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第6章 夏休み―ただの補講日―

 制服が夏服に変わっても、暑いものは暑い。家から学校まで自転車をこぐだけで、背中は汗でびっしょりである。

 こんなときに、朝から晩まで部活をやってる人たちはすごいと私は思う。夏休み直前に迫ったこの時期は特に部活動に余念がない。私は保健室の近くにある水道で顔を洗っている友人に近寄っていった。

「おつかれ」

 顔をびしょびしょに濡らした友人、西村和樹が顔を上げる。私はタオルを差し出した。

「さんきゅ」

「毎日大変そうだねー・・・」

「俺なんかまだマシだよ。試合に出る人はもっと大変」

 よくわからないが、西村はまだ試合には出られないらしい。本人は、編入生だし、ケガがまだ完治していないからしばらくは出られないと思う、と言っていた。そのケガというのが左足の神経の損傷らしい。私が覚えてる限り、中学生のときはそんなケガをしていなかった。

「・・・?このタオル俺のじゃん」

「うん。さっき陸上部のマネージャーさんが西村君がいないいないって困ってたから代わりに届けに来たの!カズ、なんでこんな遠いほうの水道まで来てんの?近くにあるのに」

 たまたま登校してきた私が、マネージャーの内田真希(まき)に頼まれたのだ。

 ちなみに陸上部はとても少人数でアットホームな部活らしい。途中から入った西村のことも明るく受け入れてくれて良かったと思う。

「トレーニング!3年になったら試合に出れるから、それまでに体鍛えんと」

「ふぇーすごいねー」

「っていうか負けたくない人がいるし」

「えっ!?誰?佐々のこと?」

「佐々もだけど、あいつ陸上経験者じゃないのにあんなに速いの反則だよ。同じ陸上やってる人で他に負けたくない人がいるんだ」

 少し意外だった。多少曲がった性格はしているが、基本的には温和な西村がライバル視している人がいるなんて・・・

「まぁ今度合宿があるからそのときに会うかもしんないな」

「ねぇ、合宿ってどこでやるの?」

「ここ」

「じゃぁ、途中で冷やかしに行ってもいーい?」

「うわーうざっ」

「ちんたら走ってたら蹴り飛ばすからね」

 半分冗談、半分本気で私は西村の肩をばしっと叩いた。


 そして、いよいよ待ちに待った夏休みがやって来た。これから約40日間のバカンスが始まる・・・というわけではなく、何を考えているのか終業式の次の日から普通に補講授業があるのだ。夏の暑いさなか、蝉の鳴き声を聞きながら、私たちは日照りの下をかったるそうに歩くことになる。

「あっつーい・・・暑い暑いあつーい」

 補講1日目にして、すでにミッチーのこの言葉は聞き飽きてしまった。かという私も暑さでだらけて机の上に横たわっていた。(かおる)も制服のスカートをぎりぎりまで上げて下敷きで扇いでいる。

「あー・・プールにダイブしたいよー」

「ねぇ、夏休みに3人で海行かない?」

 私は自分ではなかなかいい提案をしたと思っていた。しかし、

「やだ。日に焼けるじゃん」とミッチー。

「それに暑いときに暑い所になんか行きたくないよ」と薫。

「・・・じゃぁ山ならいいの?」

 海の反対は私的には山だった。半ば冗談でそんなことを言ってみると、予想とは異なる反応を返してきた。

「山かー・・・・キャンプなんていいかもね」とミッチー。

「下界よりは涼しそうだよね」と薫。

 さらに、クラスの他の女子が集まってきてなぜかキャンプに行きたい人がどんどん増えていった。結局、最終的には女子8人、男子も後で聞いてみたところ5人行くことになった。言った本人を差し置いて、物事はあれよあれよという間に決まっていった。

「ねぇ柚芽(ゆめ)ちゃん・・・佐々木君と西村君も誘ってくれない?」

 突然そんなことを言われた。クラスメートでもあまり話したことがない人だ。

「いいけど、カズは部活あるから行けないかもよ」

「あっうん。それでもいいの」

 そんなふうに慌てて否定されると、改めてあの2人は人気なんだなと実感する。私も恋をしたい。いや、したことがないわけではないのだが、たぶんどれも本気ではなかったと思う。

