テーマ×テーマ小説 (主人公:「え……いや……あの……」的な気弱男子×現場:地上五階以上の屋上)
こんにちは、葵枝燕です。
この作品は、我が姉の唐突な思いつきから書き始めた作品の第六弾です。
クリスマスはもう終わってしまいましたが、クリスマス前に書き始めたので、その時季のお話です。
詳しくは、後書きにて語りたいと思います。
それでは、どうぞご覧ください!
「早苗!」
久しぶりにのぞいた青空。そんな空の下で、俺はグチャグチャになった感情を抱えていた。冷たい空気が、俺の肌を撫でて、俺の髪を煽って、吹き抜けていく。
「俺と――」
時は、数時間前。俺は、仲の良い友人二人と弁当を食べていた。いたって普通、ありふれたいつもの空気だった――はずだった。
「もうすぐクリスマスだよなぁ」
十二月といえばと問いかけたとき、誰もが真っ先に浮かべるだろうイベントの名を口に出したのは、佐伯公輔だった。既に弁当をペロリと平らげていた佐伯は、手持ち無沙汰なのか、割り箸の入っていた袋をヒラヒラと振っている。
「カナは、何か予定ある?」
「は? 突然どうしたよ?」
佐伯の突然の問いに、カナ――三倉奏登は、今まさにかじり付こうとしていたおにぎりから、いったん口を離した。両手の平大もある大きなおにぎりだが、おそらく中には何の具も入っていない。カナは、白米そのままの味が大好きなのだ。
「あー、待て、何も言うな。わかってるから、何も言うな」
自分から訊いてきたくせに、佐伯はカナの答えを待たずに止めた。その間も、割り箸の入っていた薄緑の袋をヒラヒラと振ることはやめない。カナが、呆れたように笑声をこぼした。
「訊いてきたのはお前だろうがよ。なぁ、今日汰」
「あはは……」
不意に会話に引き込まれ、俺はどう反応していいかわからず、ただそんな曖昧な笑い声を出した。
「わかってる、わかってる。カナには、サーちゃんがいるもんな。ああ、羨ましい! カナには、クリボッチなオレらの気持ちなんてわかんねぇよなー」
「そうやっていじけるなら、最初から俺に訊くんじゃねぇよ。あと、さり気に“オレら”とか言って今日汰を巻き添えにするな」
「……え、ちょっと待て。今日汰もクリボッチじゃないの? オレの仲間じゃないの?」
ブツブツ言う佐伯を置き去りに、白米のみ具無しのおにぎりを頬張りながら、カナは俺へと視線を向ける。
「で、今日汰は、クリスマスの予定は何もないわけ?」
「え? 俺?」
カナの表情は、真剣そのものだった。こちらが一瞬、気圧されてしまうくらいに、強い表情だった。
「特に、ない……けど」
「ほらな! 今日汰もオレの仲間じゃん!」
水を得た魚のように、佐伯が元気になる。目がキラキラと輝き出す。そんな佐伯にチラリと目を向けたカナは、目を鋭く細めた。そのカナの目を見て、佐伯はスッと押し黙る。おそらくその目は、“お前はちょっと黙ってろ”と命じていたに違いない。
「去年のクリスマス」
カナの声が、俺達三人の空間を支配する。
「また繰り返すつもりか?」
「え、と」
その表情も、その声音も、カナのそれは真剣そのものだった。だからこそ、それを知っているからこそ、俺は頭の中でグルグル回る言葉をカタチにできなかった。
「カナ、お前こわいよ。今日汰、怯えちゃってんじゃんか。ほら、も少し優しく、な」
見かねた佐伯が、そんな言葉を発する。場が少しだけ和んだのを感じた。それでも、カナの表情は変わらない。
「お前も知ってんだろ、佐伯。去年のクリスマスのこと」
「そりゃあ……知ってっけど」
「このまんまでいいと思ってんのかよ」
「そんなこと言ってねぇだろ?」
