第8章 夏休み―キャンプ―
8月の半ば、世間的に言うお盆休みのときに、私たちは長野県にあるキャンプ場に行った。
最終的に決まった人数は、男女ともに7人ずつだった。西村を含めて部活をやっている人たちにとってお盆が1番都合が良かったらしい。
目的地までは電車とバスの乗り換えで行く。あまり交通に便利な位置ではなかったが、それでも友達と一緒だと長く歩く道も短く感じる。道中で鳩山のプチライブなんか始まったりしたので、余計に楽しかった。
ちなみに、私たちにはテントを張る技術がなかったため、キャンプ場ではバンガローを借りることになっていた。バンガローとは、小さな山小屋のようなものだ。ちなみに、ここのバンガローは、なんと台所、トイレ、お風呂付きのかなり豪華な造りだったが、その分お金はかかる。
私は、ミッチーと薫と一緒のバンガローになった。他の4人は隣のそれに泊まる。
「おっきー!なんかすごい楽しくなってきた!」
ミッチーが大はしゃぎで部屋の隅々まで見てまわる。
「ねぇ、もう5時過ぎだよ。そろそろ夕飯の準備にかかったほうがいいんじゃない?」
隣のバンガローの1人、津田涼子がひょこりと顔を覗かせてきた。
「そうだね。じゃぁ、男子たちにも言ってきたほうがいっか。火おこすの時間かかりそうだもんね」
そう言って、ミッチーは飛び出していった。残った私と薫で食材と食器を洗いに行き、涼子たちは肉などを切っておくことになった。今夜はバーベキューだ。
「あれからどーなの?橘君とは・・・」
食器を洗いながら薫は尋ねてきた。
「どうって・・別に時々メールするくらいだよ」
「なんだ。究極の四角関係なんてのになったら面白かったのに」
「ありえないっつの。それよりそっちこそどうなの?援交相手とは」
それは7月の終わりに浮上した、薫の恋人疑惑だった。本当はずっと気になっていたのが、あれから会う機会がなくて聞けなかったのだ。
「言っとくけど付き合ってないからね。友達としてこないだは会っただけ」
「誰と?私の知ってる人?」
「まぁ気が向いたらそのうち話すかも」
すっごい気になるんですけど。反論しようと思って薫のほうに体を向けようとしたら、ちょうど洗っていたしいたけをぼろぼろと地面に落としてしまった。
「あぁぁぁぁぁ!!」
「あー何やってんのー」
「3秒ルール!!」
そのルールとは、例え食べ物を床に落としたとしても3秒以内に拾えば食べられるというものだった。瞬時にしいたけを拾って洗えば大丈夫と思った。しかし、その決定的瞬間をどうやら見られてしまったようだった。
「あ・・佐々、カズ・・・・・」
墨で真っ黒になった手を洗いに来たらしい2人と私はしばらく目が合った。やがて、
「大丈夫。何も見てないから」
と言って手を洗って彼らは去っていった。なんだか気まずい空気だけが後に残った。
バーベキューを開始したのは6時半だった。男子が主に食材を焼いていき、女子はなぜか食べる専門になった。
落としたしいたけは私がわかりやすいように切り込みをいれておいた。3個しか落とさなかったから、他の人が食べる前に自分が先に食べちゃおうと思ってさりげなく狙った。まず1個しいたけを食べた。別に問題はない。残りの2個も一気に食べようと思っていたら、いつのまにか網の上からなくなっていた。
「あれ!?しいたけがない!」
「三枝〜そんなにしいたけ好きなのかよ」
男子の1人宮川にそんなことを言われた。一瞬宮川が食べたのかと思った。
「柚芽!しいたけなら佐々木君たちが食べちゃったよ」
涼子の言葉でようやく2人が口をもぐもぐとさせていることがわかった。私は2人の元へ駆け寄った。すでに遅かったらしい。
「そのしいたけ・・・」
「ごめんな!俺らしいたけ大好物なんだ!」
佐々木はおどけてそう言ったが、わざと落としたしいたけを食べてくれたことはわかっていた。気を遣ってくれたんだ・・・ありがとう。
「よっしゃー!肉焼けたぜ!」
男子軍団が肉に群がっていった。そのとき、誰よりも先に行った鳩山がすぐに戻ってきて薫の元へ近寄っていくのが見えた。
「あげる」
どうやら肉を取ってきてあげたようだ。薫は別にいいのに、とつぶやきながらもお礼を言って肉を受け取った。ひょっとして・・・私の頭の中に変な妄想が浮かんできた。
「うん。怪しい、怪しいよね!」
「ミッチー」
「確証はないんだけど、たぶん鳩山が薫に告白したんだよ。で、薫は友達からならってことにしたんだきっと。夜2人で薫にバクロさせちゃおーよ!」
