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王都の中心につくと、アグリーは呆然としていた。王都の整った道は馬車で通ってもガタガタ物音を立てない時点で既に体を強張らせていたが、馬車から降りるとそれは、アグリーの知っていた世界とは全くの別物に見えた。
大きな白い像から出てくる水…噂でしか聞いた事のなかった噴水があったり、高く並ぶレンガの町並みはどことなく気品を感じさせるが、それを覆い返す様な人々の笑顔にアグリーは驚いた。
町では、人は皆自分が生きる事に必死で笑顔でいる人なんてそれこそ儲かっている商人やお嬢様の様なお金持ちしか居なかった事実に今更気付いて。
賑やかな人通り。笑顔で話す人々。町よりも遥かにつくりのいい家。
生まれてから町から出たことのなかったアグリーは全てが新鮮だった。
「アグリー?」
「ご、ごめんなさい…初めてでつい…」
ルークに顔を覗かれてはっとするアグリー。顔を少し赤らめながらルークから顔を離す。ルークもばっと反対側を向いて何故か口許に手を当てている。
不思議そうにルークをアグリーが見つめた時、周囲の視線を感じて自分と彼に向けられる視線に気付く。主に女性達がルークを指差して顔を赤らめていたりしている。そして、隣にいる私に嫉妬や恨みを込めた視線で見て。アグリーは自分がいつも被っているフードを被っていない事に気付いてあわてて被る。
ルークは誰が見ても見惚れるくらいの美人で美しい人。だから、王都に住む女性達が色めきあうのは仕方ないこと。
けれど、それに胸が苦しくなる。
「アグリー?どうしたの?」
「な、何でもないです…」
私は…ルークに惹かれている。ルークが好き。私を初めて真っ正面から見てくれた優しい彼に。
でも、彼には私以上に相応しい人がたくさんいる。だから、私は近くでそっと彼をルークを見守りたい。
「アグリー、俺達が向かっていた場所に着いたぞ!」
「え……ここって…」
華やかな王都で最も賑わい、何よりも神聖な場所。
それは、この国の最も高貴な人が住む城。
なぜルークがこの場所にと聞こうとした時、城の騎士が駆け寄ってきてルークの前で騎士の敬礼をする。
アグリーはこっそり目配せをしてきた女性騎士の隣に立つ。
ルークの連れてきた4人全員が、旅の途中で見せたきた"素"を隠して、気品に溢れる立ち振舞いをしている。ルーク自身も堂々とした立ち振舞いで先程まで見せてくれた笑顔もなく真剣な表情をしている。
それが意味することはひとつ。それを分からないほどアグリーは馬鹿ではない。
ルークは……、
ぎゅっと拳を握りしめたアグリーは痛む胸を誤魔化そうとする。
そして、誰も気づかない。
彼らを見て目を見開く王様がいた事に。
「はっ…はっ…!」
アグリーはひたすら走っていた。王都で賑わう城の反対側にある森を。
ルークに顔が真っ青だと心配されて、少し気持ちを落ち着かせるって逃げるように立ち去って。ちゃんと、笑顔で話せたかな。いや、それよりルークにーー王子に対して不敬な態度をとってしまった。
城の騎士はアグリーに対して確かに不快そうに眉を眉を顰めていた。そうだろう。誰がどう見たってだって私は使用人だから。もしも、もしも叶うことはないって知っているけれど、両思いとなっても立場が違いすぎる。
私は、ただの…いや、醜い町娘。
「ルークが、王子……」
呟いた時、近くから草の踏む音が聞こえる。思わず息を呑み込んだ。ゆっくりと顔を上げて、アグリーは目を見開く。
「…お、じょうさま…」
「ふふ、ここでを何やっているのかしら?」
「なんで、ここに…」
お嬢様は町にいたはずなのに。
そう言いたげな表情に気付いた彼女は美しい表情に笑みを浮かべる。
今まで見たことのない優しい笑顔を浮かべて、残酷な言葉を告げる。
「醜いアグリー…貴女は知らないのね。あのお方は婚約者を探しにこの国に来たのよ。この国の権力者達の娘達をこの王都に集まるように命が下されたのよ。ふふ、明日の舞踏会で婚約者が決められるの。貴女が近付ける存在ではないのよ。」
