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7/22

第7章 夏休み―合宿―

 その日は、駅前においしいクレープ屋があるという話を聞いて、私は(かおる)と一緒に食べに来ていた。さすがに人気の店だ。値段はするが、すごくおいしかった。

 7月の日差しは半端じゃない。日焼け止めクリームを塗ってたって体はどんどん小麦色に変わっていく。放っておくと顔にまで汗がにじんでいくので、タオルは必需品である。

「今日だっけ?陸上部の合宿」

 薫はオレンジジュースの氷をストローでつつきながら尋ねてきた。

「うん。今日が最終日でタイム計るって言ってた」

 そのときの私の顔は、たぶんばつの悪そうな顔だっただろう。このタイム次第で私の人生が決まると言っても過言ではない。よく知りもしない男と付き合うことになるかもしれないのだ。

 そのことを薫とミッチーに話したら、案の定ばっかじゃないのと言われてしまった。

「でも大丈夫だと思う!カズは負けないって言ってたから」

「気合だけじゃどうしようもなんないんじゃない?」

「むぅ・・・少しは友達のかわいそうな境遇をいたわれっての」

 残りのクレープを私は口の中に放り込んだとき、ケータイがぶーんと音を立てて振動した。見てみると、今は話題に出したくなかった人物、(たちばな)直人(なおと)からのメールだった。

「うげっ橘だ・・・・」

「マジ?何て書いてあんの?」

 わくわくしたような顔で薫はケータイを覗き込んでくる。この人は、絶対に私の境遇を面白がっている。

『おはよー!今休憩中なんや。今日の午後1時にタイム計るから絶対見に来てな。俺負けないから!勝ったらこの辺案内してなー(>_<)/約束やでー!』

 メールはアドレスを交換したその日から1日も欠かすことなく届いた。まさかメールの文まで関西弁だとは思わなかったが、本人曰く自分が喋っているのは関西弁もどきらしい。メールのやり取りの中で、彼が三重県出身だということがわかった。どうでもよかったが。

「愛されてるねぇ」

 ニヤニヤと笑って言う薫の言葉にさすがにどきっとしてしまった。

「違う!こいつは女たらしなんだよ。女ならとりあえず優しくしとけみたいな?」

 言ってすぐにまたケータイがぶーんと鳴った。まだ橘は私に用があるのかとげんなりしてケータイを見てみると、今度は佐々木からのメールだった。

「また橘?」

「ううん。佐々からだった」

『今日合宿最終日だろ?カズとおじゃるさんの勝負おもしろそうだから俺も見に行くことにした。一緒に行かね?』

「ウケる〜!!!」

 私の目の前で薫は腹を抱えて笑い出した。いや、なんだって私の周りはこんな連中ばっかりなのだろうか?面白そうだから、単純に興味があるだけ、覚えてろ・・・

「そんなに面白いんだったら薫も来れば?」

「行きたいんだけど・・これからちょっと用事があってさー」

「何よ、デート?」

 半分冗談のつもりで言ったのだが、

「そーだね・・・・・・めんどくさいんだけど」

「薫、援交でもしてんの?」

「なわけないでしょ!!」

 その薫のデートの相手を私が知るのはそれから約半月後のことだった。


 学校の傍にある駐輪場に自転車を停めて、私と佐々木は運動場に向かっていった。時刻は午後12時をまわったところだ。

 たとえ昼時でも、部活動は盛んに行われている。体育館ではバスケットボールとバレーボール。テニスコートではもちろんテニス。そして、運動場ではおそらく合宿のために占領している陸上部が活動していた。

「なぁ柚芽(ゆめ)、すげーよあの人。筋肉ムキムキ!」

 佐々木は他校の陸上部員を指差して1人で騒いでいる。確かに、マッスルボディ選手権とかいう大会があったら上位に入りそうな人だったが、陸上部にしては無駄に筋肉のつけすぎなんじゃないかとも私には思えた。

「あー!柚芽ちゃん!来てくれたんやー」

 その陽気な声ですぐにわかる。私はばっと身構えた。

「たっ橘君・・・練習中じゃないんだ」

 橘は軽い足取りでこちらに駆け寄ってくる。しばらく見ない間にまた一段と日焼けしたように見えた。

「ショートスプリンターはもう休憩や。他の奴らはまだやってんけどな。それより来てくれはって嬉しいわー。お昼食べた?まだやったら一緒に食べへんか?」

「あ・・もう食べちゃった。ごめんね?」

「あちゃーそりゃ残念や。まぁ楽しみは先にとっとくべきやな。うん、そうしよ。あれ、佐々木君も一緒やったんや!」

 今初めて佐々木の存在に気づいたらしい。1人ハイテンションでマシンガントークをしている。

「どーも!今日の勝負楽しみにしてるよ」

「勝負といえば、あんたも速いらしいな。体育祭のとき100メートルを10秒台で走ったって西村に聞いたで。それに何でも人並み以上にこなすらしいな」

「そんなことないけ・・・・・・・」

「まぁそうやろうな!俺のほうが器用やしな!」

 嫌みたっぷりに橘は続ける。ここまで険悪だといっそ清々しい。

「ほな、そろそろ行かな!」

 持っていたタオルを肩にかけ直して、橘は私に手を伸ばしてきた。驚いた瞬間、私は橘にぎゅーっと抱きしめられた。無意識に私はどんっと橘をなかなか豪快にぶっとばしてしまった。・・・いや、私だけでなく佐々木も橘を押したらしいので、2,3メートルぶっとんだようだ。