「オッケー!」
いつもからかわれてばかりだから、たまには私がからかってやろう。頭の中でからかわれている薫を想像すると自然に顔がニヤニヤしてきた。
少し早い修学旅行みたいで私の心はわくわくしていた。
8時半頃、ようやく私たちは片付けに入った。鉄板と網を片付けるのがなかなか困難らしく、男子の中でじゃんけんに負けた人が洗うことになった。見るからにじゃんけんに命をかけている。
「いくよ・・最初はグーじゃんけん」
かなりスピード感のあるじゃんけんが始まった。数回あいこになった後、勝負はついたらしい。
「えぇぇっ!俺かよー」
手がチョキのまま佐々木が嘆いていることからどうやら佐々木が洗うことになったようだ。
「とっとと洗ってこいよ!俺ら花火やってっから」
「早くしないと花火終わっちゃうぜ」
「くそー覚えてろ・・・」
みんなそれぞれに炊事棟から離れていく。私はなんとなく1人残った佐々木のことが気になってしまった。傍にいた薫に炊事棟に忘れ物をした、と言ってみんなとは逆方向に走っていった。
炊事棟には1人鉄板と格闘している佐々木がいた。私が近づくと佐々木は私に気づいて意外そうな顔をした。途端に、なんで引き返してきたのだろうかと思った。手伝うつもりも正直なかった。
「柚芽?忘れ物?」
「あ・・んと、1人で大変なんじゃないかなーって」
「もう超大変!でもじゃんけんに負けたの俺だしね」
なんとなく手伝いはいいと言われているような気がした。
「そっか・・そうだね。頑張れ、佐々!」
私はバンガローに戻ろうと思った。なんだか少しだけ悲しい気持ちになったのはなぜだろうか。
「ねぇ・・柚芽!」
振り返ると佐々木が鉄板をこする手を休めて私を見ていた。目が合うと、すぐに顔をそらされて、またたわしで鉄板をこすり始めた。
「俺、頑張ってると思う?」
「?頑張ってんじゃん」
「そうじゃなくて・・・」
私は鉄板洗いのことを言っているのかと思ったらそうではなかったらしい。普段の佐々木のことだろうか。
「佐々って基本的に器用だからさ、頑張らなくても何でもできる気がする。でも・・・」
佐々木は、昔から何でもできた。初めてのことに対しても人並み以上にできたから、一種の天才なのかもしれない。
「佐々が頑張ってること私は知ってるよ」
なんだか少し気恥ずかしかった。ふと佐々木を見ると、また意外そうな顔で固まっていた。
「ごめん・・・私」
「ううん。サンキュー。すっげ嬉しい」
屈託なく笑って佐々木は蛇口を閉めた。どういう答えを期待していたのだろうか。でも、
「あ、見てみろよ!星だ・・・」
まるで降ってきそうなほど星が光っていたので、まぁ何であろうと良しとすることにした。
バンガローに戻ってくると他のみんなは花火をしていた。
「おっ戻ってきた!2人して何してたんだよー佐々木!」
私はミッチーたちの元へ行くと、ニヤリとした顔で女子一同に出迎えられた。
「柚芽ちゃんは佐々木君とできてたのか〜」
「違うよ!ただ話してただけだし」
「まぁまぁ・・ほれ、花火分けたるよ」
手持ち花火を1本もらい、チャッカマンで火をつけた。シューっと音を立てて白い光が飛び出してくる。
「なんか今思い出した。宿題けっこー残ってるんだった」
「柚芽、なんで今それを言うかな」
「あ、人数分ある。みんなで線香花火やんない?」
涼子の提案でみんなでひっそりと線香花火をつけて見つめた。
「・・・なんか女子みんな線香花火、切なくない?」
「柚芽、それを言うな」
男子は男子で手持ち花火をぶんぶん振り回してはしゃいでいる。良い子はマネしないでください。
「今日来て良かった」
私はぽつりとつぶやいた。線香花火の火がぽとっと地面に落ちた。
バンガローの1階に布団を敷き、私たちは川の字になって寝ることにした。時刻は12時をまわっている。と言っても、全然眠くなかった。
「ねーねー薫。白状しなよー。鳩山に告られたんでしょー?」
ミッチーがごろごろしながら入り口から見て左側に寝ている薫に尋ねる。
「あーもーうるさい!もう寝るよ!はいおやすみ!」
ぶーぶーと文句を言うミッチーを無視して、薫は布団をかぶってしまう。私もあきらめて寝ることにした。
目をつむると、みんなでやった花火、それから炊事棟で佐々木と見た満天の星空が見えた。すごく充実したキャンプになった。