ルーク…第2王子であるあの人が隣国であるこの国に来るとしたら婚約者探しに決まっているのに。
でも、それでも私は側にいたい。自分の思いを叶わなくても。ああ、そうだった。
「私はルーク…様に感謝しています。私に生きる希望を持たせてくれたあの方に。ですから、お側でお仕えして…」
「貴方のような醜くて見れるものじゃないのを相手にするわけがないじゃない!だいたい、容姿も何もかもが相応しくない貴方がいたら迷惑に決まっているじゃない!」
「…それは、貴女の事だろう。」
お嬢様が手を上げて、これから来る衝撃に耐えられる様に目を瞑ろうとした時に彼女の後ろから声が聞こえる。
その声の持ち主は彼女の振り上げた手を掴み上げる。
「第2王子様…!それは、あの子が私に対して酷い言葉を投げつけてきてっ…!」
「はぁ?俺らアグリーとあんたの会話聞いてたんだけど。つーか、ルーク様にすり寄ろうとすんな。きもい。」
「私に対してなにを…!」
「こちらの台詞だな。お前は少し裕福な町娘。だが、このお方は第2王子だ。お前のルーク様が選んだ人物を否定する行動はルーク様自身を侮蔑しているという事だ。」
ルークから彼女を引き剥がして冷たく歯に衣着せぬ物言いでバッサリ言い捨てるグレイ。
一見冷たく見える目を更に凍えさせてアグリーの前に立って義手である手を顎におくティファード。
「ルーク様、アグリー、お願い。アグリー、信じられなくても、信じて。大丈夫、だから。」
「えっと…なにを…」
「行くぞ。」
「ひゃっ…!」
爛れている腕でアグリーーを立ち上がらせ、ふわりと笑顔を見せてルークに押し付けるルクラス。
戸惑うアグリーをルークを抱き上げて、森の更に奥を慣れた足取りで進んでいく。
ついた場所は、初めてルークと出逢った場所に似ている池。
優しくアグリーを立たせて、笑顔を見せるルークに胸の鼓動が高まる。
「アグリー。」
「ど、どうしたんですか。ルーク様」
「敬語はやめてくれ。ルークって呼び捨てで俺を呼んでくれ…」
耳元で優しく甘い声で囁くルーク。まるで、恋人の様に体を近付けて。顔を真っ赤にして逃げようとするアグリーを腕の中に閉じ込めて、再度同じ言葉をルークは耳元で囁く。耐えきれなくなったアグリーはまた悲鳴を上げる。
「っ……ルーク…」
「アグリー…アグリー。俺はお前が、アグリーが好きだ。」
ルークから伝えられた言葉はアグリーにとって衝撃的すぎた。
「うそ…絶対に、うそ!」
ルークを押し退けて池に近寄る。だって、そんな事有り得ないから。ルークの整った顔立ちに引かれて集まってきた美女達は多いはず。ルークの周りには顔が整った人達で溢れている。なのに、そのルークが私を好きだって。
今まで、否定的な言葉しか投げつけられた事がなかったアグリーは直ぐに嘘だと否定する。
「な…んで、そんな嘘をつくのっ…!」
「だから俺はっ…!お前が好きだ…!」
「やめて…こんな、容姿なのに…それに何もかもが釣り合わないっ…!」
「容姿など関係ない!俺はお前と過ごして人一倍傷付きやすくて、誰よりも優しいお前が好きになったんだ。俺は王位継承権を継承権を放棄した時にひとつ、約束している!どんな身分だろうが、俺が好きになった人と俺は添い遂げるって!俺は、それはお前がいいんだ!」
その言葉に驚いて、池に落ちそうになったアグリー。そんなアグリーの手を掴み、抱き寄せてルークはアズリーの唇に同じそれを重ねる。
甘い眼差しに、優しく頬に滑らす指に。愛を囁く唇に。全身に感じる彼の体温に。
「……信じて、いいのか、な…」
ポロっと涙がこぼれたその時、眩い光がアグリーから放たれる。
「アグリー!……っは?」
「ルーク、私…」
「何事だ! 」
アグリーを抱き締めながら固まるルーク。そして、何故かこの国の王まで集まってくる。城の中にいるはずの王がなぜここに…?