「ごっごめ・・・大丈夫!?」

 慌てて駆け寄ると、意外にもすんなりと橘は起き上がった。

「今のでわかった。なーんで俺がこんな気持ちになってんのかが・・・絶対西村に勝つで!」

「えっ?どっか打った?」

「大丈夫や。かすり傷1つナッシング!ほななー」

 陽気に彼は去っていった。後には、蝉の鳴き声だけが残った。

「・・・・・本気でくるね、おじゃるさん」

「へ?」

 佐々木の言葉の意味が私にはわからなかった。

「笑えない勝負になりそう」

 いや、最初から笑えないって。内心でつっこんでから、私は運動場を見た。西村がどこにいるのか見えないが、お願いだから負けないでと心の中で懇願した。


 午後1時くらいになって、合宿の成果を計るタイムトライアルが行われることになった。それぞれの種目でその準備を行い始めている。

「大丈夫かなー・・・」

 私は1人つぶやく。運動場がよく見える木陰で私は佐々木と座っていた。

「最初はさ、絶対カズが勝つって思ってたんだ」

 佐々木もつぶやくように話した。その言葉が少し意外に思えた。

「カズは何か()けた勝負事は負けないよ。賭けてる物が大切な物であればあるほど絶対負けない。勝つのが無理だって言われた勝負でもね。だから今回も負けないって思ってた。・・・けど、これわかんなくなってきたなー」

「フォローしてるつもりないでしょ・・」

 そのとき西村が見えた。ジャージ姿でスタートの練習をしている。近くに橘の姿も見えることからどうやら一緒に走るようだ。ふと西村と目が合った気がした。遠すぎてよくわからなかったが、すぐに目をそらされたと思う。

 陸上部員がそれぞれの配置につき始めた。そろそろ始まるかもしれない。

 第一走者の6人が号砲とともにスタートした。無駄のない動きですぐにゴールした。

 西村たちは第二走者のようだった。すでにスタートの準備にかかる。

「始まる・・・」

 まるで佐々木の言葉を合図にしたかのように6人がスタートした。横一列でだれがどこにいるのかわからなかったが、すぐに西村が一歩前に出た。・・・いや、西村の向こう側にもう1人走っている人がいる。橘だ。

 2人は横並び状態だった。

 私の心臓がどくんと高鳴った。

「カズー!!」

 2人はほぼ同時にゴールした。

 結果はわからなかった。すぐに第三走者が走り出した。


 3時過ぎくらいに、合宿を終えた西村が私たちの元にやって来た。

「おっつかれー!」

 佐々木が笑顔で出迎える。

「マジ疲れた。体がったがただし」

「カズ、勝負・・・どうだったの?」

 私はおそるおそる尋ねた。西村はしばらく私を見た後、やがてにっと笑った。

「0,1秒差で勝ったよ」

「ほんと!?」

 緊張が一気に解けた。

「でも正直やばかった。負けるつもりはなかったけど、走る直前になって橘が俺に言ってきたんだ。『ぜってー勝つ』って。あいつマジでお前に惚れたみたいだな。柚芽と佐々が一緒にいるとこ見て嫉妬してたみたいだし」

 その言葉の意味を考えている途中に私のケータイがぶーんと鳴り出した。さすがにびっくりした。慌てて待受け画面を見ると、橘からの着信だった。

「もしもし!」

『あ、柚芽ちゃん?俺や・・・結果もう知っとる?』

「・・・うん。今聞いた」

『もしかして近くに西村と佐々木おんの?』

「え、いるよ?」

『なぁ・・耳からケータイ離してくれへん?今から超でかい声で話すから』

「・・・?わかった」

 言われたとおりに私はケータイを耳から離した。一体何をするつもりなのだろうか。

『西村!!佐々木!!聞こえるかぁっ!!』

 いきなりケータイから橘の声が大音量で聞こえてきた。私たち3人ともびくっとした。

『今回は負けたが次は絶対に勝つ!!そしたら柚芽ちゃんもらってくで!!俺諦めんからな!!本気やで!!!』

「わーぉ。威勢がいいねー」と佐々木。

「っていうか、どんだけ大声で喋ってんのさ・・・」と西村。

『柚芽ちゃん!!』

 唐突に私の名前を呼ばれて、はいっと驚いた。

『次勝負して俺が勝ったら俺と付き合ってくれな!!』

 なぜかそのときの私は、今までより橘に対して素直な気持ちで付き合えるような気がしていた。微妙な顔をしている2人の目の前で私は言った。

「それはわかんないけど、そのとき私に好きな人がいなかったら、橘君のことかっこいいって思っちゃうかもしんない!」

『よっしゃ!好きな人できたら俺そいつぶん殴りに行っちゃうで!!』

 そして私はケータイを切った。改めて顔を上げると、佐々木と西村が心底どうでもよさそうな顔をして私を見ていた。

「柚芽・・・何言ってんだよ。あんま期待持たせるようなこと言うなよ」

 と、佐々木は深いため息をもらす。

「俺、今度は負ける気がする・・・」

「んー・・最近頑張ってる人を見るとかっこいいって思うようになったんだ。ほんのちょっとしか見えなかったけど、橘君かっこよかった」

 それは、私の心からの本心だった。言わないが、西村のこともかっこいいって思ったこともある。かっこいい=好きではない。だけど、頑張る人を私は応援したいと思った。

「ねぇ、今度3人でクレープ食べに行かない?駅前においしいところがあるんだ!」

「柚芽のおごりなら」

 佐々木と西村の声が重なる。

 げっと思った。あのクレープ屋はおいしいのだが、値段が高いのだ。

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