和やかになった空気が、剣呑な重みを帯びる。だから俺は咄嗟に、
「二人が心配してるのは、わかってるつもりだよ、俺」
と、口にしていた。二人の目が、俺の方を向く。
「でも、いいんだよ。このままで、充分だからさ」
沈黙が落ちた。重苦しい時間が流れた。
「……ブクク」
そんな音が、不意に空気を揺らした。
「おい、佐伯」
「ブヒャヒャヒャ! ヒー、ブフフハハハ!」
「はぁ……」
突然変な笑い声を出す佐伯と、そんな佐伯を呆れて見ているカナ。そんな二人を、俺はただ見ているしかなかった。全然事態が飲み込めていないのだ。
「悪いな、今日汰」
「えっと、何が? どういうこと?」
「お前のことだから、どうせ今年も無理だろうと思ってさ。佐伯とも協力して、先に手を打たせてもらったんだよな」
佐伯は、未だに腹を抱えて笑っている。そんな佐伯は放置することに決めたらしいカナは、ニヤリと笑ってみせた。
「今日の放課後、岬を屋上に呼び出してる。ちゃんと行けよ」
その言葉を理解するのに、俺は何秒使ったのだろうか。それをやっと理解した俺は、一体どんな顔をしていたのだろうか。
岬早苗は、俺達の通う高校の現生徒会副会長だ。そして、カナと俺にとっては幼稚園からの幼馴染みでもある。
そんな彼女への俺の好意は、案外早く周囲にはバレてしまっていた。冷やかしてくる連中もいたし、その好意を早苗に言おうとするヤツもいた。だから俺は、その気持ちを奥底にしまい込もうとした。そんな俺を、カナは絶妙な距離に立って見守っていてくれた。佐伯はからかいつつも、冷やかしてくる連中からは守ってくれた。
そして、去年のクリスマス。俺は、意を決して早苗に告白しようとした。けれど、声をかけた瞬間に、目があった瞬間に、その決意は吹き飛んでしまった。「何でもない」と俯いて、その場を逃げるように去るしかできなかった。
あれから一年が経った。早苗への気持ちは、かえって膨れ上がっているのに、俺は踏み出せなかった。
一年前と同じことを、俺はまた繰り返そうとしていた。
今年もきっと、想いを告げられないままにクリスマスを過ごすのだと思っていた。そのつもりだった、はずだった。
うちの校舎は地上五階建てだ。複数の学科があるとはいっても、無駄に大きな校舎に思えて仕方がない。そんな校舎の屋上で、俺は早苗を待っていた。
生徒会で忙しい上に、早苗は書道部と弓道部にも所属している。しかも、書道部では部長、弓道部では副部長まで務めている。まるで、自分で自分を追い込んでいるとしか思えないその行動は、俺には理解できなかった。それでも、それらの活動をする早苗は、とても輝いて見えるのだ。
そんな早苗が、俺は好きなのだと思う。
何度も深呼吸を繰り返す。それでも、高鳴る鼓動は止むことがなかった。
ギィーッと、扉が軋みながら開く音がする。その隙間から、早苗がヒョコリと顔をのぞかせた。
「キョウちゃん」
俺を見つけた早苗は、すぐに笑顔を向けてくれた。そんな早苗にどんな表情をして応えたらいいのかわからなくて、俺はぎこちなく右手を挙げるしかできなかった。早苗が、早足でこちらへとやって来る。
「ごめん、待たせちゃったよね」
「うん……あ、いや、えっと――」
何を言えばいいのかわからなくなって、それはそのまま口からこぼれ出した。どう言えば、彼女は気にせずにいてくれるだろうか。しどろもどろになりながら俯いた。それは、一年前の冬と似ているような気がした。
「俺もその――今さっき、来たとこだから」
やっと絞り出したそんな言葉に、早苗が「フフッ」と笑い声をこぼすのが聞こえた。顔を上げると、“全部お見通しだよ”と語る目とぶつかった。
「キョウちゃんってば、嘘つくの下手だね」
