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第3章 命がけの体育祭

「ウチの体育祭には伝説があるんだ。毎年各学年ごとに優勝クラスと2位、3位のクラスには校長が趣味で作ったトロフィーが与えられる。それは、なぜかご利益(りやく)があると言われていて、特に優勝したクラスのトロフィーはものすげーラッキーをもたらすと言われている。だけど、4位以下にはこれまた校長の趣味で作られた小さな埴輪(はにわ)が配られるんだ。これがやばいんだって。最下位のクラスの埴輪は特にありえないらしい」


「・・・っていうような話聞いたんだけど、そんなにやばいの?最下位の埴輪って」

 季節は5月。この時期、我が香咲(かざき)学園高校はもうすぐ行われる体育祭の練習や準備で忙しくなる。特に、私と西村は体育委員になってしまい、人一倍やることが多いと言っても過言ではない。今も職員室に選手登録表を出しに行くところだった。

「やばいらしいよ。最下位のクラスの子に話聞いたことあるんだけど、まず埴輪自体が突然いなくなったり、かと思ったら急に現れたり・・・あと誰もいないはずの教室から物音がしたり・・・・・だけど毎年これのためだけに校長がうきうきして作ってるから誰もこんなこと言えないんだって」

「毎年?使い捨てなんだ」

「そう。終業式が終わった後に校長が密かに回収するって話だよ」

 言った私自身がなんとなく恐ろしくなってしまう。去年の私のクラスは4位だった。だから、やっぱり埴輪が配られたが、特にご利益をもたらすこともなければ、埴輪が勝手に歩き出すといった怪談めいたことは起こらなかった。

 と、そのときだった。何の前触れもなくばったりと校長先生に出くわしてしまった。さすがに本人の噂をしていたのでぎょっとしていると、校長自身もびっくりしたような顔になっていた。なぜか、手には埴輪と思われるもの・・・いや血のように見える赤いシミのついた埴輪を持っていた。

「きっ君たち!今は何も見なかったことにしてください!」

 そう言って、ダッシュで校長はその場を後にしてしまった。

「カズ・・・今の見た?」

「いや錯覚だろ。血がついた埴輪なんて見てないからな」

「同感」

柚芽(ゆめ)、体育祭は絶対優勝しよう」

「よっしゃー!!」

 こうして命がけの体育祭が始まった。


 体育祭当日。この日は絶好の体育日和・・にはならず、どんよりと曇った天気になった。

「なんだよー。まるで誰かがわざとこんな天気にしたみたいだな」

 何気なくつぶやた佐々木の一言は、私や西村にとっては笑えなかった。

 私が出る種目は、混合リレーのみだった。足の速い(かおる)は、100メートル走と最強リレー。最強リレーとは、400メートルを4人で走るリレーのことで、男女各4人ずつタイムの速い人が選ばれる。西村も同じく、最強リレーと100メートル走。佐々木は、最強リレーと200メートル走を走る。

「あーぁ、個人的には西村君と佐々木君の勝負が見たかったなぁ」

「何言ってんの、ミッチー」

「だってホラ。どっちが勝つか気にならない?」

 うきうきしたような顔でミッチーは屈伸(くっしん)をしている。

 思い返してみれば、佐々木は賭け事のない勝負は好きだったが、走ることに関して西村に勝負をふっかけたところは見たことがなかった。

 そのとき、選手登録表を持って薫がやって来た。

「見れるかもよ。100走るはずだった宮川がさっき体調不良で帰っちゃったらしいよ。代わりに佐々木が走るみたい」

「あ、佐々!」

 薫の後ろを歩いていた佐々木に私は声をかける。

「100走るんでしょ?埴輪がかかってんだから頑張ってよ」

「あーうーまぁ・・・」

「どしたの?佐々木君」

 ミッチーが心配して尋ねる。

「なんもないんだけど、なんとなくカズとだけは走りたくなかったなー」

「なんで?負けるかもしれないから?」

 答えようとする佐々木だったが、同時に100メートル走予選の召集がかかってしまった。結局走りたくない理由を知ることなく、体育祭は進んでいった。


 それから昼の休憩の時間になった。

 私と西村はコーンを片付けるために、体育倉庫に来ていたのだが、そこで私たちは見た。倉庫裏にあったダンボール箱の中に山のように積まれた埴輪を。そして、その箱の前で数珠を持って拝むようにしゃがんでいる校長先生の姿を。