困ったアグリーはルークの方を向くが、呆然とアグリーを見たままのルークに首を傾ける。というか、一介の使用人を隣国の王子が抱き締めているその状況を王に見られるという異常な光景に顔を青ざめてアグリーはルークの腕の中から抜ける。そして、王を見てぎょっとする。
「お、王様…?」
「お前はやはりフェリシテなのか…」
次の瞬間には涙ぐむ王様に抱き締められていて。
悲鳴を上げる声や、アグリーと叫ぶ声や、ざわめく周りの声を感じながら沢山の事がいっぺんに起こりすぎて頭が可笑しくなりそうなアグリーは何故か懐かしいと思いながら意識を失っていく。
***
目を覚めると近くにいたのはルークに仕える女性騎士ーーレイン。
目を覚ました彼女にほっと胸を撫で下ろしたレインはアグリーに微笑みかける。
「アグリー大丈夫?」
「レインさ、ん…?私…」
「今すぐに、皆を呼んでくるわ。貴方はここにいて。」
頭を優しく撫でて部屋から出ていくクルス。
ここは何処だろうか。一生目にすることがないと思っていたふわふわのベットに私は眠っていたらしい。
周りを見渡すと価値を考えたくなくなるような高級そうな家具や絵や壺など。
なんで、ここに私はいるんだろうか、と思って化粧台にたまたま顔を映して固まる。
「…だ、れ…?」
顔に手を当てると同じように顔に手を当てる。
右ほほをつかむと、同じように右ほほをつかむ鏡のなかにいる人物。
銀髪の髪、アメジストの瞳。ここまでは分かる。
鏡の中の人物は、ぱっちりとした二重でアメジストのアーモンド型の目に影を落とす睫毛は誰もが羨むほど長い。
小さな唇は薔薇色で愛らしく、ほんのりと林檎色に染めている頬はもちもちとしていて白い。
そんな、誰がどうみても"可憐"と言わざるえない容姿。
そんな、容姿が鏡から呆然と私をのぞく。つまり、
「これが、私…?」
「アグリー!目が覚めたって…!」
「愚か者が!フェリシテだ!フェリシテ、ずっとお前に会いたかった!」
呟いた瞬間にどさっと入ってくる2人の青年と男性。
固まったアグリー…フェリシテは思わず逃げ出したくなった。
ティファードが青年…ルークの頭を殴り、眼鏡を掛けて眉を顰めた人が、男性…国王の頭を容赦なく掴み上げる。
「ちゃんと、彼女に説明してからにしなさい。」
その言葉でフェリシテを向く国王。その容姿は美しい顔立ちで、銀髪の髪、アメジストの瞳をしていた。フェリシテと同じ"いろ"を纏ってた。
そこで、フェリシテは全てを知った。
この国の国王ーー目の前の銀髪の髪とアメジストの瞳の男性ーーは数年前の革命により王になった、かつて王であり処刑された男の弟王。
彼には幼い頃からの許嫁がいた。それがフェリシテの母親であった。2人は互いに想いを寄せていた。
前王であり彼の兄である人物は、それはとても傲慢な男であった。そして、気に入ったものや人のものを権力を使い奪う男でもあった。
彼彼と彼女が婚約を結ぶ場となる舞踏会。ーーその時に、その男は美しいフェリシテの母親を見初めた。
彼は見初められて奪われた彼女を奪いかえす事は、出来なかった。どんなに、嫌でも。
男は王妃によって生まれた王家の血を正しく受け継ぐもので、彼は王が気紛れに手を出した娼婦の子だったから。
なぜ庶子である彼が王弟として存在していられたのかというと、王位を継承できる男系男子が他にいなかったからである。王妃は男だけを産み、側妃の1人が女を1人産んだ。やむなく、彼を王の子として受け入れたのである。男は王家を継ぐ者が受け継ぐ金髪碧眼の容姿をしているのに関わらず、彼は母親に似て銀髪の髪とアメジストの瞳という異質の容姿によって周囲に疎まれて。
同じ王の子でも立場が違いすぎる。大切な人を奪われた彼は絶望した。そして、絶望したのは彼だけではなく彼女もだった。
既に王に王妃はいたので、彼女は側妃として迎え入れられた。王に寵愛を受ける度に、彼女は憎しみを抱き、やがて病に陥った。それを知るものは王と彼女に唯一付いている侍女だけであった。
それでも、彼女はただ彼を想い続けていて、自分の乳母であり侍女の手引きによって夢見ていた愛しい彼との逢瀬を交わす。
それから直ぐだった。彼女が子を腹に宿した事は。
彼女はすぐにこの子が誰の子か気付く。
大切で愛しい人の子ーー泣きたいほどに嬉しかった。