「あ……」
「キョウちゃんのそういうとこ、あたし、いいと思うよ」
ドクッと、心臓が鳴った。目の前にいる早苗に聞こえてしまわないか、心配になってしまうほど、その音は大きく響いた気がした。
「それで、あたしに話って何?」
「え?」
「あたしに話があるから、ここに呼んだんじゃないの? 佐伯くんがそう言ってたけど」
そう言われて、俺は気付いた。カナと佐伯から、何も詳しい事情を聞いていないことを。あの二人――とはいっても、佐伯は笑い転げていて頼りにならなかったので、どちらかというとカナ一人なのだが――は、屋上に岬早苗を呼び出したことしか教えてくれなかったのだ。
「キョウちゃん? どうかした?」
頭の中で、昼休みにカナに言われたことだったり、俺自身の感情だったりが、グルグルと回っていた。膨大な量に思えるそれは、それなのに、何一つ言葉にならなかった。
そのときだった。耳慣れた着信音が、俺達の間に流れた。早苗が、スカートのポケットからスマートフォンを取り出す。俺に向かって小さく「ごめんね」と言って、早苗は電話に出た。
「もしもし、サーちゃん? ごめんね、今屋上にいて――うん、そうだね、そろそろ片付けの時間だもんね。……うん、うん――わかった。すぐ戻るから。それじゃね」
電話を切った早苗は、俺の方へ向いて、
「ごめんね、キョウちゃん。あたし、そろそろ戻らないと」
と、言った。
「書道部?」
「うん。三学期の始業式で、パフォーマンスすることになったんだ。その練習してたから」
毎年、年の明けた三学期の始業式で、書道部がやる書道パフォーマンス。音楽に合わせて、巨大な紙に言葉を書くというもので、うちの高校では有名なイベントだ。
「忙しいのに、その――ごめん」
「いいのよ、気にしないで。久しぶりにキョウちゃんと話せて、楽しかったから」
その笑顔が、どこか寂しそうに見えたのは、俺の気のせいだったのだろうか。
「じゃあ、あたし、行くね」
「あ、うん……」
背を向けた早苗が、一歩一歩、俺から離れていく。これでいいのかと、俺の中で声が響いた。一年前と同じことをまた繰り返すのかと、誰かが言う声がした。
いいわけが、なかった。
「早苗!」
ここのところ、ずっと空は灰色で、ぐずついた天気が続いていた。そんな空が、久しぶりに青を見せた。そんな空の下で、俺はグチャグチャになった感情を抱えていた。冷たい空気が、俺の肌を撫でて、俺の髪を煽って、吹き抜けていく。
「俺と――」
一度言葉を止める。その一瞬で、俺は言うべき言葉を決めた。
もう、逃げたくなかった。
「俺と、付き合ってください!」
「いやぁ、春ですな、カナ様」
「そーですね、公輔様」
「ねえ、何なのそのキャラ」
よくわからないキャラ設定でニヤニヤしあっているカナと佐伯に、密かにツッコミらしきものをいれつつ、俺はチラリと左隣に視線を向ける。そこには、口元に手を当てて笑いをかみ殺している早苗がいた。
「ていうか、早苗。全部知ってたんだな」
「ごめんね、キョウちゃん」
俺的には一世一代の告白のつもりだったのに、その後早苗が言った言葉は「やっと言ってくれたね」だったのだ。気になって訊いてみれば、「全部知ってたよ」とのこと。つまり今回のことは、三倉奏登、佐伯公輔、岬早苗が、俺の煮え切らない態度にしびれを切らした末に考えた、ドッキリ的なものだった――と、いうことだろうか。
「ってことは、あの電話も?」
あまりにタイミングよくかかってきた電話のことを思い出して、訊いてみた。早苗が微笑みながら頷く。前を歩いていたカナが、首だけを動かして振り向き、
「俺が彩月に頼んだ。ナイスタイミングだったろ?」
