第19章 持つべきものは友達
花見に行こう。
そう決まったのは春休みに入る前、終了式の前日だった。ちょうど4月1日ごろが見頃だと天気予報でやっていたらしい。
「じゃぁ、行くメンバー知りたいから黒板に名前書いといてねー」
小山ゆりの一声で、何人かの生徒が名前を書きに行く。ちょうど昼ごはんを食べていた私とミッチーと薫も黒板に向かった。
確かに名前を書いておいた。
しかし、翌日の終了式の日、私の名前が消されていた。
「柚芽〜行かないの?」
ゆりに聞かれて初めて気づいた。私は苦い顔で行くよと答える。
最近、こういう小さな嫌がらせを受けるようになった。修学旅行が終わった頃からだろうか。原因はわからなくもなかったが、そのせいにするつもりはなかった。ミッチーと薫が心配して佐々木にそのことを話すべきだと言ってくれた。しかし、それは余計に嫌われるだけだし、なにより佐々木に迷惑はかけたくなかったのでやめておいた。
そして放課後、私はミッチーと下駄箱へ向かうと、くつ箱の中に明らかにごみと思われるようなものが目立たないように、しかししっかりと詰め込まれていた。さすがに私は心臓が重くなるような感覚を覚えた。
ミッチーが黙って下駄箱にあったごみ箱に捨ててくれた。私は申し訳ない思いでそれを見ていた。
「あっれー、何してんの?」
そのとき現れたのが佐々木と鳩山だった。私はさすがにびっくりしてしまったが、ミッチーが冷静に対応してくれた。
「なんか変な虫がいてびっくりしちゃったんだよね!」
「・・・・・うん、ほんとびっくりしたー」
私もなんとか普通に接することができた。ミッチーのおかげだ。
「じゃぁね!バイバーイ!」
ミッチーに合わせてそそくさと私は帰った。
春休みになっても、補講という形で授業は行われた。学校に行くのは気が重かった。また小さな嫌がらせをされているかもしれない。そう思うと憂鬱だった。そして、案の定予感は的中した。
「え?教科書ないの?」
隣の席の薫に意外な顔をされる。私は困ったように笑った。
「うん・・・なんか家に持って帰っちゃったみたい」
そうは言ってみたものの、薫にはウソだとすぐにバレてしまったようだ。私は教科書を持ち歩くのが嫌で、いつも学校の机の中に置きっぱなしにしている。テストでもないかぎり、持ち帰らないのだ。それでも、黙って教科書を見せてくれた。
薫もミッチーも、私が誰にも言わないでほしいと言ったから何も言わないでいてくれるのだ。その心遣いがありがたかった。
それにしても、こんな小学生のようなイタズラに、私はショックを通り越してだんだんイライラとしてきた。
怒りが爆発したのは、それからすぐのことだ。
私は、突然階段から突き落とされた。何が起こったのかわからなかった。ただ、誰かに押されたということがわかっただけだ。さっきまで私はミッチーと薫と一緒にいたが、ジュースを買いに1人で向かおうとした矢先のことだった。
「柚芽!!」
近くにいた2人が慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫!?ケガは?」
手のひらとおでこが痛かったが、大きなケガはなかった。
「大丈夫・・・・・大丈夫なんだけど・・・いい加減キレそう」
私は怒りを精一杯抑え込みながら正直に言った。そのとき、ミッチーに肩をぽんと叩かれた。
「よし!その言葉を待っていたぞ、柚芽」
「え・・?ミッチー?」
「私たちが犯人捕まえてあげる。まぁ見てなって。こう見えても元柔道部黒帯。そこらへんのやわい女になんか負けないよ」
「女・・・?女がやってんのかな?」
「こんな卑怯なこと女々しい女しかやんないでしょ。そいつ佐々木君か西村君のどっちかが好きなんだよ。時期的に、佐々木君と柚芽が付き合ってるって噂聞いて嫉妬したってところだね、たぶん」
薫がいつになく不機嫌そうな顔で言ってのけた。
「あんたがこれ以上話したくなさそうだったからあえて何も言わなかったけど、こっちの我慢が限界。そいつ捕まえて根性叩きなおしてやる」
持つべきものは友達だ。この友達2人は今の私以上にキレているので妙に心配だったが、私は2人に感謝していた。
それから、しばらくは何も起こらなかった。
花見当日、クラスのほとんどが川沿いの桜並木に来ていた。この辺りは、出店も出る。