彼女は病にかかった事により王からの寵愛が無くなって見向きされなくなった事になによりも感謝した。
すぐに彼と再会し、その事を伝えて2人は喜びに包まれる。
彼は決意していた。ーーこの国に革命を起こし腐った王家と貴族を追い詰めることを。
そして、夫婦になろうという言葉に彼女は、泣いて嬉しそうに微笑んだ。
そして、彼女は子を産んで静かに息を引き取った。
「私は彼女が病に侵されていた事に気付かなかった。彼女の乳母に産まれたばかりのお前を抱かせてもらって初めてそれを知った……」
静かに息を吐き出し、ゆっくりと瞑っていた瞳を開ける。その表情には後悔も憎しみもなにも抱いていない。ーーーフェリシテを優しく見守る"父親"の姿がそこにはあった。
「お前の、フェリシテの母は…ずっとフェリシテを愛してる。だから、"祝"をかけてフェリシテを守った。」
「っ………お母さん…」
ぎゅっと父に抱きついてフェリシテは涙を流す。父である彼もフェリシテを抱き締め返す。ずっと会えなかった親子。
片方はずっと探していても見つからない事に諦め掛けていて、片方は捨てられたと思っていて愛される事を諦めていた。
何分か、それとも数十秒か。
彼は名残惜しそうにフェリシテを離した。
「はあ…もう政務の時間だ。後でたくさん話そう、フェリシテ」
頷いた彼女の額に唇を落として、国王は眼鏡の男性を連れて部屋から出ていく。勿論、ルークに釘を刺す様に視線を向けてからである。
扉か閉められたと同時にフェリシテはルークの腕の中に包み込まれた。
もう、2人を遠ざけるものは何もない。
「ルーク…」
「アズリー…いや、フェリシテ。正直、俺もまだ戸惑っていてよく分からない。けれど、フェリシテへの想いは絶対に変わらない。…フェリシテが好きだ。」
「私も、ルークが好きです。」
2人は微笑み合って、目を伏せて唇を寄せた。
むかしむかし。
それは美しい側妃がいました。
その美しさで王様の寵愛を一身に受けていた側妃は子供を授かりました。
ところがその子供はとても醜いお姫様だったのです。
美しい側妃は怒り狂ってお姫様を王都から離れた村に捨ててしまいました。
捨てられたお姫様はその村で醜い容姿から嫌われて生きていました。
唯一あった居場所からも追い出されたお姫様は悲しみのあまり命を絶とうとします。
そんなお姫様を救ったのは美しい王子様。
最初は怪しんでいたお姫様は王子様の優しさにふれている内に恋に落ちました。
しかし、お姫様は醜い容姿だったので、王子様の前から逃げようしました。
醜いお姫様をとらえたのは、王子様の愛の告白と誓いのキス。
幸せで涙が溢れ落ちたお姫様は光に包まれ、とてもとても美しいお姫様になりました。
そして、お姫様は王子様といつまでも幸せに暮らしましたとさ。
だれが、いつこの国に伝えたのか分からない物語。
どの研究者も、どの歴史でも語られないその物語の始まり。
未だに謎に満ちているその物語は、かつて醜い容姿の者達や不自由な身体の者達を光へと導いた賢王と賢妃がいた国に今もなおずっと残っている。
それは、少し昔の話。
「ああ…愛しい私の娘」
ずっと側に仕えてきてくれた老いた侍女から受けとる幼い我が子。震える声には隠しきれない喜びで溢れていた。
産まれたばかりなのに、感じるその美しさ。
この子は王の子じゃない。
私の、とても愛するあの方との子。
あの方と同じ銀色の、愛しい子。
守らなければ。
「ごめんなさ、…ごめんね、"フェリシテ"」
貴方は醜い子供。
とてもとても醜い子供。
醜くて周りから嫌われる娘。
その呪いが解けるのは醜い容姿でも心から愛してくれる子。
私は、貴女を愛せない。愛したら貴女をこの子を彼を奪われてしまうから。
あの王はそうする。私は、大切な人をーーー彼と貴女をあれの魔の手から守りたい。
愛してる、愛しているわ。
愛しい子。……醜い子。
私は貴女を捨てる。
美しい妃は醜い娘に怒り狂って捨てるのよ。愛しい我が娘を自分の我儘で。
醜い子。汚らわしい子。…ああ、私の大切な、大切な娘。
きっといる。絶対にいるわ。
この子を幸せにしてくれる人が。
だから、私はこの子に一生恨まれようが、"呪"を与えよう。
貴方に至福が訪れるために。
“Félicité”フランス語で【至福・最高の幸せ】という意味です。
誤字脱字修正しました。ご迷惑をお掛けしてしまいすみません…
後は後日談で色々と書きます!