 私たちはダッシュで逃げた。

「カズ、見た?」

「いや・・・もう何も見てない」

 テントに戻った西村は、彼にしては珍しく大声を出して、

「4組ぜってー優勝するぞ!!!」

「おっしゃあ!!!」

 何も知らないクラスメートは超ノリノリだった。


 午後の種目は各種目の決勝戦だった。

 100メートル走で決勝まで残った薫は、3位入賞を果たした。

 これから、男子100メートル走決勝である。決勝まで残ったのは、6人だけだった。もちろん、佐々木も西村も残っていた。

 4組のテントだけでなく、他のクラスのテントからもちらほら佐々木と西村の名前が聞こえる。あいかわらずの人気だ。

「柚芽はどっちの応援するの?」

 薫がニタニタ笑いながら尋ねてくる。

「・・?どっちも応援するよ?2人とも4組じゃん」

「そういう意味じゃないんだけど。マンガとかでよくある三角関係みたいなのないの〜?」

「ありえねー」

 パンという合図とともに、選手が走り出す。スタートしてすぐは、6人ともほぼ横並び状態だったが、徐々にずれてきた。半分行ったところでトップは佐々木と西村で並んだ。ほんの少しだけ、佐々木のほうが速いかもしれない。

「すご。2人とも速い」

 隣で誰かの声を聞いた。私はいてもたってもいられなくなってしまった。

「佐々ー!!カズー!!頑張れー!!!」

 そのとき、一瞬だけ、本当に一瞬だったが、佐々木のスピードが落ちたように見えた。残り10メートルで西村がわずかにトップになる。

 2人は、ほぼ同時にゴールした。応援席から見ても分かる。1位は西村だった。


 その後、続けて200メートル走決勝を走った佐々木は、1年生も3年生も寄せ付けることなく1位になった。しかし、午前中に2本、午後に再び2本走ったからか、テントの中で力尽きていた。

 そろそろ最強リレーの召集がかかる時間である。これは、予選などなく、本番一発勝負だった。

「佐々ー。起きなよ。まだリレーあるよ」

 そのときの私の起こし方は、後から思えばひどかったかもしれない。お茶の入ったペットボトルで寝ていた佐々木の額ぽかぽか叩いたからだ。

 それでも、何事もなかったかのように起き上がってくれた。

「え?もう召集かかってんの?」

 さすがに疲れたような顔をしている。

「まだだけど、もうすぐなんじゃない?リレー大丈夫かぁ?」

「大丈夫・・・だけど、あーもーカズに負けたのが悔しーーー!」

 テント中に聞こえる大きな声だった。

「いっつも負けんだ。最初は俺のほうが速いんだけど、徐々に追いつかれてすぐ抜かれる。どうあがいても追いつかないんだ。他のことで勝負しても五分五分くらいなのに、走ることだけは絶対にカズに勝てねー・・・くそぅ」

「それで、カズと勝負したくなかったんだ」

「っていうか、したくない反面、勝負したかった。でも、どっちかってーとしたくなかった」

 と、ちょうど体育委員の仕事を終えた西村が戻ってきた。他の友達と二言三言話した後、お茶を飲みに私たちのほうへ近づいてくる。たぶん佐々木と目が合っていたと思う。

「佐々おつかれ。200見てたよ。すげーじゃん」

「でも100は負けた」

「いや、あんなにねばられたの初めてだよ。前走ったときは50メートルでも俺が勝った。今日50だったら俺が負けてた」

「・・・・・次は俺が勝つ!」

「勝てるもんなら」

 ぎゃーぎゃー騒ぎ出してケンカを始める。いつものことだ。なんか時々ケンカのとばっちりでぽかぽか蹴られたりしているような気がするが、これもいつものことだった。


「薫ー!!突っ走れー!!」

 最強リレー女子の部が始まる。アンカーの薫にバトンが回ってきたときには、総合順位で3位だった。すでに、トップの2組は数メートル先にいる。

 薫がバトンをもらい、滑るようにスタートしていく。1人抜かした。あと1人。びゅんびゅん加速していたが、2組のアンカーも速い。そのままゴールした。

「よし!俺たちの番だ!」

 佐々木がぴょんと起き上がる。

「佐々、カズ。頑張ってね。命かかってんだから」

「へ?命?」

 きょとんとする佐々木の代わりに、西村はげっという顔になった。

 男子の最強リレーがスタートした。


 夕方になると、曇っていた天気はいつのまにか晴れに変わっていた。

 閉会式も終わった。それぞれのクラスでテントを片付け、体育委員が用具を片付けることになっている。2年4組は、その中で優勝トロフィーと粗品である埴輪を眺めていた。

「・・・今年からどのクラスにも埴輪がプレゼントされるらしいぜ」

「しかも、校長のご祈祷済みの」

 後で聞いた話によると、私たちが見た血のついた埴輪は、製作過程で指を切った校長の血がついてしまったようだ。生徒の笑った顔が見たくて、自分の貯金で作り続けているらしかった。1年間無事に高校生活を過ごせるようにと願いを込めて・・・・・・

「なんかいいことありそうだなー」

 屈託のない佐々木の声は黄昏(たそがれ)の空に吸い込まれた。

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