本当に桜が綺麗だった。まだ8分咲きだったが、花見客はとても多い。
私たちは団体だったため、一際盛り上がった。出店で買ったたこ焼きなどを食べつつ、ある者はカラオケをしたり、ある者は雑談したりしていた。
私は薫やミッチー、ゆり、歩美、瑠奈、涼子と喋っていた。
「柚芽」
後ろから西村に声をかけられた。
「ん、何?」
「さっき橘見た。夏以来会ってないだろ?」
「えっ!?どこ!」
私は慌てて場所を聞いて追いかけていった。一応メールでは佐々木と付き合い始めたことを言っておいたが、直接ではない。
それから、人ごみを避けてケータイで会話をしている橘の姿を発見した。私が近づくと、ちょうど電話を終えたところだった。
「あ・・・柚芽」
「橘君、久しぶり」
以前とは違う。私はどうしていいかわからなくなった。すると、橘はにっこりと笑った。
「元気にやってるかどうか心配してたんや。会えて良かった」
その言葉に泣きそうになってしまった。私は、橘が本気ではないにしても、ひどいことをした。それなのに彼は優しかった。
それから、私たちはしばらく談笑した後、お互いに別れた。
多少後ろめたい気持ちがあっただけに、今日会えて良かったと私は思った。
「そこまでだよ」
私がクラスメートのところへ戻ろうと橋を渡っているときだった。唐突にそんな言葉が私の背後で聞こえてきた。振り返ると、私のすぐ後ろには見知らぬ女の子、彼女のさらに後ろに薫とミッチーが立っている。
「貴女なんでしょ?今まで柚芽に嫌がらせしてきたのは」
ミッチーの目は据わっていた。そんな表情を見たことがなかったので、私は少し驚いてしまった。
言われた少女は首を振って後ずさった。
「春休み最初の補講日からずっと私たちで見張ってきたら度々貴女を見かけました。1年4組の江崎美穂さん。まぁ、私たちがいたから次からの補講日は何もしなかったんだろうけど、まさかこんな所にまで現れるなんて思わなかったな」
ミッチーの言葉にその少女は何も言えずにいた。セミロングの髪型に眼鏡をかけていて、少し内気な雰囲気を醸し出している。
「理由はなんであろうと、これ以上何かするようだったら、私たちも容赦しないから。もう何もしないって約束できるんなら、このことは誰にも言わないであげる。あんたの友達にも家族にも・・・それから佐々木君にも」
薫が淡々と言ってのける。しかし、江崎という少女はびくっと体が反応した。
私だけが状況を飲み込めずにいた。えーっと・・つまりは・・・・・
と、そのとき江崎が私のほうを向いた。
「許してください!」
そして、江崎は走って逃げていってしまった。
あっという間の出来事に、私はついていけなかった。
後で2人に事情を聞いてみると、こんなカンジだった。
何かをきっかけに佐々木のことを好きになった江崎美穂は噂で私と佐々木が付き合っていることを知った。だけど、私が西村とも仲良くしているから嫉妬したらしい。私にずっと嫌がらせをしてきたのには、そういう経緯があったそうだ。
桜の下で話す内容ではなかったが、これでしばらくは大丈夫だと2人に言われて少し安心した。
「2人ともありがとね。私なんかのためにいろいろ」
「ほんとだよねー。あんま心配かけんなって」
持つべきものは友達だ。私は本当に幸せ者だと実感した。最初の補講日からしばらく何も起こらなかったのは、2人のおかげだったんだ。
ちなみに、さっき橋の上から江崎は私を突き落とそうとしていたらしい。橘とも仲良く話していてさらに気にくわなくなったのかもしれない。それを聞くと恐ろしくなった。
他のみんなは帰る用意をしていた。
「まぁ、心の傷は彼氏に癒してもらえ」
薫の言葉に合わせるように、佐々木が現れた。当然だが、何も知らない顔だ。
「こら、彼氏!しっかりと彼女を守ってやんなよ!」
ミッチーがばしんと佐々木の背中を叩く。
「いった!えっ・・・なんの話?」
「じゃーねー」
2人は退散していこうとする。
「佐々って・・・私の彼氏なんだよね?」
私はにらむように尋ねた。反対にぎょっとした顔をされた。
「えっ・・・・・そうだと思ってたんだけど、何・・・どうしたの急に?」
「ううん。それならいいんだ」
私はひょこっと立ち上がって、薫とミッチーを追いかけた。
「佐々!私今日ミッチーと薫と一緒に帰るね!」
私は2人の親友の元へ走っていった。