちの由美も大変、お世話になりました。ご協力ありがとうございました」
「いえいえこちらこそ。私にとってもコミュニケーションの良い勉強となりました、ありがとうございます」
なるほど、ペット向けデザートのサービスといきましょう。大事なお客様ですからな。
「フェリス君、ご案内をお願いします。私は追加でデザートを用意しますので」
「わぁ、美味しいところ持っていきますねラークさん…6名様、こちらへどうぞ!」
***
それはそれは、新たな家族も幸せにする、バターの香りが広がっていった。
***
なんとか事件は一件落着ですね!
なんと、由美ちゃんのママが獣医師、アスカちゃんのママがペットショップ勤務だったのですね。動物に理解の深いお母様方ならば、動物を愛する想いは誰よりも深いでしょう、私達よりも、きっと素敵なお話しだったに違いありません。
まさか、明日香ちゃんも猫を飼うことにするなんて。由実ちゃんがお店につれてきた猫、きぃたんを見て、犬好きな明日香ちゃんも猫も飼ってみたいとおっしゃっていたようです。
そういえば、ラークさんや葵さんはペットに興味はあるのでしょうか? 黒いトイプードルの特徴を事細かに説明してくださったあたり、ラークさんは母国で動物に関する仕事をしていたのでしょうか? 包丁の扱いといい、顔の傷跡といい、どんな過去があるのでしょう…
店主の僕はまた定休日にケーキ作りに挑戦…いえ、自分なりに作ることを楽しむつもりで、やってみることにしました。ラークさん曰く、今日はどんなケーキを作ってみたいか、を考えるといいそうです。
「お二人共、お待たせ致しました!」
出来上がったケーキを見た二人は…いそいそとスマートフォンと食器を準備してくれました。今日はなぜだか…心に余裕がある気がします!
「よぉし、早速ナイフを…」
「待ちたまえ葵くん! まだ写真を撮っていないのだ」
「あんたさぁ、写真大好きすぎだろ、ケーキは食べなきゃ楽しめないじゃないか」
「いやいや葵くん、ケーキは作品なのだ。目で見て、香りを楽しみ、それでだな…」
自分にとって誰かが羨ましいなら、誰かにとっても自分は羨ましいもの。
もっと自分らしく、自分だけの作品作りを、楽しんでよいのですね。
~隣の芝生は青く見える~
おわり
犬を飼う小林さんと、猫を飼う足立さん。
犬派、猫派に分かれる彼女らが思う「あの犬(猫)、いいなぁ」という思いと、
ケーキ作りに励むみんなが「あの人のケーキ(お菓子)、いいなぁ」という思いを
「隣の芝生は青く見える」ということわざに掛けて作ってみました。