「あいかわらずモテてるよね、あの2人」

 ミッチーが私にだけ聞こえるようにこっそりと喋る。

「私のデータによると、ウチのクラスの3割はマジでどっちかのことが好きだよ。でも、みんな柚芽との関係も気になってるみたい」

「どうもないっての。それにたぶんカズの好きな人なんとなくわかるもん」

「うっそ!?誰?」

 興味津々にミッチーは目を輝かせる。

「陸上部のマネージャーの真希ちゃん。なんとなく匂うんだよねー」

「そうかな・・・真希は西村君のこと好きかもしんないけど、えー・・・そうなのかな。じゃぁ佐々木君は?」

「佐々はわかんない。一見わかりやすそうでわかりにくいんだよね・・昔から」

 まぁ、わからせないようにするのが佐々木だった。それに対して、掴みどころがなさそうなのに案外掴みやすい西村には、人間臭さがあると思う。私の勘はけっこう当たる。

「わかりにくいっていえば、薫もわかりにくいよね」

 その意見には大いに納得できた。薫は考えているのかどうかさえ危うい。

「こら、そこ何言ってんだ」

 地獄耳の薫がつかつかとやって来て、私たちは下敷きの角でべしっと頭を叩かれた。これがなかなか痛い。

「ねぇ薫って好きな人いる?」

「奈良の大仏様みたいなパンチパーマの人が好き」

 聞くだけ間違いの質問だったようだ。


「キャンプ?」

 食堂に飲み物を買いに行くついでに私はキャンプの話を西村と佐々木に話した。がこんっと音がして自販機からジュースが落ちてくる。

「楽しそー!俺行く行く!」

「俺も部活とかぶんなかったら行く」

 佐々木は割と予想通りの反応だったが、西村は意外だった。

「わかった。みんなに伝えとく」

「あーっ!やっと見っけた」

 私の声と微妙に関西なまりの男の声が重なった。やたらと大きな声のその人物は、ジャージ姿でつかつかとこちらに歩み寄ってきた。

 体格の良い、がっしりとした男だった。運動で焼けたような肌のせいか、歯の白さが逆に目立つ。眉毛がなんとなく上のほうにちょんとあるように見えてまるで、

「あ、懐かしー、おじゃるさ・・ぶっ!!」

 おじゃるさんと佐々木が言いかけたところで西村にどつかれていた。

「なんや、ボケとツッコミはあいかわらず健在なんやな」

「っていうか、なんでこんな所にいるんだ?(たちばな)って阪中第1高校じゃなかったっけ?」

 何事もなかったかのように西村は続けた。

「そらこっちのセリフや。なんであんたら秀明やめたん?陸上の試合にも顔出さへんようになって心配しとったんやで?」

「温存中。春までには試合に復活できるように今鍛えなおしてんだ」

「まぁええけど・・陸上やめてないってわかればええよ。今俺と張り合う敵がおらんで退屈しとったんからな」

 話を聞くと、どうやら陸上部の人のようだった。わざわざ西村に会いに来るためだけにここまで来たらしかった。

「おじゃるさんは高1のときカズの1番のライバルだったんだよ」

 こっそりと佐々木は私に教えてくれた。

「眉毛あんなだけど走ると超速いんだって」

 一体眉毛と何の関係があるのだろうか?それにしても、西村が負けたくないと言っていた人はこの人なんだと初めて知った。いつかこの人と勝負している姿を見てみたい。

「あれ・・その子、西村の友達?」

 いきなり橘という男と目が合った。私はびくっとして身構えた。

「なんや、かわいいやん。なーなー俺と西村が一発勝負して俺が勝ったら付きおうてくれん?彼女になってーな」

「やめといたほうがいいと思うよ」

 私が答えるよりも先に西村が失礼なことを笑顔で言う。さすがにむっとした。

「いいよっ!橘君が勝ったら私付き合うよ」

「ほんまに!?約束やで!そうだ、アドレス教えてくれな!」

 今日は様々なことが決まっていく日だった。


 橘が帰った後、さすがに微妙な空気が漂った。西村が心から深いため息をもらす。

「なんであんな約束するかなー」

「だっだって・・・ホラ、むこうも私たちの関係を勘違いして、カズを本気にさせるために冗談で言っただけかもしれないよ?」

「あいつ悪い奴じゃないんだけど、かなりの女好きだよ。自分が勝ったら絶対おまえと付き合うつもりだよ」

 確かに、売り言葉に買い言葉だった。感情に任せてつい言ってしまった自分がバカなんだ。

「大丈夫!カズなら負けないって」

「さぁ・・俺足のケガでタイム遅くなってるし。どうなるかわかんないよ?」

 そう言って西村は歩き出す。さすがに後悔してしまった。結果的に西村にすべてを任せることになってしまったのだ。

 そのとき、西村が振り返る。

「でも負けるつもりはないから。大丈夫」

 西村の顔はどこか生き生きとしているように見えた。なんだか少しだけかっこいいのがまた悔しいが、私はこのとき何の不安も心配もなかった。

 大丈夫なんだから、大丈夫。

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