と、言った。ニヤリと悪そうな笑顔まで浮かべて。
電話の主である“サーちゃん”こと加山彩月は、早苗の友人でもあり、カナの彼女でもある。なるほど、彼女も仕掛け人の一人なのか。それとも、何も知らなくて巻き込まれたのか。どちらにしろ、俺は振り回されたわけだ。
「ていうか今日汰、気付かなかったのかよ」
「え? 何が?」
「書道部は、金曜日は元々お休みだよ、キョウちゃん」
「あ……そっか」
思い出して呟くと、
「お前なぁ」
と、カナは呆れ、
「マジうける~! さすが今日汰!」
と、佐伯は笑い転げ、
「キョウちゃんらしいね」
と、早苗は微笑んだ。
「ん? ちょっと待って」
ふと思い出したように、佐伯が小さく手を挙げる。俺達も自然と、そんな佐伯に注目した。
「クリスマス」
佐伯はそう呟いてから、カナへと視線を向ける。
「カナは、サーちゃんと過ごすんだよな?」
「そうだな」
一度頷いた佐伯は、次に俺を見る。
「今日汰は、早苗ちゃんと過ごすんだろ?」
「え!? う……うん、多分……?」
最後に、俺の左隣にいる早苗を見つめた佐伯は、
「早苗ちゃんは、今日汰と過ごすよな?」
と、訊ねた。そんな問いに、頬を染めたり、恥ずかしがったり、照れたりすることもなく、早苗は頷いた。佐伯が頭を抱える。
「オレだけクリボッチ!!」
「ご愁傷様だな」
「カナ様冷たい!」
騒がしい二人を、俺は曖昧に笑って見ていた。そんな俺の左手に、冷え切った右手がスルリと絡まる。隣を見ると、少しだけ恥ずかしそうに笑う早苗がいた。その手を、俺はそっとコートのポケットに突っ込んだ。
「冷えるから、ね」
ガラにもないことをしていると思った。それでも、もうすぐやってくる聖夜が与えた、これは奇跡なのかもしれなかった。
季節は冬。空気は冷たい。それでも俺は、今この瞬間に、あたたかさを感じていた。
『テーマ×テーマ小説 (主人公:「え……いや……あの……」的な気弱男子×現場:地上五階以上の屋上)』のご高覧、ありがとうございます。
この小説は、前書きでも述べたとおり、私の姉の唐突な思いつきで書くことになった作品です。その思いつきというのが、「主人公と現場のテーマを五つずつ出し合って、それぞれから一つずつ引いて、それで何か書こうぜ!」と、いうものです。
そして、第六回となる今回のテーマが「「え……いや……あの……」的な気弱男子×地上五階以上の屋上」でした。主人公テーマは姉の考案で、現場テーマは私の考案です。ちなみに、最初は私が考案した主人公テーマだったのですが、あまりにも書きにくいだろうってことで再度引き、また私考案のテーマだったので引き直し、今回のテーマに落ち着きました。
話としては、幼馴染みの少女が好きなのにその想いを伝えられない主人公がいて、それにしびれを切らした友人達が協力してドッキリをしかける――という感じですよね。当初はドッキリにするつもりはなかったし、そもそも、屋上から早苗さんが今日汰に愛を告白する――的な話で、カナや佐伯はいませんでした。とりあえず、どうしてもハッピーエンドにしたかったのです。
作中で出せなかったのですが、今日汰のフルネームは桜井今日汰です。どっかで出したかったなぁ。
そんなこんなで、今回もどうにか、無事に一つの話を作り上げることができました。クリスマス、終わっちゃいましたけど。ていうか、“気弱男子”ってこれでいいのかな……? よくわからないです。
さて、第七回のテーマは、既に決まっています! なので、また企画立ち上げようかな、と思っています。
さてと。今回はこのへんで。
この度は、拙作のご高覧、誠にありがとうございました!